最終話 オーニソガラムのせい
~ 一月十四日(月祝) 初春の七福神 ~
オーニソガラムの花言葉 潔白
好きなのか嫌いなのか。
いつからだろう、俺は考えることをやめた。
それくらい、ずっと隣にいて。
だから、何を考えているかよく分かって。
例えば、七福神巡り。
みんなが作ってくれたゲームは。
ちょっと望んでいたものと違っていたのですよね。
君が望んでいたのは。
あの頃の様な。
子供が楽しむことができる遊び。
大黒様の由来とか。
そんなお勉強っぽさはいらなくて。
みんなが認めるいいゲームとか。
そんな意気込みとかいらなくて。
ただ、夢中になることができる。
そんな遊び。
……そして、これもそう。
手に取るようにわかるのです。
その赤ピーマン。
じーっと見つめたまま固まっていますけど。
「赤ピーマンとパプリカ、違うものと授業で習ったけど納得できませんよね」
「そうなの。実は栄養学の本にもそう書いてあったけど、いまだに半信半疑なの」
この、本に書いてあることすら信じようとしない頑固者は
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は珍しくすとんと落として。
耳の横に、オーニソガラムを一輪挿しています。
白い、六枚花びらのお花。
スター・オブ・ベツレヘム。
純白という花言葉を持ったお花ですので。
今日くらい、へそ曲がりなことを言うのはおやめなさいな。
明日以降、一週間分のお昼ご飯。
その買い出し。
休日最後の日は。
いつものように。
駅前スーパーへ足を運ぶ俺たちなのです。
「ひとまず、お高い方が甘い方って認識なの」
「それで十分でしょう。でも、テストではそんなこと書いちゃダメですからね?」
「世間体ってやつなの。よく分かるの」
ちょっと違うと思いますが。
言いたいことは分かるので良しとしましょうか。
そしてようやく歩き始めた穂咲さん。
ピーマンの次は。
シメジの前で硬直ですか。
「こいつも、本物のシメジじゃないと言われても困るヤツなの」
「ブナシメジですか。こっちはピーマン問題と違ってホンシメジさんとは別人なのですが」
「ホンシメジさん、見たこと無いの」
「ウソです。たまに売ってますよ、このキノココーナーで。『ダイコクシメジ』って札、見たことあるでしょうに」
「大黒様なの!」
急に大はしゃぎして。
大黒様の帽子の様な笠をしたキノコを。
容器ごと頭の上に掲げてますが。
「…………君の持っているのが、ホンシメジ」
「そうなの? じゃあ、今日はこれ買って……っ!? たかっ!!」
そして、いまさら丁寧に棚へ戻していますけど。
この間、学校のそばに住んでいる男の子に教わったでしょうに。
買わないのに、商品に触っちゃダメです。
まあ、そんなちょびっとで三千円と表示されていたら。
俺も同じことするでしょうけどね。
もろもろ買い物を済ませて。
両手にエコバッグを下げながら。
ご機嫌な鼻歌と共に、ぎこちないスキップで歩く穂咲の後をついていくと。
目の前を。
綺麗な和装の女性が通り過ぎて行きました。
穂咲も見惚れるその姿。
そう、今日は成人の日でしたね。
「……もうあとちょっとであれを着れるの」
柔らかい微笑みに。
優しいタレ目を細くさせながら。
しずしずと歩くお姉さんを。
ずっと眺めています。
もう、あとちょっと。
そのあいだに。
好きなのか。
嫌いなのか。
はっきりさせなければならない。
そう煽られているように感じて。
俺は、お姉さんから思わず目をそらしてしまいました。
あと数年。
俺たちも大人になって。
それだけは。
覆すことのできない現実で。
いつまでも、このままではいられない。
船出の日は。
もう、目の前まで来ているのですよね。
……でもね。
そんなことをされると。
意外と、君には成人式が一生来ないのではないかと思ってしまうのですよ。
「なんでコートの中にスタンプ帳提げてましたか」
「ハンコ押さなきゃなの。さっき、大黒様のキノコ見つけたの」
そう言いながら。
鞄からスタンプを出して。
昨日押したばかりの『黒』の字の上に。
もひとつ重ねます。
そして。
「そうだったの。これ、コンプリートしたらクリスマスプレゼントがもらえるはずなの」
にやにやと、いやらしい笑みを浮かべて。
両手を差し出してくるのですが。
俺はエコバッグを置いて。
背中にしょった鞄から。
大きな箱を取り出して、その手に乗せました。
「……ミニカーじゃないの?」
「箱のサイズで分かるでしょう」
「じゃあ、ミニカーじゃなかったら、本物のクルマ?」
「箱のサイズで分かるでしょう」
バカなことを言っていた穂咲が。
包みをその場で破くので。
切れ端を受け取ってあげながら。
説明します。
「母ちゃんにも聞いてみたのですけど、俺が貰ったのは消防車だというのです」
「赤いバンの消防車?」
「ですからバンではなく。まあ、結果よく分からないので、プレゼントは俺が買ってあげたいものにしました」
そして開いた箱から。
白い靴が顔を出すと。
穂咲は珍しく。
照れくさそうな顔を浮かべたのです。
が。
余計なことを言ったので。
すぐにいつもの無表情に戻ってしまいました。
「バンのミニカーならぬ、万能スニーカーなのです」
「ダジャレ? へたっぴなの」
「プレゼント、ミニカーじゃなくて驚きました?」
「ううん? 靴を買ってるんだろうなってのは、うすうす感づいてたの」
え? うそ?
「どうして気付きました?」
「何となく。それが分かる程度には、ずっとお隣りにいるの」
ああ、なるほど。
俺が、穂咲の考えていることが分かるということは。
逆もまた真なのですね。
……ということは。
俺の、穂咲に対する複雑な気持ちも。
焦りも、葛藤も。
全部筒抜けなのでしょうか。
だから、好きとも嫌いとも言わない俺と。
こうしてのんびりと一緒にいるのでしょうか。
「道久君。でもね、靴なんて、履いてみなきゃ合わないかもしれないの」
「ああ、それはご心配なく。おばさんに手伝ってもらったので」
君と、足の形もサイズも同じ人。
それなら納得と。
穂咲は安心の表情で、箱に蓋をしました。
「なるほどなの。ママがピッタリなら、あたしもピッタリなの」
そして無表情のまま歩き出しましたが。
きっとそれは照れ隠し。
だって、灰色の空から。
君の頭に、幸せな白い紙吹雪が舞いおりてきましたから。
「……ただ、ここで一つ問題が」
「なんなの?」
「そういった事情ですので、右足が俺から。左足がおばさんからのプレゼントとなっております」
これを聞いた穂咲は。
もっと幸せになったのでしょう。
たくさんの紙吹雪を、町中に降らせながら言いました。
「じゃあ、ママにも半分お返しするの。……残りの半分は、道久君が買うの」
「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 17.5冊目⛵
おしまい♪
……
…………
………………
「積もるほどではなさそうですが。それにしても冷えますね」
エコバッグを持つ手が痛くてちぎれそう。
短い距離なのに、何度も休憩を挟みながら。
雪の舞う家路を歩いていると。
「そう言えば、スーパーでチョコ売ってたの」
またこの人は。
変なことを言い始めました。
「売ってますよね、チョコ。普通に」
「バレンタインデー用」
「…………気が早すぎます。いつものお菓子売り場に並んでいる品でしょうに」
君の目。
一ヶ月も気が早いフィルターが付いているのです。
そう思っていたのですが。
「バレンタインフェア開催中って書いてあったの」
「お正月明けたばかりなのに!?」
クリスマスとかも。
ハロウィンとかもそうですが。
日本は。
妙にお祭りを早く始めたがる癖があるようなのです。
「前倒しなの」
「その基準で言ったら、節分フェアが年明け前に開催なのです」
「文字通り、鬼が大爆笑なの」
うまい。
こういう時だけ頭の早い人ですね。
「一ヶ月も先の話ですが、例年通り、俺のチョコを取る気ですか?」
「ううん? 気付けば友チョコが結構な量貰えるから。去年もホワイトデーまで残ってたの」
「おかしいだろ。俺の貰ってきた分、君が一日で食べちゃうでしょうが」
「自分の貰ったものはそんな雑な食べ方しないの」
酷い言い草です。
ちょっぴり腹が立ちました。
「そういうことでしたら今年はあげません。俺の方が穂咲より多く貰いますし、ほんとは穂咲に食べてもらって助かっているのですが」
ここまで言えば、いつものように食べてくれることでしょう。
などと考えていたら。
意外な返事が返ってきました。
「……そんなことないの」
「え?」
「あたしの方が沢山貰ってるの!」
「なんでケンカ腰です?」
でも、そんなはずは無いのです。
君に友チョコくれる人は。
俺にもおこぼれチョコをくれますし。
ただし宇佐美さんを除く。
「あたしの方が貰ってるの!」
「ですから、そんなこと無いでしょうに。それに、なんで怒ってるのです?」
「むう! 勝負なの!」
「はあ」
「勝った方が負けた方に、高級チョコを買ってあげるの!」
「逆になってます」
なんだか。
今年のバレンタインデーは。
おかしなことになりそうです。
「勝った方が負けた方に高級チョコを買ってあげるの!」
「ですから。逆です」
……ああ、間違えた。
今年『も』。
おかしなことになりそうです。
「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 18冊目🍫
一日だけお休みを挟んで、
2019年1月16日(水)、予告編より開始予定!
今年『も』!
なんだか変なことになりそうなバレンタイン!
どうぞお楽しみに!
「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 17.5冊目⛵ 如月 仁成 @hitomi_aki
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