ラッパスイセンのせい


~ 一月十三日(日) スズシロ ~


  ラッパスイセンの花言葉 尊敬



 最近登山にはまったので。

 これくらいはお手の物。


「なんでも、寒い中で野外料理するのが流行っているようなのです」

「いくらなんでもなの。雪がちらついてるの」


 今日は寒いからと。

 この間、買ったばかりのスキーウェアでうずくまるこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪は。

 その伸び伸びになったニット帽の下でどんなことになっているのやら。

 想像に難くありません。


 俺は、これまで四度ほど使っている五十センチ角の低いテーブルに。

 縁が焦げ付いた目玉焼きとポタージュスープ。

 そして片面が焦げ付いた、ハムチーズのホットサンドを並べます。


「……道久君の分は?」

「ホットサンドメーカーもフライパンも一つなので。これから作ります」

「じゃあ、二回に分けて食べるの」


 変なことを言い出した穂咲は。

 手にしたラッパスイセンを地面に刺すと。

 そのままテーブルへ手を伸ばそうとしたので。


 俺が持ってきた手洗い用アルコールをだばだばとかけて。

 さらに除菌シートで良く手を拭いてあげました。


 するとこいつは。

 染みるだのなんだの文句を言いながら。


 ホットサンドをぐちゃぐちゃに半分に割って。

 目玉焼きもスプーンでゴリゴリと半分にしました。


 ……よりによってこんな日に。

 茎や葉っぱに毒のある花を持ってこないでください。



 さて俺は。

 食事しながら目玉焼きを作ったりパンを焼いたりできないですし。

 提案に乗って、穂咲の正面に腰かけます。


「いただきます」

「いただきますなの」


 ちらちらと雪の舞う、山の麓の広場は。

 広場というより、ただ、枯草を刈り取っただけのだだっ広い空間。


 景色も良いわけではなく。

 やたらと寒く。


 むしろ、家で食べた方が落ち着くのではないかと思うのですが。


「やっぱ、外で食べると美味しいの」

「昨日の絶品唐揚げの方が美味しいとは思いますが」

「あたしは、このハムチーズパンの方が上だと思うの。不思議な辛い味が病みつきなの」

「ハリッサです。父ちゃんが大量に貰ってきて、試しに使ってみたら何にでも合って驚きなのです」


 俺が赤い調味料の入った瓶を渡すと。


「ちょっ……!」


 止める間もなく。

 穂咲は躊躇なしにスプーンでたっぷり掬い取って口にしたのですが。


 やたら辛いので、そんなことをしたら。

 悲鳴を上げるかと思いきや。


「…………これは、あたしの世界を変える品なの」

「大げさな。それにしても、よく平気な顔していられますね」

「独特で美味しいの。口の中にずっと入れていたい気分」

「なるほど、君の前世はハリッサの瓶だったのですね」


 だから辛い物食べても平気なんだ。


「でも、気に入ってもらえたなら嬉しいのです」


 そして穂咲は、ペーストを目玉焼きにもたっぷり塗って。

 真剣な表情でもぐもぐしつつ、瓶に書かれた材料を熱心に眺めます。


 そうか。

 こういう形でなら。

 君の夢のお手伝いができますね。


 どうせ後乗せするなら、わざわざパンに挟む必要も無いでしょう。

 俺はハムとスライスチーズだけ挟んで。

 ホットサンドメーカーを火にかけました。


「……あたしね? 年末から歩きっぱなしだったから、今日もお出掛けとか言われてほんとはムッとしてたの」

「気付いていましたけど。でも、これなら満足でしょう?」

「うーん……、七十二点なの」

「辛いね」

「ハリッサ程じゃないの」


 うまいことを言いながら。

 未だに湯気を出すスープをすする穂咲が。

 その口からも湯気をあげます。


「じゃあこのあと、もうちょっと歩いたら百点になることでしょう」

「ならないの。減点される一方なの」

「ちゃんと持ってきました? スタンプ帳」

「持って来たけど。大黒様ならパパだった事が分かったから、ハンコは全部埋まってるの」


 口を尖らせる穂咲の前に。

 俺は、持って来た地図を広げて。

 右上の、紙が破れた辺りを指差します。


「この、ちょっとだけ書かれている絵」

「切れちゃって見えないの」

「水車じゃないかな」


 滲んだインクが汚れのようになっているこれ。

 丸く書いた水車の端だと思うのです。


 その証拠に。


 破れた所から川が流れていて。

 その川が、他の七福神を探す目印になっていないので。


 きっと、最後の一つ。

 大黒様を見つけるヒントなのです。


「昨日、近藤君がゲームについて話してくれたので。その言葉を元に、いろんな可能性を考えてみたおかげで気付いたのです」

「こんちゃ……、近藤君が話してたこと?」

「はい」


 ゲームの楽しさは、沢山の可能性を考える事。

 その言葉通りに地図を眺めているうち、ひらめいたのです。


「水車? ……ああ、あったの! ぎっこんぎっこん!」

「そうそう、石臼があった水車。確かこの先でしたよね」


 先ほどまでぶうたれていた穂咲は。

 急に目を輝かせて立ち上がると。


「待ちなさいよ。これ、しまっていかないと」

「こんなとこに泥棒なんかいないの。早くするの!」


 俺を置いて。

 森の中へ入って行ってしまいました。



 泥棒とかそういう話ではなく。

 場所を勝手にお借りしておいて。

 元通りにせず離れるのは気が進みません。


 これもおじさんが教えてくれたことだと思うのですが。


 ほんとに。

 尊敬に値する方です。


 俺はおじさんの教え通り。

 道具を片付けて、椅子が作ってしまった穴ぼこを踏み固めていると。


 穂咲が森の中から舞い戻って来たのですが。


「早くするの! ぐず久君なの!」

「…………君は、まったく尊敬できませんね」


 ハリッサの瓶にスプーンを突っ込んで。

 お菓子みたいにすくって食べながら歩いていたのですね。


「口の周りが赤くなるのはナポリタンを食べた時だけだと思ってました」

「早くするの」

「まるで子供みたいな顔になってますよ?」

「子供にこんな辛いの食べれないの。大人なの」


 納得いきません。


 だって、屁理屈を言いながらその場で足踏みをする姿は。


 まるで三才の子供。



 ああ、そうか。

 それでいいのですね。


 十数年越しに。

 ゲームの続きをしているわけですから。



 ――もしも、ここに大黒様がいたら。

 本当の七福神巡りが完了です。


 そうしたら、ご褒美として。

 明日、クリスマスプレゼントをお渡ししましょう。


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