彼女が俺のプロポーズを100回断った理由

アステリズム

彼女が俺のプロポーズを100回断った理由

柔らかなオレンジ色の光が、ゆっくりと太平洋に沈んでいく。俺は今、夕焼けに染まる浜辺を彼女と二人で歩いている。

 彼女の少し茶色みがかった髪が、まるでオレンジ色に燃えているかのように光輝いている。


 ああ、素晴らしい。なんてロマンチックな景色なんだ。


 長く夜景を観るよりも、一瞬で終わってしまう夕焼け空の方が好きだ。


 きっと、この景色を一生忘れることは無いだろう。そして、違う意味でも忘れられない日にしてみせる。


「凪、綺麗だね」


 彼女は海にゆっくりと沈んで行く太陽を見つめている。

 彼女の好みは把握している。

 長年、一緒にいたのだから。


「君の名前の通り、ここの波はとても穏やかだ……。俺は、こんな穏やかな人生を送りたいんだ。君となら、そう歩んでいけると思うんだ」


 沈む夕陽を背に、懐から箱を取り出して彼女の方へと跪く。


「凪。俺と結婚してくれないか」


 決まった。完璧だ。ハワイの夕焼けは最強の武器。シチュエーションランキングトップ5だ。


「ゴメンなさい。もちろん好きよ? でも結婚は無理」


「ダメか」


「無理よ」


 夕陽は完全に海へと沈み、夜の帳が下がっていく。いいなぁ太陽は、このタイミングで逃げられてさ。


 こうして俺は、またプロポーズに失敗した。

 だが後悔はない。ここに来てよかったのだ。


 太陽が沈みきり、空が黄金から紫色へ染まっていく。

 こう言うの、なんて言ったかなぁ。


「マジックアワーね」


「え?」


「マジックアワー、魔法の時間」


 先程とは違い、紫色の空を背景にして、彼女がシルエットになっている。


「凄く綺麗。また来ましょ? 」


 そういった彼女は幻想的でとても美しく、なんというかきっとまた、俺は彼女の為ならばなんでも出来ると、改めてそう思ったのだ。


「ああ、また来よう」


 ◇◇◇


 煌々と輝く街並みを一望し、シャンパンを傾きつつその全てを堪能する。

 眼前にそびえ立つ観覧車には、まるで流星のように光が流れている。


 夜景を堪能し、口元を緩める彼女の姿は、まるでキラキラと輝いているかのようだ。

 美しい。夜景より遥かに、そして何よりも尊い光景を俺は目にしているのだ。


「やはり、夜景もいいね」


「そうね。これはこれで、とても綺麗」


 彼女は酒が全く飲めないので、リンゴジュースを飲んでいる。かわいい。


 ここ、横浜みなとみらいは、デートスポットの中でも最上位に位置するだろう。だが断言する。今この中で一番幸せなのは、きっと俺だろうと。


「でも、夜景よりも美しいものもある。俺の目の前に」


「どうもありがとう」


「凪。僕には、君しか見えないんだ。僕には、君しかいない。結婚しよう」


 クリーンヒットだ。

 完璧に決まった。


「ゴメンなさい。無理よ」


「無理か」


「そうね、無理」


 美しい夜景、美しい凪。

 きっと、この光景を観られただけでも、失敗ではなかったのだろう。


 こうしてまた、俺は失敗した。

 だが後悔はない。ここに来てよかったのだ。


 ◇◇◇


 ほの暗い空間の中に、まるで宙に浮かんでるかのように、キラキラと光る影が駆け回っている。


 それは、青く輝く切り取られた海。

 乾いた社会に存在するオアシス。

 そう。ここは水族館だ。


 青い光に照らされた彼女が水槽を覗き込むと、先程まで遠くを泳いでいたイルカが、彼女の目の前まで泳いでくる。


 イルカと顔を合わせた彼女の姿はどこか儚くて、まるで俺は夢を見ているのだと錯覚する程、現実感の無い光景だった。


「このイルカ、人懐っこいのね」


「君が綺麗だから、こっちに来たのかねぇ」


「あらお上手。ありがと」


 可愛い。


 この可憐さこそ、俺の人生のエネルギー源だった。

 そう、これこそが俺のトリガー。これこそが勇気の元だ。彼女の笑顔で、きっと俺はどこまでも生きていけるのだろう。


「水族館、やっぱり子供にも大人気だね」


「そうだな。普段見られない光景だから」


「次は、家族で来よう。凪と、僕と」


「そうね」


「えっじゃあ結婚」


「無理ね」


「無理か、そうか」


 水族館を歩いている彼女の姿は、どこか泳いでいるような、フワフワと漂っているような感じがした。


 水槽に囲まれている、開放的でもあり、そしてある意味閉塞的でもあるこの空間にいるのに、まるで彼女はどこか遠くの海を泳いでいる、そしてそのままどこか遠くに行ってしまうような、そんな気がした。


 俺の後ろの水槽に、見覚えのある海の魚が集まってくる。


「なんだい、同情してくれるのかい? 」


「…………」


 当たり前だ。魚は喋らない。

 だが当分の間、寿司は食えなさそうにない。


 ◇◇◇


 ハワイの浜辺、スカイツリー、横浜、水族館、思い出の公園、自宅、スクランブル交差点、ひまわり畑、夢の国、大阪のスタジオアトラクション、廃墟、富士山の頂上、つくば山、オシャレなレストラン、クルーザー、フラッシュモブ、小樽、スカイダイビング、スイスの雪原、お台場、エッフェル塔、沖縄、天草、学校の校庭、スキューバダイビング、上海、東京タワー、ベネチアetc.


 あちこちでプロポーズをした。

 勿論全て玉砕。傷付くなぁ。



 そして、思い出の神社の境内。


 彼女は神様に願い事をしているようだ。


「懐かしいな、ここ」


「――――そうね」


 ここは、凪と昔、よく来ていた場所だ。

 今も記憶が色褪せない、あの夏の日の思い出。


「これからもずっと、僕のそばにいてくれないか」


「無理ね」


「無理か」


「……コレでもう、100回目ね」


「100回目か。……あっという間だな」


 彼女は泣いている。

 泣きながら、俺に言葉を伝えている。


「プロポーズ、ありがとう。お兄ちゃん 」


 ◇◇◇


子供の頃、双子の妹と俺は本当に仲が良かったんだ。


 小学四年生のあの夏。

 今も神社の境内で遊んだ事をよく覚えている。


「ねぇお兄ちゃん。私、プロポーズされたいの」


「プロポーズ? 」


「そう。プロポーズ。100回! 素敵な場所で100回! 」


「何で100回なんだよ。別のヤツなら時間かかるし、同じ奴ならめっちゃ振られてるじゃないか。普通断ったら終わりだし、可哀想だろ」


「でも、100回がいいの、何回も素敵なプロポーズしてくれる人が良い」


「そんな奴いるわけねぇよ」


「いるよ。ここの神社、凄く願いが叶うって言うし。見つかるよ」


「見つかるかなぁ、ま、見つかんなかったら俺がやってやるよ」


「お兄ちゃんじゃ意味無いじゃん!無理だよ無理」


「確かに」


 それは子供によくある現実味のない会話。

 二人で笑いあう、いつもの会話。


 その一週間後、妹は車に轢かれてこの世を去った。


 いつも一緒にいたのに、あの時に限って、そばに居てやれなかった。守ってやれなかったんだ。


 虚無感、空虚感。何かが無くなってしまったその感覚。

 ずっと後悔してたんだ。ずっと。

 あれから15年経って、たまたま事業にも成功して、どんなに社会で駆け上がっても、その後悔は消えなかった。


 そんな時、彼女は突然目の前に現れた。

 彼女は、大人の姿をしていた凪は、双子だからかな、一目で誰だかわかった。


「もう、寂しくない? 」


「ああ、もう、大丈夫だ」


「本当に? 」


「お前とまた会えたからな」


「良かった。ずっと寂しそうだったから」


「そうか」


「私も、もう満足。もう寂しくない。もう怖くないから」


「そうか」


「ありがとう。お兄ちゃん。夢を叶えてくれて」


「ああ」


「たっぷり練習したんだから。良い人見つけて決めなさいよ」


「本当、お前のお陰だよ」


「神様にもありがとうって言わないと。願い事を叶えてくれて、ありがとうって」


「ああ本当に、本当に感謝しないと」


「こんなことに付き合ってくれて。大好きよ。お兄ちゃん。いつか、また会いましょう」


「ああ、ああ、また会おう。また」


 そうして妹は、子供の頃から素敵なプロポーズを夢見ていた妹は、前がぐちゃぐちゃにしか見えていない俺の目の前から消えていった。


 神社にお参りした後、俺は一人で夕焼けの帰り道を歩いていく。


「こりゃ当分、結婚するのは無理かなぁ」


「あれ? 湊さん? どうしたんですか、そんなにボロ泣きして。もしかして、振られました? 」


 凪。あいつさっき、一体何を願ってたんだろうか。




 終わり

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