ネイル・リミットブレイク

ちびまるフォイ

ことさらに闘うものたち

「なんか、今朝起きたらめっちゃ爪が変色してるんです」

「なるほど」


「しかも左手の小指の爪だけなんです。

 ほら、見てください。えぐい色しているでしょう?」


「どどめ色ですね」


「先生、これなんかの病気なんでしょうか。

 毎日ストレス社会にさらされすぎて、

 爪へ内臓の異常が出ているとかそういうパターンですか」


「リミットブレイクですね」

「リミっ……」


「これはリミットブレイクですよ。

 指の爪が10本変色したらリミットブレイクできます」


「何いってんだこいつ」


医者に暴言を吐きかけるのは初めてだった。


「過剰なストレスや危機的な状況に置かれると、

 人間はそのストレスをリミットします」


「リミットだから、結果にコミットだとか知らないですけど……」


「で、10本の爪がすべて変色するとリミットブレイク。

 今の状況をすべていい方向へと導くことができます。

 まぁ、私はストレスないので使ったことないですがね」


自分の爪が1本変色した。


「あ、変色しちゃいましたよ」

「私の話がクソつまんないのでストレスだったんですね」


病気ではないということで薬ももらわずに病院を出た。


昔から不幸の星のもとに生まれたと自負するだけあって、

帰り道でもクラクションを鳴らされ、犬の糞を踏み、泥をはねられ、人違いでビンタされた。


「もうなんなんだよ、俺の人生……」


家につくまでに指の爪は10本変色し、リミットブレイク待ちとなった。

医者からは発動時に叫べと言われている。


「さぁさぁ、年末抽選会だよーー!

 献血すればいくらでもガチャが回せるよーー!」


威勢のいい声に誘われてガラガラの前に向かう。


「お兄さん、やるつもりかい? チャレンジャーだね。

 いっておくけど、このガチャは確率0.00001%だよ」


「なんかもう散財したい気分なんですよ……。

 リミットブレイク!!」


すると、体全体から黄色いオーラが立ち上った。

ガラガラを回すと金色のたまが4つ出てきた。


「アイエエエエエ!? ナンデ!? 金の玉ナンデ!?」


「うそだろ……!?」


本来1つしか入っていないはずの金の玉が4つも。

ハワイ旅行を4回も当選してしまった。


「これがリミットブレイク……!?」


恐ろしい力を手にしてしまった。

一度リミットブレイクした後は爪の色はもとに戻る。

また最初から溜め直しだ。


今までは自分の凶悪な不幸体質を憎むばかりだったが、

リミットブレイクができるようになってから、それは吉兆となった。


飛んでいる鳩に糞を引っ掛けられても。

突然の雨に降られても。


「ありがとう! リミットブレイク溜まったよ!!」


これから訪れる幸せのための布石である、と考え方が変わった。


リミットブレイクの応用範囲は多彩で、

単純にくじ引きの運などを良くするだけでない。


「すごい! あの大量の仕事をどうやって片付けたんだ!?」


「フッ……まぁ、ちょっとリミットブレイクっちゃっただけですよ」


仕事でも大活躍。俺の評価はうなぎのぼり。



「どうかな? 俺と付き合ってくれない?」


「ハートがリミットブレイクしちゃうよぉ……///」


気になるあの子もリミットブレイク中ならあっという間に攻略。



「2時間しか寝てないのに、集中力が維持できているだと!?」


「寝る前にリミットブレイクすると、凝縮睡眠できるんですよ」


もうリミットブレイクなしでは生活できないほど依存していた。

この反動の大きさを知るまでは。


「山田ァ!! ちょっと来い!!」


上司に怒鳴られて席に向かう。


「課長、どうかしましたか?

 前に依頼されていた仕事は完璧なはずです」


「ああ、そうだ。だが、今回の仕事はどうなってる?」

「え?」


「こないだの仕事のクォリティとは全く違うじゃないか。

 まるで別人。前の仕事は本当にお前がやったのか?」


「ほ、本当ですって!」


リミットブレイクのデメリット。それは落差にあった。

一時的に自分の実力以上の結果が出せることで、

その水準が標準となり評価の目も厳しくなってしまう。


「なんか、付き合ったときは超かっこよかったのに

 いまはなんかパッとしないしときめかない……別れましょ」


「えええええ!?」


リミットブレイクで付き合った彼女とも破局。


リミットブレイクしたことで一度上がったハードルは戻せない。

実力以上を求められるうちに「期待はずれ」が俺を苦しめた。


「あ……もう10本……」


誰かに落胆されるばかりの日々のストレスで爪は変色。

リミットブレイクできるようになったが、怖くてもう使えない。


リミットブレイクで失った信頼を取り戻したとしても、

通常に戻ったときの落差に苛まれてしまうくらいなら

いっそこのまま使わないほうが精神的にいいのではないか。


リミットブレイクに頼らないことを心に決めて生活していたとき。


「あ、ごめんなさい!!」


カフェで思い切りコーヒーをぶっかけられた。


「わ、忘れてた……俺は凶悪無比な不幸体質だった……」


何をしていなくても不幸は向こうからやってくる。

ふと爪を見ると、左手の小指の爪が別色に変色していた。


「あ、あれ……!? いつものリミットブレイク色じゃない……」


その後も、全然関係ないケンカに巻き込まれたり、

上から落ちてきたレンガが直撃したりと災難に見舞われ、

指の爪がまた別の色に変色してはじめて気がついた。


「まさか、2周目に突入してるんじゃないか!?」


今までは10本溜まってリミットブレイクしていた。

でもすでに俺の爪は15本が2周目のリミットブレイク待ち。


20本溜めてリミットブレイクすればどうなるのか。

いや、それ以上溜めたらどれほどの効果が得られるのか。


「これは……すごいことになりそうだ!」


それからは、来るべきXデーに備えてリミットブレイクを溜め続けた。


「何に使おうかなぁ……」


何周目にも溜まったリミットブレイクを開放すればどうなるのか。

強烈な催眠効果も使えるのかもしれない。

自分の王国を作ることもできるかもしれない。


リミットブレイクの効果が消えても自分の栄光は残るような

そんな最高にハイな使い方がこの先にきっとあるはず。


そう信じていると、普段のストレスもご褒美に感じた。


「お前!! なにヘラヘラしてやがる!!」


「いやぁ、コレもリミットブレイクの糧になるかと思うと嬉しくって……」


どんなに怒られても嫌なことがあっても笑顔が尽きないことから

俺のあだ名が「壊れたピエロ」になったころ、ついにXデーはやってきた。


「アイドルがこの街に来る……!?」


かねてから応援していたアイドルグループが

町おこしと宣伝のためにこの街にやってくるという情報が来た。


この日にリミットブレイクすれば、その影響範囲は絶大。

きっと今をときめくキラキラアイドルにモテモテハーレムになるだろう。


たとえそれが一時の夢あったとしても、

既成事実としてその後も継続できるのかもしれない。最高すぎる。


「はぁ、明日が楽しみだなぁ~~♪」


すでに爪は何周目も溜まっている。準備万端。

ニヤけながら家路についていると、遠くからサイレンの音が聞こえる。


「なんだ……?」


野次馬根性で行ってみると、一軒家が燃えていた。

消防車は必死に消火活動に当たるも、火の勢いは止まらない。


「中に1人残ってる! 誰か行けないか!?」

「無理です! 火の勢いが強すぎます!!」

「このままじゃ応援が来る前に全部燃えちまう!」


消防隊員たちは火が強すぎてとても救助に迎えない。

周りの人たちもただ見ているばかりだった。


俺以外は。


「おい! 君、なにやってる! 中に入るんじゃない!」


「リミットブレイクッ!!!」


すべてのリミットを使うと体から虹色のオーラが立ち昇る。

火が俺に道を作るように左右に別れ、残された人までの道筋が頭に浮かぶ。


2階に倒れていたおじさんを抱えあげ、ゆうゆうと火の海から連れ出した。


消防隊員は全員が敬礼して出迎えた。


「ご協力、ありがとうございます!!!」


「いいんですよ。人命救助以外に優先する使いどきなんてないですから」


救助されたおじさんは救急車に乗せられた。

俺もどういうわけか一緒に救急車に乗ることになった。


「おじさん、大丈夫ですか?」


「あ、ああ……」


「すごい! あの状況で意識を取り戻した!」


リミットブレイクの効果はまだ絶大で、

昏睡状態になっていたおじさんの意識をも回復させた。


「君が助けてくれたのかい」


「ええ、そうです。本当に良かった。

 でも、どうしてあんな火事になるまで逃げ出さなかったんです?」


「それは……」


おじさんはふと救急隊員の顔を見回した。

そこに驚くほどの美人隊員が乗っていることに気がつくと。




「リミットブレイク!!」



救急車に大声が響き渡った。

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