第44話
44.
冒険者ギルドに到着である。
唯一の不本意な気持ちは――自分がチームリーダーになることくらいだろうか? チーム名に関しては、どうでも良くなるほどに『リーダーになる』ということが、とてもとても――ツライ。
チームを結成するためには、まずメンバーを揃えて冒険者ギルドの受付へ行く。そして、チームを結成する諸を伝えて書類に必要事項を書き込んでいくだけだ。
だが、普通の冒険者たちの場合には問題も起こりやすい。というのも識字率である。読み書きが低レベルすぎると、書き込みができなかったりするわけで、案の定、自分たちも受付の方に心配されてしまった。まあ、自分がリーダーとして書き込みをするのだから心配されて当然かも知れないのだが。
この書類、本当ならもっと詳細な記載をしないといけないと思われるのだけれど、実際には識字率の問題やらなにやらがあるせいなのか、とても簡素化している。しかも記入内容は、冒険者タグに書かれていることのみ。そう――自分の名前だけなのだ。
年齢に関しても冒険者ランクに関しても、はっきりと書く必要はない。特技などは書く欄が設けられているけれど、その程度なのだ。
ただし注意事項として、ちゃんと依頼を受けて完了させているかということ。こちらに関しては冒険者タグに書き込みされるため、ギルド職員なら確認を取れるようになっている。
「カナ、ここは?」
「三つの依頼内容を書く欄だな」
「これは特技って……何を書いたら良いの?」
「好きに書いていいんじゃねえか? 例えばアヤは弓矢が得意だし」
「あー、そういうことか。じゃあ、僕は……」
「掃除か?」
「ちょ、カナさん!? そんな冗談を言ってる場合じゃないだろ?」
「えー?」
「えー、じゃないの! 僕だって特技くらい……特技……んー、どっちにしようかな? やっぱ火の魔術かな?」
「あー、焚き火に火をつけるやつな!」
「その程度でも使えるから良いじゃん」
「まーな」
「シュウさんの特技は……って、これいいの? ね、カナさん、これいいの??」
「んー? ああ、いいんじゃねえの? 料理が特技ってのも旅には最高のお供だもんよ。シュウのは特技以上だと思うけどな」
「うんうん、シュウさんのご飯を食べると幸せになれる」
「そうだろ、そうだろう!? まあ、狩りもできるしな」
「それはそれとして、カナさんのは、どうなんだよ……教育、指導って……特技でも何でもないじゃん」
「……そうか? キョウの指導を行うのが自分の仕事だと思ってるんだが」
そんなくだらない会話をしながらの種類への書き込みは、ギルド職員たちから生暖かい目で眺められながら15分ほど掛かって、書き入れられた。けれど、これが好印象だったのは個人面談でもよく分かることだったと思う。なにせ……立ち会った職員とギルド支部長からも、仲の良いチームだと褒められたのだから。
「では、これでチーム『コクーン』の結成登録は完了です。こちらは冒険者タグに嵌めるようになっておりますので、私たちの目の前で装着をお願いします」
そう言われて、ひとりひとり、それぞれに手渡されたものは、冒険者タグをカバーするかのように作られているものだった。まるで冒険者タグのカラーを見せないように作られているそれには、大きくチーム名が記載されている。
少しだけ感動モノだな、と思いながらタグに装着すれば、みんなも心なしか思うことでもあるのだろう、頬を紅潮させてタグを撫でていた。
「これで皆さんのチーム結成が確定されました。チームメンバーが増えるようでしたら、最寄りのギルドで申請をしてください。その際にも個人面談は行われますが、新規の者のみがギルド支部長や職員たちとの面談となりますので」
「はい」
「そしてリーダーには、こちらを」
そう言われて手渡されたのは、もうひとつのタグである。
「これはチームで行った依頼の際に提出してください。それがこちらに記載されていくシステムになっておりますので」
「あ、はい! ありがとうございます」
「では、改めて」
「「「チーム結成、おめでとうございます」」」
そう職員たちにお祝いの言葉を頂き、自分たちは少しだけ照れながら冒険者ギルドをあとにした。
本当は依頼のひとつでもと思っていたのだけれど、実のところ明日の朝にはこの街を発つ予定でいるため、できるだけ必要な情報と失くなりつつある道具などを補充したいのだ。
「あ、アイテムバッグ、もう一個買わないとな」
「そうだな。オレも欲しい」
「道具屋が先だな」
「あたしも、少しみたいです」
「うん、見て回るか」
そうして商店街に繰り出してみたのだけれど、この街はそれほど大きな街ではないため、商店街もそれなりだった。
けれど布屋や道具屋などは、割りと多くの品が揃えられているとのことで、自分以外のメンバーは目を輝かせている。
ということで、だ。
「あんたら三人で回ってきな」
「え?」
「カナさんは?」
「外で見てる」
「は!?」
「だって……」
「だって何!?」
「飽きる」
「「おい」」
「はーい!!」
唯一アヤだけが良い返事をしながら店の中へと入っていき、自分にツッコミを入れたシュウが慌てて追いかけていった。けれどキョウだけは動かずにいて。
「カナさん、もしかして凄く疲れてたりする?」
「んー? そうでもないが」
「本当に?」
「何でだ?」
「だって、アヤな乗り気なのに珍しく外で待ってるとか」
「あー、布は……もういい、マジで」
「……もしかして、前回の買い物の影響?」
「考えてみろ。二時間以上、布と対決するとか疲れて当然だろ? だいたい意味が分からん」
「あー、それは何となく分かるけど」
「それくらいなら、ひとりで外にいるほうが楽だ」
「なら、隣の道具屋に付き合ってよ」
「やだね」
「えー!?」
「お前の道具あさりも面倒だ……マジで勘弁してくれ」
言いながら大きくため息を漏らした。
その最大の理由としては、こいつら本当に見出したらキリがないんだ!
自分としては買い物などに時間をかけるとか、あまりしたくない。できることなら即決即金即払いの上即帰宅! がモットーなわけで、唯一吟味するとしたら魚介類を買うときくらいじゃないだろうか?
だいたい親の買い物にだって付き合ったことがない、女同士の買い物なんか以ての外だと豪語している自分なのだ。
ゲーム内でも課金したら吟味なんぞせず、欲しいものだけゲットするタイプなのだよ、自分という生き物は。
「ほんと、カナさんって女の子っぽくないよね」
「拳と足と、どっちがいいんだ?」
「そういう意味じゃなくって!! ってか言葉を間違えた??」
「知るかっ」
「なんか、僕の周りにいた女の子たちと違って、浮かれてないっていうか、チャラチャラしてないっていうか――いや、女の子にもタイプがあるのは知ってるんだけどさ。普通は買い物が好きって子が多いなって思ってたから」
「……それはどうだろうなぁ。自分の周りにも、確かにそういう女の子は多いかもしれんが、自分は遠慮しまくってたから。そのうちにできた女の友人ってのは、大抵が飲み仲間だな」
「……それってさ……あの、女子会、だよね?」
「飲み仲間だな」
「二度? 大切だった? この言葉!」
「いやな……女子会ってのは、こう恋愛話やら愚痴やらが多いだろう? けど、こっちは仕事の話だったり遊びの話だったり、まああとはゲームの話だな」
「……女子会の定義って」
「だから飲み仲間だ」
「うん、もう、それでいいや」
「ってことで、だ」
「うん?」
「とっとと買い物に行ってこい! ってかアヤの護衛をしてこい!」
「あー、はい! そうします!!」
そんなキョウを見送りながら、自分は少しだけ邂逅していた。
まるで遠い昔のように――こんなふうに誰かを見送っていたな、と。
それが誰だったのか、本当は分かっているのに記憶の中へと封じ込めていく。
ああ……帰りたい。
早く、元の世界へ戻りたい。
そんな思いを胸に懐きながらも封じ込める想い。
きっと、帰ってやるんだ。元の世界へと。
タイノを出る日は、快晴だった。
とても空が青くて綺麗で――これから向かう場所へ夢をはせている自分にとっては、とても幸先が良い気がしてならない。
タイノの街は、本当に綺麗な町だった。
スラムも無ければ浮浪者もいないという、人に優しい街だったと思う。すれ違う人たちの顔もみんな明るくて、少し不自然なくらいだと感じたほどだ。
けれど、こんな街であるのには理由があったのだと街の人たちや、警邏隊で非番の人たちに話を聞いて納得した。
そう遠くない昔、この街には世界の国境を渡りたくてやってくる冒険者や商人が多くいたらしい。そのため、無秩序なそれらに街が荒れていき、住民たちは真実、蹂躙されていったのだという。
多くの人が家族を失い、多くの女性が無法者や余所者に汚されていった。その結果、一度は街が崩壊しかけたそうだ。
やっとの思いで領主に掛け合い、どうにか取り戻した現実は、けれど受け入れられるほど強くない住民たちも多くて、その生命を儚く散らしていった。若い女性は特に――知らない男との間に出来た子どもを置いて、自らの命を奪ったのだと――。
そうして残ったのは、そんな子どもたちと老人たちばかりだった。
けれど、人というのはそれほど強くもないが、弱くないものなのだと思う――彼らは、自身に起こった現実を受け入れて、そして今の状態まで復活させてきたのだから。
今、街に入る際、自分たちが受け取ったような規則を木札に書いて渡しているのは、そのためだという。また、その規則を破れば警邏に捕まるのは当然のこと、木札を紛失しても壊しても同じように警邏へと突き出されてしまうそうだ。
なぜならば、この街を守るためである。
この木札に書かれていた規則とは、決して街の中で暴力を振るわないとか、自分たちの世界で言うなれば当たり前で常識的なことしか書いていない。けれど、この世界においてはこうして規則にしなければ問題を起こす連中が多いのだろう。
「また来てくださいね!」
「はい! とってもいい街でした」
「ありがとうございます。そう言ってもらえることが……本当に嬉しいです」
宿屋でチェックアウトをする際、そんな挨拶を店主はもちろんのこと従業員たちとも交わしたのだが、みんながみんな、嬉しそうに涙混じりで笑って返してくれた。
いい街だ。本当に理想的な街だと思う。
ただ少しだけ味気ない感じもするけれど、それでもここの人たちが必死に作り上げ守ってきた街なのだろう。
小さい街ではあるけれど、とても綺麗に整備されており、浮浪者独りも出さないように心がけているという街の人々は、きっと過去の出来事を心の奥底に刻みつけているからこそ、この街を作れたのだと思う。
きっと――もう立ち寄ることはないだろう。
けれど、また来たいとも感じられるほどに、少しだけ心地の良い街、タイノ。
騎獣を受け取りに施設へ赴き、そして門番たちに挨拶をして、ようやく街の外へ。
これでまた旅の始まりだ。
次の目的は――ドワーフの国。
キャラバンを手に入れること、である!!!
ただし、その前に――世界の国境があるんだけどな。
くれいじー・クレイジー! 夏月 @rinju
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