灰かぶりの魔女〜シンデレラが魔法使いになったら〜

ヒトリゴト

灰かぶりの魔女〜シンデレラが魔法使いになったら〜



「素敵なドレスも、綺麗な飾りもいりません。ですから、私を弟子にしてください」



 とある王国のとある屋敷。そこには、白に近い金髪に翡翠の瞳を持った大層美しい少女エラがいた。

 しかし、継母とその連れ子の姉達はエラの美しさに妬まれ、貴族の娘ながら召使いのような扱いをしていた。いや、それ以上に酷い扱いであったのかもしれない。

 ある日、王城で舞踏会を催されるということで、継母と義姉達は大層豪華な服や小物で身を着飾り出かけた。


 エラは一人屋敷に残され涙を流した。それは舞踏会に行けなかった悲しさからではない。あまりにも酷い惨めさや理不尽な現実への諦観、なによりもどうすること出来ない自身の非力さ。それらが胸中で混ざり合い、誇りと気高さの壁を越えて溢れてしまったのだ。


 そんな涙に誘われて現れたのが魔法使いだった。魔法使いは背丈ほどの杖を持ち、目深に被った広い鍔の黒の三角帽子の奥に見える目で、膝を抱え込んで泣くエラを見下ろした。


「あなたの願いはなあに?」


 そして冒頭に戻る。

 エラの毅然とした声に魔法使いはほうと声を漏らした。

 目の前の少女は涙は流している。心も落ち込んでる。しかしその芯は全く折れておらず、それどころか前に突き進む強さを垣間見せている。


(何よりも……)


 魔法使いは見えざる物を見る目『透視眼セコンドサイト』で、エラの中に芽吹いたばかりの魔力を視た。まだ魔力も少ないが質は良い。素質は十分にあると魔法使いは判断した。

 魔法使いはエラに再び問う。


「何故弟子になりたいのかしら」


 エラは泣き腫らした目を向けて、震える声を出した。


「私は惨めです。同じ女であるはずの義母達に何も抵抗することも出来ず、使用人達には哀れに思われる始末です」


 声は徐々に熱を持っていく。


「私はそれが嫌です。私は負けていない。負けていないのに哀れに思われるのは、嫌です。侮辱です」


 そしてエラは懇願した。


「魔法使い様、どうかお願いします。私を弟子にしてください」


 魔法使いは頭を下げたエラを見つめ、暫くして決断を下した。


「家を出ることになるがいいかしら」

「はい。お母様との思い出もありますが、私は私の道を行きますから」

「なら行くわよ」


 そう言って魔法使いが杖を二回地面に小突くと、そこから二人の姿は無くなっていた。



 ***



 王城での舞踏会は毎年の恒例行事だ。エラが魔女の弟子となり姿を眩ましてからも執り行われていま。

 これには国中の貴族が招かれる。名のある者が特例として招待されることも少なくなかった。


 シャンデリアの煌めく光が照らし、その下では優雅な音楽に合わせて踊る者もいた。または宮廷料理人が腕によりをかけて作った絶品を味わい、会話に花を咲かせる者も。

 共通しているのは、男ならばキリッとした礼服に身を包み、女ならば流行を取り入れたドレスに身を包んでいることだ。


 しかしそんな舞踏会で色々な意味で浮いている女性がいた。女性は綺麗な中に幼さを残した顔立ちをしており、ゆるっとしたマントの上からでも分かるほど抜群のスタイルだ。

 この絶世とも言える美女ぶりと、それに反した服の素朴さが女性を孤立させていた。あれは誰なのか? いったいどうしてここにいるのか? 等々の疑問を持ち、女性を遠巻き囲んでいた。


 一方で注目の美女ーー成長したエラは、数年ぶりの舞踏会と奇異な視線にうんざりとしていた。かつて令嬢としての教育で育んだ上品さは雰囲気として残してはいるが、その中身は師匠の影響を多大に受けていた。端的に表すと、こんな場所一刻も立ち去りたいと思っていた。


 そんなエラの元にまた・・一人の男性が飛び出した。


「失礼レディ。私と一曲踊っていただけませんか?」

「遠慮させていただきます。私は師匠の代わりに来ただけですから」


 丁寧に、丁重にお断りしたエラ。実にこれで十人目となる。

 綺麗な女性と舞踏会で踊る事は、貴族の男共にとっては名誉なことだ。それが国で一番の舞踏会で、相手が今回で一番の美人となればなおさらだ。故にエラにアプローチする男はちらほらと後を絶たず、衆人は誰ならいいのかという好奇心が視線に表れていた。


 舞踏会も半分に差し掛かろうという時、エラに迫ったのは男ではなく三人の女だった。それも不機嫌なオーラを隠すこともせず、寧ろエラを嘲笑するように近寄ったのは、かつての義母と義姉達だった。

 三人はエラの前にやって来るとまずは口も軽く挨拶を交わした。


「あら、久しぶりね」

「……」

「無視? 随分と偉くなったわね」

「……」

「それにしてもあなた、ふっ、見っともない服ね。ドレスも用意出来なかったのかしら」


 しかしエラは変わらず閉口を貫いた。これに苛立ちを隠さない義母と義姉達は執拗に責めようとしたが、そこでそれ以上に注意を惹く人物が来場した。


 護衛の騎士が扉を開き、そこから出て来たのは柔らかな茶髪に青い瞳を煌めかせるこの国の第二王子、ディーン・オブライエンだ。王子はその天恵たる美貌と国に欠かせない知栄を19にして有し、さらには武勇すら立つというのだから貴族の子女達を虜にしてやまなかった。

 それは既に35を過ぎたエラの義母や、ややいき遅れになりつつある義姉達も例外ではない。エラに対する憤懣などとうに消火され、それ以上の熱意が燃え盛っている。そう、年下イケメンを絶対にゲットしてやるという気概が。


 件の王子は優雅な歩みで有力貴族達に挨拶をして回った。その際には我が娘をと遠回りな言葉ながら必死に伝える者ばかりで、王子もやんわりとそれを躱している。下手な発言をすれば宮廷内のバランスを崩しかねないのだ。


 そうした政治的な用事を終え王子が周囲を見渡した。ここからが女子達の正念場だ。当主達の注目度も高まる。なにせ王子個人が最も興味を持つのは誰なのかということなのだから。


 王子は誰かを探しているような素振りを見せ、そして見つけた。明らかに表情を明るくしてみせ、人々の避けて出来た道を進んだ。


「ちょ、こっちに来ていますわ姉様」

「ど、どうしましょうお母様。私大丈夫かしら」

「まずは私がお相手するわ」


 そしてエラの義母達の方へとやって来た。エラは周囲の人間と同様に避けており、ことのあらましをぼんやりと眺めようと人垣に隠れた。


「何かご用でしょうかディーン殿下」


 義母が王子に声をかけた。しかしそれはあまりにも早まった行動であった。義母はあくまでオーティス伯爵夫人。王族である王子ーーそれも王位継承権一位ーーに自ら話しかるなど無礼に値する。実際周囲にいた他の貴族達は義母の行動に対して蔑視を向けていた。

 王子はそんな事など気にも留めないかのように振る舞った。


「これはオーティス伯爵夫人。伯爵はお元気でいられますか? 体調を崩したとお聞きしましたが」

「ご心配をありがとうございます殿下。伯爵は回復し始めています」

「それはよかった」

「そういえばですね殿下ーー」

「もうしわけない夫人、私がお話ししたいのはそちら方ですので」


 王子が視線を向けたのは人垣。隙間を縫うよう辿っていけば、そこには我関せずとしているエマだった。


「魔女グリゼルダの代理である灰の魔女、あなただ」


 今度は名指しだった。誤魔化せない。ここで無視をしてしまえば幾ら家を捨てていようとも、いらぬ諍いに巻き込まれる可能性が否定出来ない。エラも一応は王国国民ではあるのだ。

 エラはゆっくりと仕方なく王子の前に進み出た。そうしたことでより一層エラへの視線が強まる。


「何か御用でしょうか殿下」

「灰の魔女殿は想像よりもお若いですね」

「そんなことを言うために?」

「まさか。実はーー」


「お待ちください殿下! 」と声を上げ会話に割って入ったのは、当然のことながら、というかそんな無知蒙昧なことを仕出かせるのは義母ーー伯爵夫人だけだった。

 夫人はあくまでも忠言という体を取っているつもりなのか、やんわりとした声で言った。


「我が家の恥知らずと話すのはお辞めになった方がよろしいかと」

「我が家の娘? 失礼、オーティス家には二人の娘しかいないのでは。まさか……」

「はい、そこの娘がオーティス家の未子でして。恥知らずにも数年前行方を眩ませた娘です」

「それは本当ですか灰の魔女殿」


 そういった主張に会場がどよめく。何せそんなこと誰も知らない・・・・・・から。

 驚愕の事実を白日の下に晒されたことで慌てるかと思われたエラだったが、しかしそんなことはなく、むしろ堂々とした様子でいた。

 エラは今日初めて義母である夫人に口を開いた。


「失礼ですがオーティス夫人、私はあなたの娘ではありません」

「何を言っているのエラ!」

「ですから私はエラなどではありません。私はシンデレラ。魔女グリセルダの唯一弟子にして灰の魔女とお呼びいただいている、シンデレラです」


 シンデレラ。シンダーエラ。灰かぶりのエラ。それはエラーーシンデレラが家を捨てグリセルダの下で修行をしていくうちに得たシ魔力特性である【灰】と掛け合わせた、魔女として生きていくことをシンデレラが決意した証だ。旧き名を捨て新しい名を得る。つまりは生まれ変わった。

 シンデレラの名は王国に広く伝わっている。各地の魔獣被害に出向き、騎士団が揃って掛かるほどの魔獣を単騎討伐しろと、修行を称して師匠に命じられていたからだ。そのことについての噂は広まり、シンデレラは知らないうちに民衆から人気を得ていた。


「殿下。私はただの魔法使いです。オーティス家とは何の所縁もありません」

「いい加減に」

「して欲しいのはこちらです。娘さんがいなくなって心苦しいのはお察ししますが、いい迷惑だと知ってください」

「っ!!」


 シンデレラはゆっくりと夫人に近寄ると、夫人にしか聞こえないように言葉を口にした。


「知られると不味いこともおありでしょう」

「あなたッ」


 シンデレラの言葉に夫人は悲鳴紛いの声を小さく漏らした。そんな様子を見てシンデレラは王子に向き直った。


「殿下、先程の続きをお聞かせ願いますか?」

「シンデレラ、オーティス夫人はもうよろしいので?」

「少し気分も悪くなっているようですし、休んでいて貰いましょう」

「たしかに顔が青いな。誰か、オーティス夫人を休憩室に」


 殿下の呼びかけでメイドが夫人を誘導して退出した。義姉達もそれを追うように退出したが、その際に睨みがあったことは言うまでもない。


「灰の魔女殿は」

「シンデレラで結構ですよ殿下」

「ではシンデレラ。あなたの武勇は聞き及んでいます。是非ともその力をお見せ願いたい」

「それはつまり、私の魔法が見たいということでしょうか?」

「その通り」


 この申し出にシンデレラは困った顔のまま愛想笑いを浮かべた。


「それは、難しいですね。魔法はあまりおおっぴらにするものではありませんし」

「貴様! 殿下の言葉に何をーー」

「静まれニト。彼女には悪意があるわけではないだろう」


 王子は護衛の騎士であるニトを諌めた。


「シンデレラ、おおっぴらにしなければいいのですか?」

「ええ、まあ、はい……」

「では人払いはするので、後日お願い出来ませんか。相手はーー」

「これこれ殿下、あまり困らせるでない」


 それは萎れた声だった。しかし優しい声音は、騒然としていた会場の雰囲気を不思議と侵食した。

 まるで舞踏会にそぐわない格好だった。凡そ魔法使いというイメージならば、箒跨る魔女か、あるいは白ひげを蓄えた老年が浮かぶだろう。そこにいた者は後者だった。

 長い白髪を一つに結って黒のとんがり帽子を被り、全身は黒のマントで隠れている。そして右手には身の丈ほどの宝石のあしらわれた杖が収まっていた。


「オーウェン翁。あなたが参加されているなんて珍しい」

「ほほは。そちらのお嬢ちゃんが気になっての」


 ルーサー・プライヤ・オーウェン。宮廷魔法使いの筆頭にして、様々な偉業を成し遂げた大魔法使いだ。老年となった今では全盛期ほどの魔力はないが、圧倒的な経験値から未だ王国最高と名高い。

 オーウェンは長い白ひげを撫でながらシンデレラを舐めるように見た。


「ほほ、めんこいのぉ」

「オーウェン翁……」

「すまんすまん」


 オーウェンは王子からの視線に縮こまった。


「しかしそちらのお嬢さんは、随分とまあ、綺麗な魔力をしておる。かなり洗練したのじゃな」

「初めましてオーウェン翁。シンデレラとお呼びください」

「お前さんは、あの小娘と違って礼儀正しいのぉ。本当にグリセルダの弟子か?」

「師匠をご存知なのですか?」


 シンデレラの問いにオーウェンは目尻に皺を寄せて答えた。


「なに、あやつは儂の弟子だったのじゃよ。つまりお前さんは儂の孫弟子じゃな。今回はグリセルダの弟子が来ると聞いて参加したのじゃが、グリセルダの奴は言っておらんかったのか」

「初めて知りました」

「あ奴め、こんなめんこい子を隠しておくなんて、相変わらずの師匠不孝者じゃの」


 そうは言っていらオーウェンだが声に刺々しさはなく、本心から言っているわけではないようだった。


「目的も果たしたことじゃし、儂はそろそろお暇しようかの」

「オーウェン翁、先程は庇っていただきありがとうございました」

「グリセルダの奴が弟子に取るくらいじゃからな、きっととんでもない魔法を使うのじゃろ? 模擬戦を許したら城が壊れてしまうわい」


 その少し捻くれた言葉にシンデレラは薄い苦笑を登らせた。何せ、自らの師匠であるグリセルダと似た雰囲気があったからだ。


「この師にしてあの弟子、ということですか」



 ***



「もう! いったいなんなのあの小娘は!!」


 絢爛な屋敷に怒りを響かせたのは、シンデレラにいいように躱された義母ーーオーティス夫人だった。城での舞踏会から早く帰って来た夫人は、ヒールも折れてしまうのではという乱暴な足運びで自室へと戻っていた。

 二人の娘達も今は触れないでおこうと二人して自室に戻っている。


 夜は遅く、薄っすらと雲に覆われた月は弱々しい。だからか、良くない物が蔓延りやすいのは。

 窓から冷たい風が入り込んだ。カーテンが大きく揺らめき、次の瞬間には不気味な格好をした女が立っていた。青白い肌に真っ赤な目を潜ませた女は、愉快そうに笑った。


「ふふふ、荒れていますねぇ夫人」

「フルフィーラ」

「おやおや、驚かれなくなりました?」

「いい加減に慣れたわ」


 フルフィーラはフードを取り去り、我が物顔で椅子に座った。マナーも何もない雑な動作でお茶を飲み、口元には茶請けのカスを付けた。


「今日は何をしに来たのかしら。約束の日はまだよ」

「えぇ〜、何か急用でもあるのかと思ったんですけど。ほら、だいぶイラつかれているようですし。シンデレラでしたっけ? いやああれは綺麗ですねぇまったく」

「……何故そのことを知っているのかしら」

「ヒ・ミ・ツでーす」


 それから、あえて言うならワタシが優秀だからとフルフィーラは自慢した。夫人もそれを否定しなかった。何せ優秀だと見込んで個人的に契約をしている魔女であるし、実際の働き振りに不満はなかった。

 だからこそ夫人は気になった。


「それであなたから見てあの小娘は魔女としてどうかしら」

「いやあ間違いなく強いですねぇ。魔力漏れも全くありませんし。これは邪竜退治の噂も嘘ではなさそうですねぇ」

「そう……」

「まあただ? ワタシは勝てますけど。対魔法使いがワタシの本分ですからねっ!」

「ならいいわ」


 一瞬漏れた怒気も息を潜め夫人は上機嫌となった。


「なら予定も早めてしましょう。地固めも大方終わりましたし」

「今夜にでも?」

「ええ、そうするわ」


 そう告げた言葉は闇夜に溶けて消えるはずだった。しかし今宵ばかりはそうもいかず、待ったをかける声が差し込まれた。


「それはやめていただきたいのですが、オーティス夫人」

「っ!!」

「これはこれは、シンデレラさんじゃあありませんか。お初にお目にかかります」


 窓から届く月光に照らされ扉の前に立っていたのはシンデレラだった。シンデレラは悠然と立っており、微笑すら浮かべていた。


「初めましてフルフィーラさん」

「おや、ワタシのことは知られていましたか」

「もちろんです。あなた方の計画も大方は知っていますよ」

「なんと! これはやられましたねぇ」

「フ、フルフィーラ! 何を呑気に話しているの! 計画を知られているのよ、さっさと処分してしまいなさい!」


 ヒステリックに叫ぶ夫人にフルフィーラは肩を竦め、シンデレラに提案する。


「ここじゃああれですし、庭に出ませんかねぇシンデレラ」

「構いませんよ」

「随分と余裕だぁ」

「そうでもありません。先程から干渉してくるあなたの精神魔法に対応していますから」

「ありゃバレてるし」


 精神操作。それがフルフィーラに宿った魔力特性だった。数ある魔法の中でも異質のそれは、気が付かぬ間に対象の精神を掌握するもの。

 フルフィーラはその特性ゆえ要人からの依頼を多く受けるため、その筋ではシンデレラ以上に有名な魔法使いだった。


「事前に調べておきましたから。それでオーティス伯爵を都合よく操っていたのも」

「じゃなかったら先のセリフは出てこねぇよねぇ」


 シンデレラは灰に紛れ一瞬で庭へと移動し、フルフィーラも庭へと飛び降りた。庭師によって見事に整えられた庭で対峙する二人の間では既に攻防が始まっていた。

 フルフィーラが先程から継続して精神干渉を図っており、それにシンデレラも対応せざるを得ない。そのため魔法使い同士の戦いながらまるで迫力のない、膠着した状態が続いた。


「上手いですね」

「嫌味ですかぁ?」


 そもそもフルフィーラの精神干渉は魔力を対象にぶつけることから始まる。そしてそれさえ出来て仕舞えば意図した精神状態にすることが可能になる。

 しかし精神干渉の大きさに比例してぶつける魔力も多くなる。ゆえに同格の魔法使いであるシンデレラ相手に、精神掌握となるまでの魔力をぶつけることは不可能に近かい。


 フルフィーラは今、小さく大量のーー認識をずらすような魔力を飛ばしていた。さながら横嬲りの暴雨だ。だがそれですらもシンデレラが一切の干渉を許さない。灰による障壁で対応し、抜かれてそうになれば即座に再生させる。


 しばらくの間それが続きシンデレラが慣れてきたころ、シンデレラが攻勢に打って出た。


「鬱陶しいなぁ!」


 フルフィーラも思わずそう言ってしまうほどの攻撃。灰で形成した礫をフルフィーラの飛ばす魔力の隙間を狙って発射する。その超絶技巧をフルフィーラは避ける。避けられた礫は地を壁を木を穿ち破壊した。


「こちとら物理的に何にもないから大変だっていうのに」

「そう言いいながら量を増やすのはやめてもらえません?」

「無理だね!」


 と言った瞬間シンデレラの灰礫がフルフィーラの肩を貫いた。溢れる血にフルフィーラは肩を抑えるが止まる気配はない。


「一発ですね。……痛くないのですか?」

「それやった本人がきく? 痛覚遮断してるから大丈夫なんだなこれが 」


 まったくもって緩い雰囲気だった。


「降参してもらえませんかフルフィーラ」

「イヤだね。お金貰えなくなっちゃうもん」

「ここから勝てるとでもお思いですか?」

「うん!」


 その刹那、強力な精神干渉の魔力が膨れ上がった。シンデレラは全力で障壁を張ったがそれは無意味だった。そもそも、シンデレラに対して精神干渉は行われなかったのだ。フルフィーラが精神魔法をかけたのは虚空。


「まさかっ!?」


 シンデレラはある可能性に辿り着いた。

 この世界にはありとあらゆる場所に、ありとあらゆる概念の精霊が存在している。普通はその姿を目にすることが出来ないが、たしかに存在しているのだ。

 フルフィーラ精霊に精神魔法をかけた。姿は見えないためにランダムではあるが、精霊はその赤ちゃんである霊子ですら強大な魔力を持つ。


「やっちゃえ」

『ーーッオアァァ!!』


 フルフィーラに精神掌握された精霊が怒号を放つ。


「あはっ! 今回は大当たりだ! 」


 火の精霊、それも霊子から成長した低位精霊だった。火の精霊は夜の闇を巻き上げる火炎で払い、それをシンデレラに向かって放った。

 極炎は灰すらも残さぬとばかりの熱量でシンデレラを襲う。石畳を溶かし、空気中の塵を消滅させ、空間すら歪ませる猛火だった。


 シンデレラはそんな烈火を前に冷静だった。それは諦観ではなく、経験から来る自信だった。具体的には修行の一環で単身屠った炎龍の火炎の咆哮を凌いだものだ。


「アッシェシルト」


 それは魔力が尽きぬ限り延々と再生し続ける不屈の盾。シンデレラが持つ最高硬度を誇る、炎龍の咆哮ですら完璧に防いで見せた絶対防御だった。


「んな馬鹿な!」

「というわけです。低位精霊ごときでは私を倒すことは出来ません。それが奥の手でしたら投降をおすすめしますが」

「……」


 そして作られた灰の礫よりも巨大な無数の灰の大槍を見たフルフィーラは、無言のまま無言のまま何度も頷いた。



 ***



 オーティス伯爵邸。本来なら罪人を拘束しておくために作られた地下牢に、屋敷の主人である伯爵はいた。酷く痩せこけているうえに髪も髭も放置されたままで、かつての尊厳もかたなしだった。

 フルフィーラを打倒し拘束したシンデレラは夫人も拘束、事前に呼んであった騎士に引き渡した。そして地下牢を訪れかつての父の前に立っていた。


「あのころからなのですよね」


 それは夫人が継母としてやって来た時だ。その時から伯爵は精神魔法をかけられており、操り人形と化していた。


「レゲナツィオーン」


 横たわる伯爵を灰が覆う。灰は傷は塞ぎ精神魔法も打ち破った。灰は再生の象徴だ。幻獣フェニックスは燃え尽きその灰から再生するのだから。

 やがて伯爵が閉じていた瞼を持ち上げ、虚ろな目でシンデレラを捉える。


「エラ、か」


 酷く乾いた声だった。


「はいお父様……。エラです」

「そうか。私は、なんてことをお前にして」

「私は大丈夫ですお父様。私こそ申し訳ありません、何も知らずに」

「あの女を見抜けなかった私の自業自得だ、気にするな」

「お父様……」


 シンデレラの目尻に涙が浮かんだ。


「この灰はお前が?」

「はい。私魔法使いになったんです」

「そうか……それは、いいな」

「はい」


 そうしてシンデレラは悪い継母と悪い魔法使いを打ち破り、見事幸せを取り戻した。いや、幸せを作り上げた。それはかつてのモノよりも大きく優しかった。



 ***



「ミラ、お前の娘は大したものだよ」


 つばの広い黒の三角帽子をかぶった魔法使いのその奥にある目は優しげだった。その視線の先にあるのは墓石。刻まれた名はミラ・エーデル・オーティス。シンデレラの母の名だった。


ミラから生まれたエラは凄いよ」


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