序章 7

その時だった。


『おい、この弱虫!しっかりしろ!』


「あつっ?!」


頭の中に声が響き渡った。目を覚ますような怒鳴り声。

それと同時に突如、焼け付くような痛みが少年の左胸を駆け巡った。


呻くよりも先に反射的にそこに手を当てる。

途端指先に強烈な熱が伝わってきた。


左胸の部分、肌着とトゥニカの間に何か角ばったものが挟まっている。

これが熱を生み出しているようだ。


「なっ、何だこれは?」


少年は慌ててそれを取り出し、地面の上に放り投げた。


あまりにも熱いので持っていられない。

先程の激痛もこの熱によるものだった。



謎の物体をつかんだ指先がじんじんと痛む。

きっと軽い火傷を負ってしまったに違いない。


突然の出来事にまだ動悸が治まらなかったが、少年の意識はすでに指先の痛みよりも、今しがた自分が放った物体の方に向けられていた。



無意識に身を起こす。


どの辺りに投げてしまったかな...


少年は怖々と地面を撫でて、あの物体を探し始めた。


あんなもの絶対に今まで無かった。


とは思うものの、事実それは自分の服の中に入っていたのだ。

コンクレンツァではいかなる道具の持ち込みも禁止されている。

だから穴に吸い込まれるまで身一つでいたはずなのである。


どう考えてみても、修道服の中で形作られたものとしか思えなかった。



駄目だ、これ以上なぜあの物体があったのか考えても仕方がない。


それでも思考を続けようとする自らを遮るように、少年は激しく首を横に振った。


「いや...そんなことよりも、あの声は」


不意に彼はそこで言葉を止めた。手に何かが触れたのだ。何か、角ばったものが。


恐る恐るその表面を人差し指でなぞる。

ほんのりと熱を感じた。


これだ。


間違いないという直感があった。


しかし先ほどの物体のような強烈な熱ではない。

まるで人肌に触れているような心地よい温かさである。


ほう、と溜息を一つ吐くと、少年は両手でそっとそれをつかんだ。


大きさは、彼の片方の手のひらと同じくらい。

物体は想像以上に小さかった。


つるつるとした手触り。八つの角。

どうやらこれは直方体であるらしい。


何気なく側面に触れる。



瞬間、少年は息を飲んだ。


柔らかい紙束の感触。


「本?」


声が震えた。

どくん、どくんと心臓が高鳴っていくのを感じる。


そういえば、表面のこの手触りにも覚えがある。

もしかすると、これは...


ゆっくりと物体を裏返した。



「あっ!?」


直後、彼は叫び声をあげた。


物体の表面に記された、金色に輝く地上文字。


少年がこの暗闇で初めて目にした「光」だった。

夢中で文字に視線を走らせる。


『私の大切な友人に、地神の御加護あれ。 イザーク・ロシュ』


だった一行の短い文。

けれど彼はそれを読み返した。息もつかずに、何度も何度も。


「イザーク」


噛みしめるように友人の名を呟く。

そして物体を抱え込み、ぎゅっと胸に押しあてた。

物体はまだ心地良い熱を持っている。


温かい。こんなにも、安心するほどに...



「間違いない」


少年は目を閉じた。


「これは、私の日記だ」


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