序章 4
教皇は無言のまま少年らの正面にある教壇へ向かった。
深く被った冠のために、その表情は分からない。
古い壇である。
彼が一歩一歩踏み出す度に、ぎしぎしという音があたりに響き渡った。
教壇に登った教皇は、そこに立てかけてあった長い樫の杖を掴むと、ゆっくりと少年達の不安げな顔を見渡した。
すっかり白くなった濃い眉に埋もれた、2つの薄緑色の目が再び彼ら一人一人の視線を捉える。
不気味なほど落ち着いた動作だった。
そして遂に教皇は答えた。
「その通りですよ、テオロード」
先程声を上げた少年がびくっと肩を震わせた。
食い入るように教皇の目を見つめ、今の言葉が本当のものであると悟る。
「そんな...」
少年、テオロードの薄紅色の唇は、恐怖のあまりわなわなと震えていた。
「教皇、一体どういうことですか?!」
「そんなこと、私達は今日びまで一度も聞いたことがなかった!」
「なぜ、後継候補に生まれついた私達が...魂を失わなくてはならないのですか?」
「そんなの、あ、あまりに無慈悲です!」
堰を切ったように他の少年達も声を上げ始めた。
途端にその場が騒然となる。
誰もが混乱していた。
誰もが平常心を失っていた。
そんな彼らを見つめる、教皇ただ一人を除いては。
「信じるのです」
不意に発せられた教皇の言葉で、ぴたりと少年達は話すことを止めた。
「信じなさい。これまで修練に励んできた自分自身を」
両手を広げてそう言うと、教皇は握っていた杖の先を正面の少年達の方向へ向けた。
それから大きく真横に振る。
突如強風が巻き起こった。
風はすぐに竜巻に変わり、少年達を呑み込む
ように拡大していく。
「!?」
自らの「力」を以ってしても抗いがたいほどに強い力が、彼らをぐわっと空中に持ち上げた。
いくつもの悲鳴があげられたが、そのほとんどが轟々と唸る風にかき消されてしまう。
彼らが思わず天井を見上げると、そこには大きな穴が開いていた。
穴は漆黒の暗闇に包まれていて、その中からはなにも見いだすことが出来ない。
何か未知の、恐ろしく巨大なものが渦を巻いて自分達を待ち構えている。
彼らは本能でそう感じた。
「全ての闇に打ち勝ちなさい!」
竜巻の合間から教皇が上げた叫び声は、はっきりと少年達に伝わってきた。
「闇に打ち勝ち、地平線の神ホランディーナの元へ辿り着いた者こそが、コンクレンツァの勝者です!」
天井がぐんぐん近付いてくる。
巨大な穴からは、彼らを奥へ吸い込もうとするかのような強風が吹いていた。
死にたくない。
生まれた時から信じてきた教皇によって、少年達の思考は完全に惑乱させられていたが、この思いだけは全員に共通していた。
「クッ、クソッ!!」
「嫌だ、嫌だあ!!」
誰もが持っている限りの「力」を出し切って抵抗する。
けれど無駄であった。
暗闇は簡単に少年達を呑み込んでしまった。
一瞬感じた激しい身体の回転。
少年達は意識を失った。
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