序章 3
負けた者は魂を奪われる。
彼らはそれを今まで一度も教えられたことがなかった。
しばらくしてようやく、少年らの内の1人が絞り出すように言葉を発した。
「失う?」
全員が彼の方に視線を移す。
「魂を?」
その顔にははっきり悲痛の色が浮かんでいる。
少年はそこから先が続かないようだった。言葉を探すように黙ってしまう。
少しの間が空いた。
他の少年らは皆んな俯き、先程の仲間の声を待った。
「それはつまり」
とうとう彼は口を開いた。自分の目の前に立つ老教皇を見据え、今度ははっきりした口調で言う。
「教皇になることができなかったら、本当に、私達が生きた意味は無いと?」
再び沈黙が訪れた。
誰も何も言わない。
だが少年達が考えていることは同じであった。
「生きた意味がない」。
彼ら全員にとって、生まれた時からずっと聞かされ続けてきた言葉である。
全員が、今日この日のコンクレンツァを勝ち抜くために生きてきた。
「コンクレンツァ」という言葉は「競争」を意味する。
それはつまり、「教皇の後継者を決めるための競争」のことだ。
少年達は人々に知られることなく、「cler」ーー聖職者居住区の奥深くで共に育てられてきた。
だから読んでいる書物の中で登場することはあったにせよ、彼らは実際に仲間の34人以外の子供達を見たことがない。
大人も、上聖職者達と今ここにいる教皇以外には会ったことがない。
自らの両親にさえも。
少年達にとって「家族」や「友人」と呼べる存在はこの34人であって、様々な物事を教えてくれる「親」と言うべき存在は聖職者達であった。
もし自分がコンクレンツァに勝利することができたとしても、他の仲間達は全員魂を奪われてしまう。
15年間共に暮らし勉強に励んできた、家族同然の仲間がである。
他の仲間全員の命を犠牲にして、後継権を勝ち取れと言われているようなものではないか。
少年達にはまだ信じることができなかった。
しかもそれを「親」とも「師」とも仰いできた教皇本人が言ったのである。
信じろと言う方が無理なのかもしれない。
そうであるから、誰もが教皇の間違いであることを望んだ。
これは教皇の言い間違いで、彼は今すぐ先程の言葉を訂正してくれるのだろうと。
「生きた意味がない」などと言い続つづけてきたのはただの脅しであって、コンクレンツァに負け教皇になれなかったからといって、魂を奪われることなど間違ってもないのだと。
少年達の中には抜きん出た者など一人もいなかった。
35人それぞれが「選ばれた者」として幼少期から高等な教育を受けてきたのである。
全員が膨大な知識を我が物にし、生まれ持った「力」をこれ以上ないほどまでに高めてきた。
そして一人一人が、もう10年もすれば優れた上聖職者になり得る能力を持っているのだ。
因みに上聖職者に昇格出来る人間の平均年齢は65歳である。
これらを言い換えれば、少年達にとっては仲間の全員が強力な競争相手であるということだった。
勝者となった1人以外は全員魂を失うだって?
それでは私達が今日まで学んで得た知識や技術はどうなる?
教皇になれなかったという理由で、全てが無駄になってしまうのか?
34人の逸材が無駄死にすることになると?
そんなの、あまりにも無慈悲じゃないか。
あまりにも残酷じゃないか。
様々な思いが少年達の頭を駆け巡った。
いや、教皇はきっとすぐにでも先の仲間の言葉を否定してくれる。
そうに決まっている。
少年達は教皇の方に顔を向けた。 彼の口から全てを訂正する言葉が発せられるのを待ちながら。
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