クリスマスと出逢い

第1話 渋谷にて

都会の人混みの中を歩く。


僕は何て事ない、ただの冴えない学生さ。


自己紹介?


松坂直樹。19歳、学生。

彼女居ない歴19年。


郊外の家から大学に通うのは少し

遠く、狭い学生用アパートを借りて

大学生活を送っている。


で?


彼女はいるのかだって?


傷に塩を塗るのはやめてくれ。



じゃあパリピかって?


ご冗談を。パーティーなんて参加する

金がない。

そもそもバイト代と僅かな仕送りで

今の生活があるのだ。

意外と金のあるパリピと一緒に

しないでほしい。



じゃあなんで真冬の渋谷なんかほっつき歩いてるんだ、って?


自分でも分からない。


ただ、今日はバイトもなくアパートに帰ってもすべき事が見当たらないから、

適当に歩き回ってるだけ。



………



次の瞬間、

そんな日々が終わりを告げた。


「おーい、そこの?」


誰かを呼ぶ声。


声の感じから、僕の偏見を含む分析によれば、相手はギャルJDといった感じである。


明らかに僕に声を掛けている。


しかし、気が付かないフリに越したことはない。渋谷で逆ナンなんて笑い事にもならない。迷惑極まりない。


南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏、捕まらない捕まりたくない、やめてくれ離れてくれ。俺はそういう趣味はないぞ。


念仏のように心の中で呟きながら、いや、念仏を唱えながら歩いていたが、これは……


ドッ……


捕まった。


後ろを振り返る。


そこにいたのは……



……



「ちょっとさぁ、金ないから昼飯奢ってよぉ〜」


その黒髪ショート、20歳前後と見える女、見た目こそ思っていたよりまともで清潔そうであるが、言っている事が半端ない。


初対面の俺に、飯を奢れとは、この頃の若者は面の皮が厚いものだ。


「まぁまぁ、気がひけるのも分かるけどさぁ、ここはひとつ、ちょっと奢ってちょ?ね?」


ね?じゃないよ。



……



気付いたら、言葉巧みに乗せられた挙句、近くの喫茶店で安めのランチを奢らせられているではないか。


まぁ、変な女に絡まれて災難だったが、連絡先とか教えなければ二度と会う心配はないだろう。


などと考えていた矢先であった。


「いやぁ、お礼と言ってはなんだけど、ひとついい話をしてあげようか?」


「?」


「まずは私の自己紹介からね」


……


彼女、神楽坂明日香(19)は、とある研究所、確か最先端人工知能技術研究所とか言ったところの職員を務めているそうだ。

僕と同い年の筈だが、超一流のエリートのようだ。


「で、いい話とはなんだい?」


「そうそう、それで、この前開発されたのが、最先端のAIを組み込んだ新型アンドロイドなんだ」


「Android?スマホ?」


「違う違う、ヒューマノイドの形をしたロボットの総称。現実は小説よりも奇なりというじゃない、そこまで来てるんだよ、時代はね!」


「でも、お高いんでしょ?」


なんかセールスに乗らされてる。

どうせ高すぎて買えないけど。


「お値段なんと、七万円(税込)!」


「冗談はよせって…」


「いや、マジだって。あぁ、で、この用紙に住所と電話番号を書いて、指定の口座に7万振り込めば即日で現物が届くからね〜」


……


という事でまだ買うか買わないか決めてはいない。


買えない額ではないが、わざわざ欲しいとも思わない。


取り敢えず、忘れておこう。


そうして、数日が経った。



……



僕は戦慄していた。


今年もやってくる、あのイベント。


究極のぼっちイベントクリスマスだ。


クリスマスの夜を一人で過ごす事を、一般に「クリぼっち」と言うが、僕はそろそろこの孤独感に耐えかねている。

これを回避する方法はいくつかある。


一つは、パーティーなどに参加する。でも僕はその金がないからアウト。


二つは、誰かの家に遊びに行く。

小中の頃はそれで良かったが、この頃は行っても邪魔なだけだろう。


三つは、うちに人を招く。

これは一番確実かもしれない。幸いにも、僕のようなクリぼっち勢非リア充は皆誰かの家に集まりたがる習性がある。

しかし、うちのアパートは狭く人が集まるには向かない。


四つに、ぼっちを愉しむ。

これはお察しであるが、一部の連中は孤独を愉しむ方法を心得ているらしい。一種の悟りのようなものか。



あと3日。

3日以内に決めなければ、ぼっち確定という事だ。


ここは苦しいが、誰かを招く事にしよう。一人でもいればいい。


高校来の旧友に連絡を取って、そいつを招くことが決まった。


……


しかし、これが根本的な解決になったかといえば、そうではない。


クリスマスの晩に2人でアパートに一晩中ゲームをしている画を思い浮かべていただきたい。

どれだけ冴えないかはご想像にお任せする。


あぁ、今年も終わりか、などと呟いていると、上着のポケットから一枚の紙、先日の振込用紙がひらりと落ちてくるではないか。


七万円だっけ?

七万円でガラクタロボットが買えるんだっけ?


どうせ寂しいクリスマスだ、上等、買ってやろうじゃないか。


きっとその時僕のよ頭は少しおかしくなっていたのだろう、冬の寒さに、思考回路が停止してしまったのだろう、

気付いたら七万円を、よく分からない研究所宛に振り込んでいた。




今年もクリスマスがやってくる。


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七万円彼女 川崎 裕 @sunaneko2

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