第5話 夜の避難所
お寺に帰った時は、もう夜の十時を過ぎていた。私はレイを従えて、玄関をくぐり、避難所の中に入った。
そこには、相も変わらず、大勢の人が黙然と、長い夜を過ごしていた。二階に上がると、そこの布張りの椅子に、会社のOL三人がぐったりとかけている。松田社長の姿は見えない。
「社長は、どうしたのですか」
声をかけると、三人はのろのろ首を上げた。
「芝さん、どこ行ってたの? 社長は、もうお休みよ」
一番若い、井原あや子さんが、奥の部屋を指差す。
その大部屋は、倒れ込んだように横になっている人たちで、半分くらい埋まっていた。
「ええ、外で電話を……」
私は、彼女たちの向かいの椅子に腰をかけた。すると、後ろに続いていたレイも、私の隣に座る。
そこで始めて、彼女たちは、レイが私の連れだと認識したようだ。さっそく、森山さんが聞いて来た。
「ちょっと、芝さん。その子、どこで拾って来たのよ」
「ああっ、この子。家に連絡をとりたいと言うもんで、公衆電話のとこまで連れて行った」
隣のレイにちらっと隣に目をやると、横目でギロッとにらまれた。
「へ~え、あなたも帰れないの? お家どこ? 高校生?」
彼女たちは、彼(?)に興味をそそられたのか、代わる代わる質問を浴びせる。
「ねえ、このオバ……いや、おねえさんたち、会社の人?」
レイが私の肘をつつく。
「あっ、オバサンって言いかけた」
森山さんが「このクソ坊主!」と、こぶしを振り上げる。
「口、わるーい!」
「ほんと、今時のガキは!」
三人の女たちは、突然転がり込んで来た、この美少年(?)を口々に非難する。
「まあ、まあ、まあ」
私は、集中砲火を浴びて、うろたえ気味のレイを助けようと、彼女たちをなだめにかかった。
「この子は少し言葉が荒いけど、なかなかしっかりしているよ。学校だって有名校だし」
「有名校……」
伊藤秋子さんが、レイの青いジャージに目を留めた。そして「あーっ!」と声を上げる。
「なに、なに、どうしたの?」
残る二人が、いぶかしげに彼女を見つめる。
「この子……もしかして、女?」
秋子さんは、かなり確信のある顔をして、レイの顔から胸を眺め下ろす。
「えーっ! うそ~ぉ」
井原さんが仰け反る。
森山さんが立ち上がって、その大きな目で、レイの身体をくまなく検分する。
そんな二人に、秋子さんが顔を紅潮させて説明する。
「このジャージ、近くにあるでしょう女子校が。あそこのよ。それに、この子の胸見て、胸!」
「ふ、ふくらんでる。二つも!」
おねえさんたちは中腰になって、レイを取り囲んだ。
「芝さん、これ、どういうことよ!」
森山さんが、私に非難の矛先を向けた。
「どうも、こうも。この子とは、さっき会ったばかりです。家に帰れず困っていたから、連れて来たのですよ」
『いつも喫茶店から、レイの通る姿を眺めていた』なんて言えないから、適当に言い繕った。だが、かえって疑惑に満ちた目で見つめられた。
「ちょっと、オバ……いや、おねえさんたち」
それまで、じっと成り行きを見守っていたレイが、立ち上がって彼女たちを制した。
「信じてあげなよ。半分は本当だからさ。それに、すげえよ。さっきオレ、チンピラ二人に絡まれて、危なかったの。そしたら、このオッサンがやって来て、やつらを一括したんだ。『ふざけるな!』って。その声が、すごいのなんの。オレもビクッ! と来たぜ。やつらもビビったんだろうよ、コソコソ逃げて行っちまった。ほんと、オレ、胸がスカーッとしたぜ」
彼女(?)は、お嬢様とは思えない乱暴な言葉を連発しながら、両手のこぶしを固めて、ボクシングのポーズをとった。
「へ~え……」
彼女たちは、驚きと疑いを合わせ持った表情をして、あらためて私に目を移した。
「さあ、もう遅いから寝るよ」
私は、彼女たちから逃れるべく、立ち上がって奥の部屋に入った。
「あっ、オレも」
一人にされてはかなわないと思ったのか、すぐレイがついて来た。
私は寝ている人の身体を踏まないように気をつけながら、一番奥の空いている場所に横たわった。
ついて来たレイも、私の隣にゴロンと横になる。
(おい、おい、誤解されるじゃないか)
ちょっと気が引けたが、悪い気はしなかった。いや、かなりうれしかった。
部屋の入口を振り返ると、そこには、こちらをうかがうように覗いている、三つの顔があった。
横になっても、さっき対峙した不良少年のことが、頭から離れなかった。
「なあ、あのシゲってやつ、キミの幼馴染だって、本当か」
私は、向こうを向いて横になっているレイに、話しかけた。
「シゲ……シゲヨシか。さかりのついたゴリラみてえなやつ……同級生だったんだ。小学校の時」
彼(?)は寝返りを打って、こちらに顔を向けた。その顔が、なにか嫌なことでも思い出したかのように歪んでいた。シゲとの間になにがあったか、おおむね想像がついた。
「オレはその頃『オトコ・オンナ』と言われて、誰にも相手にされなかった。寂しかったんだ。そしたら、あの野郎が、自分たちの仲間に入れてくれた。ところが、それは罠で、ある日、人気のない講堂の裏に連れ込まれ、やつらに、なぶりものにされた。ズボンを脱がされ、アソコに指を突っ込まれた。写真まで撮りやがったんだ。クラスのやつらは、誰も助けてくれなかった」
レイは顔を引きつらせながら、さらに続けた。
「それは、その後も、ずうっと続いた。中学校では、クラスは別になったが、帰り道で待ち伏せされ、同じ様な辱めを受けた。中学生になったばかりの頃は、まだ、やつらのナニが立たなかったので、なんとか我慢できたが、それも、すぐ大人みたいに太くなって来た。危険を感じたオレは、家から出ることができなくなっちまった。それで、実のオジキが理事長をしている、この女子校に移ったんだ」
話し終えたレイは、仰向けになり、うつろな目で天井を見つめた。
「でも、なんで、あいつが築地にいるんだ? キミの家は浅草だろう」
「やつは執念深い。時々、ここまで出張して来るんだ。女子校のまわりをうろついて、オレが一人になるのを、じっと狙っている。陰湿で危険なやつだ。一緒にいたタケとは、比べものにならねえ……」
レイは、そこまで話すと、寝返りを打って、首をコトンと床につけた。
それっきり話しかけてこない。不審に思った私は、半身を起して、顔を覗き込んだ。そるとそこには「くう~ くう~」と、すこやかな寝息を立てている、あどけない少女の顔があった。
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