第4話 場末の襲撃
公衆電話のある場所に来て、私は悲鳴を上げた。電話ボックスの前は、長蛇の列。これでは順番が来るまで、一時間、いや、二時間はかかるかも知れない。うわさを聞きつけた人たちが、わんさと集まって来たのだろう。
「ほかにもあるから、そっちをまわってみよう」
レイの言葉にうながされ、公衆電話を探して歩いた。ところが、行けども、行けども、電話ボックスには、大勢の人が並んでいる。
ついに、うら寂しい公園の所まで来た。そこに一台見つけた。幸いにも、話しているのは一人だけだった。その人が終わると、レイを先に使わせ、その後、私が自分の家にかけた。
ところが、話し中に、目の端を黒い影がよぎった。眼球をまわして、そちらを見ると、影は二つ。一人は黒い革ジャン。もう一人は、真っ赤なセーター。
(あいつらだ!)
さっき表通りで、私たちを見ていた男たち。年齢はレイと同じか、ちょっと上か。二人は、なにか獲物でも狙っているかのように、公園の奥に向かっていた。
受話器を耳につけたまま、首をまわして、彼らの行く方に目をやると、公園の中を、急ぎ足で移動する、青い服がチラッと目に映った。
男たちもまた、それを追うように、生垣の裏手に姿を消す。私は、あわてて受話器を置き、彼らの後を追った。
通りから外れた場末の公園。夜は人気もなく、ぞっとするような、うら寂しい場所だ。
生垣の破れ目から向こうを覗く。すると、公園の隅に青いジャージのレイがいた。その手前に、二人の男が立ちはだかっている。レイの背後には、高いコンクリートの塀が連なり、もはや彼女の逃げ道はない。
「やっと会えたな。レイちゃんよ」
黒い革ジャンの男が、ニヤニヤ笑いながら、レイに近づく。
「なんだあ、幼馴染がわざわざ訪ねて来たというに、あいさつはなしか」
「久しぶりに、愛しいシゲに会って、声も出ないんだぜ。きっと」
もう一人の赤セーターの男が、ニタニタしながら、言い添える。
「そうか、俺に会えてうれしいのか。じゃあ、たんと可愛がってやらんとな」
二人はレイの左右から、距離を詰めていく。
レイは顔面蒼白。逃げようとしているらしいが、身体が委縮して動けないようだ。
さっき、空手ができると自慢していた元気はどこへやら。
「では、ヤルか」
先に手を出したのは、赤セーターの方だ。頭を丸刈りにして、黒いサングラスをかけている。
「気をつけろタケ、こいつは見かけによらず……」
シゲが言い終わらないうちに、レイは『タケ』と呼ばれた男の手を払いのけ、その顔面に左ストレートを叩き込んだ。
サングラスが吹っ飛び、その大柄な身体が仰向けに倒れる。
「やるな、ワレ!」
シゲが一歩退く。
レイはその隙に、倒れているタケの胴体を飛び越えて、逃げようとするが、片足を彼の手にしっかり握られていた。足を捕られて地面に倒れるレイ。
赤セーターの男は、レイの足首をつかまえたまま起き上がり「このクソヤロー!やりやがったな。半殺しにしてやるぅーー」と大声を上げて殴りかかった。
どうも、このタケという男は、単細胞で、すぐキレやすいタイプらしい。
「タケ、殴るな。あとは俺に任せろ!」
そばから、シゲが声をかける。
「だってよ、こいつは俺の顔を……」
「まあ、ちょっと待て。このオトコオンナは、まず俺がしっかり女にしてから、そっちにまわす。だから、それまで暴れないように、お前はこいつの腕を押さえていろ!」
いかつい顔のシゲは、タケを脇に押しやると、レイの身体にのしかかり、ジャージのズボンに手をかけた。
(ここまでだな……)
生垣の隙間から様子をうかがっていた私は、レイが絶体絶命の窮地に立たされたのを見て、立ち上がり、腹に力を込めて彼らの背後から近づいた。
「オイ!」
ドスの効いた低い声で、呼び掛ける。レイを押さえていた男たちが、跳ねるように立ち上がる。
私は、正面に立ちふさがった革ジャンの男を、激しい怒りを込めて、にらみつけた。
(でかい!)
こいつがシゲという男か。まだ大人の顔はしていないが、体格だけは、優に私を超えている。腕力では、とてもかないそうにない。
「なんだあ、おめえ」
彼は驚いた様子を見せながらも、私をねめつけるように、両手のこぶしを固めた。
「なんだ、その言い方は。ふざけるな! さっさと、その子から離れんか。サツを呼ぶぞ、サツを!」
私は全身に怒気をみなぎらせながら、大声を出して、この不良少年を威嚇した。
(殴って来るか)
ちらっと、そういう思いがかすめたが、ここで怯えてはだめだ。精いっぱい凄みを効かせて、そいつの目を、じっと見据えた。
瞬きもせず、にらみつけていると、スッと彼が目をそらした。
(勝った!)
この時、私は勝利を確信した。
「おい、タケ、行くぞ」
彼は、まだ呆然と突っ立っている、相棒に声をかけると、両手をズボンのポケットに突っ込み、背中を丸めて道路の方に歩き始めた。
タケがあわてたように呼び止める。
「お、おい、シゲ……こいつも一緒にヤッちまえば、いいじゃあねえかよ」
「バカ、大人と事を起こすのは、まずい……」
彼は坊主頭のタケに一瞥をくれると、そのまま生垣の向こうに姿を消した。
それでもタケはちゅうちょしていたが「チクショウ、覚えてやがれ!」の捨てゼリフを残して、急ぎ足で去って行った。
「おい、帰るぞ」
私は、目を丸くしているレイに声をかけると、彼らとは反対の方角に向かって歩き出した。
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