3話
「なにもかにも、僕も油断してしまってね」
「いや、余裕で手枷を外した人が何を言ってるんです」
にこにことどこか楽しそうに笑う姿に溜め息が出る。先ほどまでの恐怖が拭われてしまったことに少しだけの気恥ずかしさと感謝の想いを抱きながら、サリナは肩を竦めながらソロガを見上げる。
「……私を追って、わざと捕まったんですか」
これは自惚れではない。勿論彼のことだから面白そうと首を突っ込んだのもあるだろうけど、今まで共に巻き込まれた中で気付いたことはある。
ソロガは騒動を好み、自らもその渦中に突っ込んで行こうとするがそれでも彼は必ずサリナの安否を重要視していた。これだけヒロインたちのあれこれに巻き込まれていながらも今まで傷一つ追わなかったのは、ソロガがサリナを必ず守ってくれたからだと最近やっと気づけた。
それでも彼への態度を崩せないのは、その当人のせいでもあるのだけど。
「君も知っているだろう、僕は面白そうなことが好きなんだ」
そう言いながら手枷で擦り剝けたサリナの手首に治癒魔法をかけるのだから、この男はずるくて面倒だと思う。
だから、サリナはいつも通りに振る舞うのだ。おちゃらけた魔術師に呆れる巻き込まれた侍女として、あくまで普通に。
「……そうですか、ちょっと趣味が悪いと思いますけどね」
「君もどっこいじゃないか」
「私は本当の本当にただ巻き込まれてるだけですからね?!」
「さてさて、いちゃいちゃもそこまでにして状況を整理しようか」
まるで自分が場を乱しているような扱いをされるのが不服だがこれ以上騒いでは看守が来てしまうかもしれない。渋々頷き、わかる範囲での状況を説明する。
部屋を出た瞬間に意識を失くしたこと。手枷を嵌められた時の傷以外に全く外傷がないのが逆に不気味なこと。気付いたことを口にすると、改めて状況把握がしやすく、少しづつ冷静になれてきた。
「……ああ、やはりか」
「ソロガ様はどうやってここに?」
「待ち合わせ場所に君の代理だという女性が来てね、体調が悪くて近場の宿で休んでいると言われたから多分罠だろうなと思って誘われてあげたら案の定その魔法をかけられて。まあ僕にとってはなんともないものだったんだけど、気絶したふりをしてここまで運んでもらった次第さ」
「……なんとまあ無謀な」
わざと捕まったのは、やはりサリナの安否を重要視してくれたからだろう。言っても無駄なのでもう問わないが、なんだか胸の奥がむずむずするし、彼に対してこんなふうに感じるのも悔しくて腹が立つ。
「恐らく黒幕はアーゲイストの子倅だろうねえ」
「殿下の側近の……」
そういえば朝に回廊で会った時に、センデルの後ろにいたかもしれない。ツンツンとした赤毛が目立つ、目の大きないかにもツンデレわんこ系のような青年だ。
確かミラが聖女としてこの国に召喚されたばかりのときに彼女に告白して振られたという、所謂当て馬ポジションになってしまった人だと聞く。
少女漫画や小説を嗜んでいても当て馬という概念が苦手なサリナが、どうにか良い縁談に恵まれるといいなあと勝手に心配していた相手だ。
「……エレク・アーゲイスト様はこんな陰険な手を使いそうにないですし、どうして私とソロガ様なのかが不明なんですが」
「うーん、恐らくは息子の為に父母のどちらかが動いているんだろう。いや、息子を言い訳に上手い具合に事を運ぼうとしてるのかな」
「……ああ、なるほど」
だてに毎回に巻き込まれ誘拐はされてない。アーゲイスト家は王家に古くから仕えてきた名家であると同時に、異常なほどに潔癖なところがある。
恐らく、エレクの父母はそもそも聖女という存在を信じていない。寧ろ聖女を信仰する王家を、惑わされていると糾弾しかけたくらいだ。
そんな彼らは第一王子のセンデルとミラの婚姻を、ひいてはセンデルの即位を望んではいないのが本音だろう。末の第三王子を担ぎ上げようとしている噂も聞いたことがある。
だから、ミラにまだ恋をしているだろう息子の想いを利用して上手い事騙そうとしているのかもしれない。
「つまり、センデル様のご友人であるソロガ様と不本意ですがミラ様が贔屓にしてらっしゃるメイドの私たちを脅迫なりなんなりして自分たち側に回して、お二人の失墜を狙おうとかいうそういうのですね。続編でありがちな展開です」
「きっとそうだろうねえ! 外部の敵がいなくなったらとりあえず身内の貴族問題をネタにするものさ」
「そんなメタ的なことどこで教わってきたんですか」
「ほら、この世界にもそういう本はあるからね」
「……はあ」
そうなると、恐らくエリクは黒というよりグレーだろう。きっと彼にはすべては伝えられてない筈だ。父母が私たちを上手く説得して、二人の婚約を破談にしてやろうとかまでしか聞いてないだろう。
恋は失いながらもセンデルの友人として傍に居続けている彼が、センデルの廃嫡など望んでいる筈はない。
「……どうにか穏便に事をおさめはできませんかね」
幸い、まだ画策をしている程度。そしてきっとエリクも騙されている段階だ。なんとか騒ぎにならずに済めば、彼へ課せられる罰も減るかもしれない。
今までろくに会話もしたこともなければ、彼に名を覚えられているかもわからないがそれでもまだ若い恋に破れた青年がこれ以上傷つく様は見たくないのだ。
「まあこのままではアーゲイスト家はまずいだろう。でも君が気にすることかい?」
「は……」
「ここで君が情けをかければ、今よりもっと君の立場はモブの女官から遠ざかってしまうよ? それでも君は今まで交流もしなかった男の為に、自分の生き方をブレさせてしまうのかい?」
「それは、」
「ねえ、君の生き方はその程度?」
……本当に、意地悪な人だと改めて思う。
目を細め、華やかな笑みを浮かべて問いかけてくるソロガにどこか試されているような気がした。
でも、それでも。
「私はブレませんよ。極力モブとして細く長く生きたいですし、今の半サブキャラ扱いも正直すごく納得してないです。でも――自分で選んだことですから」
「……」
「此処がどれだけ小説や漫画、ゲームのような世界でも生きている人間は本物です。私が生きてた世界と変わらない。だからこそ、自分の手の届きそうな範囲で助けられそうな人が助けるし、理不尽に冷たくもしたくありません」
「それは矛盾だし、我が儘と言えるよ。そこまで非情にできないなら、いっそ諦めてしまえばいいのに」
「いいえ」
自覚はしている。ひどく矛盾していて、かつ我が儘だ。周りを突き放したり見捨てたくないのに、関わらずに道端の雑草として生きていきたいなんて呆れられても仕方ない。
「それでも、私がモブでいようとする限り、私は私ですから」
他人からどう見えようと、自分がそうであろうとするならばきっとサリナはそのままでいられる。暗示というかこじつけというか、めちゃくちゃな持論だ。
行動と信条が伴わなくてもいいだろうなんて、我ながらひどいとは思う。
「……ふ、は、あはははははははっ!!!」
「!」
けれど、予想に反してソロガがまるで子供の様に爆笑してしまった。てっきりいつものように皮肉で返ってくるかと思ったのにまるで無邪気に腹を抱えて笑っている。
「めちゃくちゃだなあ、本当に。これで自称モブとかよく言ったものだよ」
「そ、そんなに笑われると反応に困るんですが」
「あはは、ごめんごめん。まあでも、君のそういうところはずっと前から好ましいと思っているよ」
「ずっとって……」
そこまで長い付き合いでもないだろうに、と肩を落とすサリナの手をそっと握り、ソロガはにっこりと笑う。それはさっきまでの無垢な笑顔と打って変わった、いかにも何かをやらかそうという男の顔だった。
「さてさて、では愛しのモブ女官さんの願いをかなえる為に――」
「為に?」
「このお屋敷でひと暴れと行こう!」
「……人の話、聞いてました?」
イチャイチャするなら見えないところでお願いします!~モブ女官はモブでいたいのです~ 酢甘 浅葱 @suamaasagi
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