デートとは手を繋ぐもののようです
空いていた車内では座ることが出来た。出来たけど、ものすごく近い気がするのですよ。シートに余裕があるのに……脚が触れるのは、どうして?
「あの、翔太くん……?」
「どうした?」
どうしたも、こうしたも。
「あああああ、あ、し」
「一人称がおかしいぞ?」
ちがうっ!!!
その『あっし』じゃない!
さては、分かって言ってる⁉
「琴音は絶叫系、大丈夫な方?」
すり替えられたっ!
「ううう」
「どうした?」
どうしたも、こうし……もう、いいっ!!
「絶叫系は乗ったことないから、分からない、です」
「そっか。んじゃ、軽いのから行っとくか。てかさ、俺が言うのも変かもしれないけど、琴音って俺に対しても、時々敬語だよな。もう、敬語は辞めねぇ?」
「ふぇ?」
「うん、まあ、返事は琴音ワールドなんだけどな。とりあえず、今日から敬語禁止」
「えぇっ⁉」
自慢にはならないけど、人と話す時敬語を外すのは、かなりの難易度の高さだ。千絵さんも歳上だから敬語だし……あれ、もしかして、敬語じゃないのって両親にだけ?
「敬語使ったら、一回につき一回デコピンな」
「えぇぇっ⁉」
デコピン……されたことない。してくれるような友達なんて、いなかったから。されてみたい、かも?
そんなことをぼんやり思っていると、突然額に痛みが走った。
「いたっ! え、な、なんで?」
私、敬語どころか、口すら開いていのに!
「物欲しそうだったから」
「そんなっ」
筈はない、と言いきれない……!
されたいと思ったのが、またしても表出していたのか。私、ポーカーフェイスを覚えたい。
「膨れた頬もかわいいんだけど」
「は、」
……今、何か有り得ない単語を聞いた? 翔太くんが、壊れたっ!
最早、唖然とするしかできない私の頬を、翔太くんはツンツンとつつき、私が反応できないのをいいことにむにむにと抓んで遊ぶ。
待て待て待て。冷静にっ!
この状況はおかしい。私は遊ばれてる?
触れられてる……?
ふふふふ、触れられてるっ!!!
「ひょひょひょ、ひょうひゃ、ひゅんっ!」
抓まれたまま名前を呼んで抗議したつもりが、とんでもなく間抜けな言葉にしか聞こえないものが口から出てきた。それを聞いた途端、翔太くんはおなかを抱えて爆笑し、その勢いで頬は解放された。
ツボに嵌ったらしい翔太くんは、未だ、ひひひ、と音になっているかも怪しいほど笑っている。
触れられた恥ずかしさよりも、気になる頬の熱さや心臓の高鳴りよりも、だんだんとムカっとした気持ちが勝ってきてしまった。
「もうっ! そんなに笑わないでくだ……よ」
「ぶはっ。いや、琴音がおもしろすぎるんだろ。しかも、今敬語になりかけたのを誤魔化したな」
そう言って、翔太くんはまだ笑いが止まらないにも拘らず、私が反応するよりも早く手を動かし、ピンッとデコピンしてきた。
「いっ……」
あれ、全然、痛くない……?
「途中で敬語止めたからな。おまけのデコピンにしといてやったよ」
「もう、訳分からないで……よ」
「ぐふっ。琴音は当分、語尾がおかしくなりそうだな。それも楽しいからいいんだけど」
確かに、翔太くんは朝、私と会ってから本当に楽しそうに笑ってくれていて、私も緊張する暇がないくらいだ。そう気付いて、ようやく翔太くんなりに私の緊張を解そうとしてくれているのではないかという考えに至った。
優しい人。少し子どもっぽくて賑やかだけど。揶揄からかわれることも多いけど。それでも、思い起こせばよく助けてくれているし、私のことを気にしてくれている。
黒崎さんとは違った優しさ。
「……翔太くん、ありがとう」
「俺は何もしてないよ。俺の方こそ、ありがとな」
「え? 何が?」
「うん……ま、今はまだ分からなくていい。さて、今日はとことん楽しむぞ」
少しつり眼気味の翔太くんの目尻が下がり、いつもは意地悪そうに見える表情が、突然優しくて温かみのある大人の表情に変わった。そんな顔で私の頭にポンポンッと手を置く仕草が、その手の大きさが、翔太くんが男の人だということを如実に示していた。
最近、ふとした時に意識させられる翔太くんの『男』という部分。そんなところに私はドキッとしてしまう。私が好きなのは、黒崎さんの筈なのに……。
それから、私たちは電車を乗り継ぎ、目的の遊園地まで辿り着いた。
その間、翔太くんは自分からいろんな話をして、私が無理して話題作りをしなくても気にならないように気遣ってくれた。
今までは気付くほどの余裕もなかったけど、これまでも翔太くんはこうして私のことを分かってくれて、考えてくれていたのかもしれない。
初めての遊園地は思っていたよりも空いていて『結構、待つことになるかも』という心配は取り越し苦労に終わった。
やむを得ない時以外は離されることがない手も、次第に慣れていき……などということはなく。手を捕らえられるたびに心臓が跳ねて、そのままジェットコースターでドキドキが激しくなり。
心停止し、AEDを要請することになるのではないかと何度も思ったほどだった。
夕方、帰りの電車乗ると、それまで一日ずっと賑やかだった翔太くんが無口になってしまった。始めは流石に疲れたのかなと思って、私も静かにしていた。でも、なんとなく物憂げに車窓の外を流れる景色を見ている様子が、私の知っている翔太くんとは違う気がして不安になってくる。
「……翔太くん?」
「うん」
「どうか、したの?」
「いや」
そんな素っ気ない返事すら翔太くんっぽくない。窓の外から、私の方に視線を向けることもしてくれない。
何かしてしまったのだろうか。自分では気付かないうちに、翔太くんに失礼なことをしたとか、傷つけるようなことをしたとか……?
「あの」
「今日、楽しかった?」
とりあえず謝ろうと口を開きかけたところに、翔太くんの言葉が重なった。
「もちろん、楽しかったよ」
「もっとキャーキャー叫んだり、琴音は絶叫系ダメだったりするかと思ったけど、全然違ったな」
「結構、怖かったよ?」
叫ばなかったのは、怖すぎて喉がキュって詰まって声にならなかっただけだ。でも、ダメだとは思わなかった。
「……そっか。それなら、もっと、いや」
そう返事した翔太くんの表情は、やっぱり晴れない。いつもはハッキリ話すのに、今はごにょごにょ話すのだっておかしい。
「翔太くん、私、何かしちゃった?」
「あ、いや、そういうわけじゃない」
「それなら、もしかして、翔太くんが楽しくなかった?」
「違うっ! 俺は、すげぇ楽しかったよ。そうじゃなくて……」
勢いよく此方を向き、私の言葉を慌てて否定した翔太くんの顔がなんとなく赤らんで見える。でも、それが一日外に居たためなのか、夕陽に照らされているせいなのかは分からない。
「はい?」
「楽しそうには見えたんだけど、なんか違うんだろうなって」
「え?」
「じゃあ、今日は『デート』だったことは覚えてるか?」
「……あ」
忘れてた、かもしれない。
「やっぱり。俺といる時の笑ってる顔と、黒崎の話をしてる時の琴音の顔が、なんとなく違ったから」
「違う……?」
「でも、とりあえず俺と居ることも楽しいって分かってもらえたらしいから、今日のところはこれで妥協するしかないか」
「え?」
まるで独り言のように呟いた翔太くんの言葉は、私の耳にはっきり聞こえることはなく、聞き返してもそれ以上は答えてくれなかった。
でも、その前の言葉はしっかり耳に残った。
『翔太くんといる時の顔と、黒崎さんの話をしている時の私の顔が違う』
それが一体どういうことを示すのか、今の私にはまだ分からないけど、これは大事なことなのではないかと忘れないように記憶に留めることにした。
その後、私たちは待ち合わせをした駅まで一緒に戻り、そこで解散した。
結局、『同行』と『デート』の違いについては分からなかったような気がするが、千絵さんと翔太くんが言うことが真実であれば、黒崎さんと出掛けるのは『デート』ということになる。
次回行く予定の水族館は、『水族館デート』ということだ。
そう意識した途端、帰宅して落ち着いた筈の心臓がまた勝手に騒ぎだしてしまい、慣れない一日に興奮したことも重なったのか、なかなか眠りにつくとこができなかった。
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