あれ?どうしてこんなことに?

 それから、私は黒崎さんとのことを洗いざらい話す羽目になった。それはもう、事細かに。ワクワク、ウフウフが漏れだしている千絵さんに対し、おもしろくなさそうな翔太くん。

 でも、どうしても何度か頬に触れられたことが言い出せない。あの仕草と何とも言えない表情を、どう伝えればいいのかが分からないのと、恥ずかしいのと……。

 何故か、何かが減ってしまう気がするから。


「で、それがどうして『同行』なんて、ややこしい位置づけになるの?」

「だって、『デート』って、ここここ、恋人さんが、するものでしょう?」

「別にそうとは限らないと思うけど」


 千絵さんからは呆れを突き抜けて、今にも魂が浮き上がりそうな虚脱感が漂い始めた。


「琴音」

「は、はいっ」


 これまで、ほとんど口を挟むことなく話を聞いていた翔太くんが、静かな声で私の名前を呼んだ。


「確かに、男女の友人同士で遊びに行くのは『デート』とは違うかもしれない。……まあ、その場合も『同行』とは言わない気もするけど。でも、そこに恋愛感情が少しでもあれば、『デート』になるんじゃないの?」


 少しの恋愛感情……?


「でも、それは私の一方的なもので」

「それでも、その行動に友人以上の関係を期待しているだろ?」

「え、っと」


 期待……してなんか。


「期待してないなんて、言わせないぞ」

「え……どうして」


 いつになく真剣な目をした翔太くんを、少し怖いと思ってしまう。


 どうして? どうして、そんなにも怒ってるの?


「だから、今度は俺と『デート』するぞ」

「……へ?」


 今、何て言ったの?


「おい、口が開いてる」

「え、え、あっ」


 何がなんだか分からないけど、指摘された口は閉じてみる。


「今度の琴音の休みの日。俺も合わせるから」

「そうね。もうこうなったら、琴音。翔太と『デート』してきなさい。琴音には、想像以上に経験と知識と理解力と……なんか、もう何もかもが足りないわ」

「えええええっ⁉」


 どうして、それが翔太くんとのデートになっちゃうの⁉


「拒否権はないから」


 待って。だって『デート』は恋愛感情があるものなんでしょ?

 矛盾してない?


「それって『同行』じゃ……」

「もうその言葉は、琴音の辞書から削除しなさい」


 なんでっ?⁉


 こうして、私は何故か翔太くんと『デート』することになってしまった。

 私にまったく発言権を与えられることなく、その場で、日にちも行先も、待ち合わせ場所や時間に至るまで、すべてが決定した。

 ファミレスを出る頃には、私は生ける屍のようになっていたと思う。いや、もう生きてすらいなかったかもしれない。だって、どうやって家に帰ったかあやふやなのだから。




 ***


 そして、私の理解が追いつく前に、あっという間にその日を迎えてしまった。

 翔太くんとの『デート』当日。

 今回の行先は遊園地ということもあって、動きやすい服装を選択した。

 ジェットコースターも乗ったことがないから想像でしかないけど、あの風圧でコンタクトは飛ばないのだろうかと、妙なことが気になった。でも、せっかく慣れてきたということもあってコンタクトにしておいた。

 家の外に出て見上げてみると、空は少し高く、白い雲がふわりふわりと気持ちよさそうに浮かんでいた。

 九月も終わりに差し掛かり、夏から秋へと変わってきた。今日はいい天気で、こういう日を遊園地日和というのだろうか。

 待ち合わせ場所にしたのは、黒崎さんとの『同行』……もとい、『デート』……紛いの時に指定されたところと同じで、書店の最寄り駅になっている。向かうところは同じはずなのに、何かが違う。なんだろう、と考えてみても、思い当たる節がなくて首を傾げるしかできない。

 この先に待っているのは翔太くんなんだよね、と思うと不思議と落ち着いていて、『初デート』な筈なのに緊張とか不安とか、それほど感じていない。

 それなりに翔太くんとは知り合って長いし、一緒に仕事をする機会も多いから、男の人の中では最も慣れているからかもしれない。

 乗り慣れた電車に乗って、待ち合わせ場所に到着すると、そこには既に翔太くんが携帯を見ながら待っていた。


「翔太くんっ! ごめんなさい、お待たせしました……」


 これでも待ち合わせ時間の二十分前だったのだけれど。私が駆け寄ると、翔太くんはパッと顔を上げてドキッとするような嬉しそうな笑顔に変わった。

 今まで、翔太くんの笑顔なんて見慣れているはずなのに。なんだったの、今の心臓。何か、いつもと違う……?

 でも、それが何であるか分からない。


「琴音、おはよう。電車の時間があって、少し早めに着いただけだから。じゃ、行くか」


 そう言うと、何の躊躇いも違和感もなく、私の右手を捕まえてギュッと握って歩き出してしまった。


 ここここ、これはっ⁉ いくら翔太くんでも、手、手は……!


「ししし、翔太くんっ!!」

「なに?」

「てててて」

「走りたいのか?」

「え?」

「走る擬音かと思った。って、ウソウソ。いいか、琴音。デートとは手を繋いで過ごすものだ」

「そ、そうなんですかっ⁉」

「そっ。だから、今日は一日、琴音の右手は俺のものな」


 ええええっ⁉ この手は、私のものだと思う……!

 違う、そういう問題じゃない。

 手を繋ぐことは『デート』に於いて、至極当然なこと?⁉


「ちょ、ま、えっと」

「ほら、行くぞ」


 翔太くんは、私がパニックになっているのを無視するかのように、手を引っ張って改札へ向けて歩き出してしまった。手を引っ込めようとしても、翔太くんの力に敵うはずもなく。かといって、無碍に振り払うこともできず、結局諦めて、そのまま手を繋いで電車に乗った。

 今日は私の休みに合わせてくれたため、平日だ。翔太くんの大学は九月末まで夏休みということで、融通が利いたらしい。


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