緊張するので、ケーキに集中します

「映画」

「ひゃあっ⁉」

「……僕、声大きいかな?」

「ちち、違います! とっても優しくて、心地いい声です!」

「え」

「え?……えええっ⁉ 違うんです! いえ、でも、それも嘘じゃなくて……!」


 何、言っちゃってるのよ、私は!

 いくら『好き』なんて意識した瞬間だからといって、何を突然暴露してるの!

 バカバカバカっ。

 藤原琴音なんて、今すぐ抹消されてしまえばいいっ!

 ……今の、告白みたいには、なっていないよね?

 大丈夫、よね?

 今回は『好き』とは言ってないもんね?

 黒崎さんは大人だから、褒められ慣れてるだろうし、こういうのって社交辞令のように受けとられるんじゃ?


「はは、ありがとう。とりあえず、落ち着いてね」

「……は、はい。すみません」


 セーフ……?


「僕の声、心地いいって思ってくれてるの?」


 全然、セーフじゃないっ!!!


「そそそそ、そうなんですけど、これは、えっと」


 こういう時はどう返すのが正解なの⁉


「藤原さん?」


 私の名前を呼びながら、下ばかりを見て両手を忙しなく動かしている私の顔を、黒崎さんは隣から覗き込んできた。


「!!」


 顔を見ることができないと思っていたところなのに、自ら覗き込むなんて反則だよ……!


 思わず見てしまった黒崎さんの表情はバカにした様子もなくて、でも、私みたいに取り乱したり照れていたりする様子もなくて。ただ優しく微笑んでいる。


 でも、それってある意味残酷なのでは?


 私の言葉が黒崎さんの心を動かすことはできないということ。一緒に出かけることができて、更に私なんかといても笑ってくれていて、すっかり舞い上がっていたけど、やっぱり『同行』にすぎないんだ。


「大丈夫?」

「はい……」


 しまった。


「それならいいんだけど。でも」

「お待たせしました!」


 つい沈んだ声で返事をしたことを反省したものの、一度出てしまった態度と口調は取り消すことはできなくて、黒崎さんが心配そうな表情に変わってしまった。そして、黒崎さんが何かを言いかけた時に、タイミング悪く店員さんが注文したものを持ってきてしまった。

 満面の笑みで店員さんがテーブルに並べていってくれたのは、二つのカップと一つのイチゴのショートケーキ。


「あ、これ……」

「気付いた?」

「はいっ! かわいい……これ、ラテアートですか?」

「うん。藤原さん、こういうかわいいの好きかなと思って。あとは、この店のお薦めのケーキ。オーソドックスでシンプルだけど美味しいんだよ」

「ありがとうございます! ラテアートなんて、初めて見ました。かわいいし、すごく綺麗……」


 私の前に置かれたカップには、幾重にも重ねられた葉に囲まれ、ハートの花が咲いている絵が描かれている。とても繊細な絵柄で、崩すのが勿体ないくらいだ。


「喜んでもらえたみたいで良かった」

「はいっ! でも、こんなにもかわいいお店……」

「ん?」

「いえ、何でもないです。いただきます」


 こんなかわいいカフェを知っている理由なんて一つしかないじゃない。ここでも、そんなことに気付かなくてもいいのに……バカな私。


「うん、どうぞ」


 黒崎さんは笑顔で返事をして、自分もカップに手を伸ばした。黒崎さんはブラックのホットコーヒーだ。もし、私が自分で選んでいてもブラックコーヒーを頼むことはない。甘いジュースか紅茶。なんとなくこんなところでも自分の子どもっぽさを痛感してしまう。


 黒崎さん。私が黒崎さんに女の子として意識してもらうにはどうしたらいいですか?

 今回、たくさんの変身をしてきたけど、これではまったく相手にされないんでしょうか?

 これ以上、自分を変える自信はないです……。


 目の前にあるかわいいカフェラテに口を付けると、香ばしいコーヒーの香りとミルクの優しい香りが鼻を抜け、お砂糖を入れていなくてもほんのり甘さもあって、初めてのカフェラテはとても美味しかった。

 でも、私の心には渋いような苦いような、嫌な澱がフワフワと積もり始めた。


「カフェラテもケーキも、好きじゃなかった?」

「え?」

「なんだか、少し元気が無くなった気がしたから」

「いいい、いえ、違います! カフェラテはすごく美味しいですし、ケーキはこれから気合いを入れて頂こうかと思っていたところですっ!」


 黒崎さんの言葉に、慌てて首も手も振って訂正する。

 私、最低だ。黒崎さんが私のために連れてきてくれて、お薦めを頼んでくれて……全部私のことを考えてくれているのに。私が勝手に落ち込んで、その厚意を台無しにするなんて。黒崎さんは何も悪くないのに。


 切り替えなくちゃ!

 ケーキに集中!!!


「ケーキを食べるのに、気合いなんて入れなくてもいいんじゃない?」


 黒崎さんはクスクスと笑って、私の落ち込んだ様子は流してくれるようで、変なことを言ったところに食いついてくれた。でも、きっとそれも気を使ってくれたのだろうけど……。


「そんなことないです。せっかく黒崎さんが選んでくださったんですから、大事に頂きます!」


 グッと両手を握りしめて気合いを入れてから、フォークを手にする。なんとなく、凝視されているような気がするのは気付かないようにしなくては。

 この視線は……鳥。そうだ、私が食べ零すのを待っているカラスということにしよう。『黒』崎さんだけに。……すみません、ごめんなさい、許してください。


「いただきますっ」


 静かに手を合わせて、白くてフワフワな生クリームにフォークを落とす。その下にある筈のスポンジまで、殆ど抵抗なくスッとフォークが通ってしまった。

 そして、気合いを入れたせいか、豪快に大きく掬ってしまったことを後悔したものの、一思いにパクリと口に入れた。


「おいしい……」

「よかった」

「ショートケーキって何処のお店のものを食べても変わらないと思っていたんですけど、このケーキ、凄く美味しいです!」

「喜んでもらえると、連れてきた甲斐があるね。ゆっくり食べてくれたらいいからね」


 黒崎さんはそう言いながら、ソファーにゆったりと凭れて長い脚を組んだ。そして、コーヒーを口に運ぶ様は、私が小説で読んできた素敵なワンシーンを映像化したようで、思わず息を飲んでしまう。

 現実か、想像の世界にいるのか、分からなくなる。

 隣に黒崎さんがいると思うと緊張のあまり味も分からなくなりそうになるし、咀嚼音や嚥下音すらも気になった。でも、無心になって、もきゅもきゅとケーキを食べていく。

 美味しいから止まらないということもあるけど、食べていないと本当に夢が覚めてしまいそうで怖い。食感と味覚、そして辛うじて耳に入ってくる店内の音楽が、今が現実だと教えてくれる気がした。

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