変わりたいと思いました

「琴音はどうしたいの?」

「え……?」

「もしその誘いを断ったら、もう黒崎さんとは二人で会えないかもしれないんだよ? それでもいいの?」

「それは……いや、かもしれないです。でも、二人なんて無理ですよ! 何を話したらいいかも分からないし、きっと黒崎さんに退屈させちゃう……」

「黒崎さんって、騒がしいの苦手そうじゃない? かえって琴音みたいに静かな方がいいのかもしれないよ。それに、嫌だったら誘わないでしょう?」


 静かかもしれないけど、暗いとも言うんじゃないかな。喋ることが苦手で、話題もないし。


「黒崎さんはこんなつまらない私だって知らないから……」

「自分のことをつまらないなんて決め付けないの。私は琴音のこと、つまらないなんて思わないし、一緒にいるのを楽しいと思ってるよ」

「それは千絵さんが優しいから……」

「黒崎さんは優しくないと思ってるの?」

「そういうわけじゃないです。でも……」

「案ずるより産むが易しって言うでしょ? 大丈夫。琴音はそのままでいればいいんだよ」

「そのまま?」

「そう、素直なまま。後は黒崎さんがなんとかしてくれるよ。でも、強いて言うなら、もっと自信を持てるといいけど、こればっかりは一朝一夕で持てるものではないからね……」


 自信、か。人は皆、自分に自信があるものなんだろうか。いつ、どんなことがきっかけで、自信に繋がるんだろう。自信を持ちたいと思っても、簡単に持てるものではないと思うんだけど……。


「難しいです……」

「そうだなぁ……うーん、私は恋をすれば綺麗になるなんて、そんな都合のいいことはないと思うんだ。恋をして、自分を磨いて、自信を付けて、ようやく綺麗になるの。皆、努力するんだよ。『これだけ頑張ったんだから大丈夫』って思えるように」

「……努力」

「そう。琴音はまだ黒崎さんのために自分を変える努力してないでしょ?」

「……はい」


 確かに『こんな私は嫌だ』って思いながらも、諦めて変わろうと努力してない。


「ということで、琴音。変身するよ!」

「え?」

「私に任せなさい!」

「え? 何を……?」

「服にメイクに髪型。それから、その顔を隠すように掛けてる眼鏡。できることはいっぱいあるからね。誰でも急に内面を変えるのは難しいの。だから、外見から変えることからスタートしてもいいんだから」


 そう言って、千絵さんは独り言のようにああでもない、こうでもないと私を観察しながら呟き始めた。


 私が、変わる?

 変われる?

『黒崎さんのために変わる努力』。

 私にもできることがあるのなら……頑張ってみたい。変わりたい……!


「あ、あと琴音はもっと顔を上げること! せっかく綺麗な目をしてるんだから、それを見せなくちゃ。見た目もかわいいんだし」

「……綺麗な目? かわいい?」

「そうだよ。目はくるんって大きくて、漆黒の瞳は人を引き寄せる力があるよ。まあ、そのかわいい目のせいで童顔でもあるけど、それはマイナスではないから」


 誰のことを言ってるんだろう……?


「何、キョトンとしてるの? 琴音の話をしてるんだけど。大方、自分の外見には無頓着だから、自覚もないんでしょう? 今は素朴だけど、磨けば光ると思うんだよね」


 ええええええっ?!

 あり得ないっ!

 自覚の有無じゃなくて、綺麗とか、かわいいなんて言葉は私には似合わない!

 童顔っていうのは認めるけど……。


「わぁ……ほんと、無自覚って怖い」


 そう言いながら、千絵さんは両手で自分の身体を抱き締めて擦った。

 千絵さんが何を怖いと言っているのかは理解できなかったけど、寒気がするほど私に怖いところがあるということは分かる。理解して、直すべきだよね。


「……何に頷いてるか分からないけど、多分ずれてるな。まぁ、いいや。その辺も追々ね」


 千絵さんが苦笑しているのを見て、とりあえず私も笑っておいた。

 それから、二人とも仕事が休みの日を確認し、買い物に行く約束をした。黒崎さんからの連絡はまだないけど、その日までにせめて服は買っておこうということらしい。

 さあ、お店を出ようかという時になって、千絵さんが思い出したように紙袋を出してきた。


「これこれ! 忘れるところだった。私からのプレゼントね」

「何ですか?」


 受け取ると、我が書店名が印字されている紙袋で雑誌が入る大きさの物だ。


「ま、家でゆっくり見て」

「ありがとうございます」


 プレゼントを貰う心当たりもなく疑問ばかりが過るけど、千絵さんの様子に素直に受け取る。

 そんな千絵さんは、ニコニコと……あれ、ニヤニヤと……?

 なんだか妖しい気もするけれど。


 今日のお礼を言って千絵さんと別れ、家路を急ぐ。

 どうしても夜は苦手だ。まだ、世間的にはそれほど遅くない時間なのかもしれない。

 駅に向かう道でも、駅でも、電車でも、たくさんの人がいる。いろんなところから笑い声も聞こえて、夏の夜を楽しんでいる空気を肌で感じる。そんな夜の街に、私は馴染みがない。だから、居心地が悪いのかもしれない。

 もし、私が変われたら……こういう劣等感も薄れるのだろうか。他の人のように、私もこの空気に馴染んで、誰かと笑いあう日が来るんだろうか。

 その相手が黒崎さんなら……。そう思ったのに、昨日、隣を歩いた黒崎さんを思い出して、早くも尻込みしそうになった。変わるんだと意気込んだはずなのに、すぐに揺らぐなんて、私はなんて弱いんだろう。


 ダメ。がんばるっ!


 自宅に着き、お風呂を済ませて自分の部屋に引っ込む。ここで、いつもなら小説を読んでから寝るのだけど、今日は千絵さんに貰った紙袋を鞄から取り出した。

 そして、ベッドに座って、ピッとセロテープを外し破れないように中の本を出す。それはやはり予想通り一冊の雑誌。


 どうして、これがプレゼント?


 その表紙に書かれた文字を読んで、息を飲んだ。


『夜の特集』

『男が本当にして欲しいのは』

『これでマンネリ解消!』


「いやーーーーーっ!」


 私は叫ぶと同時に、ベッドの上から飛び降り、雑誌をその布団の中に隠した。急激にベッドが不純なものになった気がする。


「琴音⁉」


 バタバタと階段を駆け上がる音、ドアをノックする音、慌てた母の声が聞こえた。


「っ、何でもない!」

「それならいいんだけど……」

「ごめんなさい」

「琴音のそんな大きな声初めて聞いたから、びっくりしたわ。もう遅いんだから、静かにね」

「はい……」


 ドア越しにそう言って、母はまた階段を降りていった。

 一体、何なのだ。とんでもない物を貰った気がする。そもそも恋愛が分かっていないのに、すっ飛ばし過ぎじゃないだろうか。中学生レベルだということは千絵さんも分かっている筈なのに……絶対おもしろがってこの雑誌をくれたに違いない。

 こんな本、どこに隠せばいいの?


「……千絵さんのバカッ」


 翌日、抗議しようと意気込んでいたのに、ふふふっと笑って躱す千絵さんに敵うはずがなかった。

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