好き?いいえ、これは憧れです
それから、数週間が経った。
黒崎さんは何回か来店し、私の顔を見つけると、優しい笑顔を浮かべ会釈してくれることもあれば、少しばかりの世間話をしてくれることもあった。
その度に、私は緊張のあまり身体中に力が入り、姿が見えなくなってから脱力してしまう。話をする時なんて、どう返事をしたか覚えていない。
せっかく話しかけてもらえたというのに。そういう時こそ、印象良くしてもらえるように元気に返事をしたいと思っているのに。
私の態度はかわいくもないだろうし、それどころか感じが悪いとも取られ兼ねない。
「はぁ……」
「どうしたの?」
事務所でお弁当を食べながら、自分の嫌いなところばかりを振り返っていて、知らない内に大きな溜息が漏れていたらしい。一緒に食べていた千絵さんに気付かれてしまった。
「いえ……なんでもないです」
「そんな顔してないよ。何か悩み? あ、黒崎さんのこと?」
「違います!」
「そうかぁ。黒崎さんのことか」
そう言って、勝手に頷きながらおかずを口に運ぶ。どうして、分かっちゃったの⁉
否定してるのに、確定してるし!
「で、どんなことで悩んでるの? 話はできるようになった?」
「ととととんでもない! 会話どころか、まともな返事もできなくて」
「あぁ、琴音はおしゃべり苦手だもんね。ましてや、好きな人が相手となると更に緊張しちゃうか」
「……はい……すすす好きな人⁉」
その単語を聞いて、頭の中が一瞬で沸騰した。
「なんでそこで驚くの? 琴音は黒崎さんが好きなんでしょう?」
涼しい顔して、当然のように言う千絵さん。話しながらもパクパクとご飯を口に運んでいるけど、私はまったく入らなくなってしまった。
「えっと……単に憧れているだけです。私なんかが好きだなんて、言うだけでも烏滸がましいですよ」
そう。きっと、子どもが大人の男性に憧れるような、そんな気持ちに決まっている。
芸能人で好きな人もいないけど、学生時代に女の子達がはしゃぐ様に話していたのは知っている。私の気持ちもそれに近いのではないだろうか。
「今は別にそれでもいいじゃない。憧れと好きをどうして区別する必要があるの?」
「……そうなんですけど。でも、私なんて」
「こら、それ止めなさい。もっと自分に自信を持つの!」
「そう言われても……」
自信なんて、生まれてこの方持ったことが無いんだから。どうすれば自信になるかなんて分かる筈もない。
「まあ、琴音も誰かに愛されたら自信になるのかもしれないね。それが黒崎さんなら、尚良いのにね」
「えっ⁉」
「何?」
あい。アイ。AI。愛。無理だっ!
「私は今のままでも……」
「今で満足してどうするの? 琴音もそろそろ、しっかり恋愛しなさい」
「ううっ」
恋愛初心者、藤原琴音。
もしかしたらこれが恋かもと思った途端、壁にぶつかりました。
自信持つどころか、挨拶すらまともに返せないのに、ここからどうすればいいのか。
暗中模索。いや、模索もできていない。五里霧中。いやいや、千里かも。
そんな会話をした日の退勤後、更なる壁が立ちはだかるとは思ってもみなかった。
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