ワーキングクラスヒーロー(あらすじ)
@miura_ymm
第1話
1最近の仕事
グリーンランド東部山地の中央部付近。
温暖化で砕け散った氷床の合間から3000メートル級の山嶺が突き出している、山裾ぞいの氷雪を重機でひっかきまわし予定通りその洞窟は姿を現した、この洞窟は数百万年のあいだ光が入ったことが無いという、その暗闇の奥には岩でできたホールが広がっていた、サーチライトで照らされたホールの奥に十数人の人影がうごめく、さらに点灯されたサーチライトのなかでその物体はまさしく浮かんでいた。
小隊に撤収と現場の隠滅を命じたサラ・リンドグレーン少佐は太古の地面に浮かぶ4メートルほどの複雑な形状をした漆黒の物体を指さし私に目だけでこれを積み込むよう指示してきた、カーゴと名付けられている輸送用の宇宙船に備わっている重力クレーンでそれを積み込み少佐と監視員を乗せおよそ高度1500km上昇したのち直線飛行で砂漠の基地上空に戻りステルスモードで降下し地下バンカーに運びこんだ。
貨物コンテナに偽装した可変重力ポッドにその物体を積み込み一連の作業を終える、レポートを書き終えたところに今日の監視員だった情報部のスチュワート曹長に呼び止められた、荷主から話があるのでそのまま地下バンカーのブリーフィングルームに向かってほしいという、ドアを開けると司令官用の回転椅子に30代半ばの粘っこく鋭い眼をした痩せぎすの男が座っていた、見た目から日本人だとわかった。
佐竹と名乗った男は砕けた調子で謝礼を言い、自分はイスラエルの宗教組織に所属し太古の文明を研究している、今回はイスラエル政府から依頼されアメリカ政府との仲介者として動いている、あの物体は黒体と名付けられていて我々の理解が正しければ今後地球の歴史が変わることになると話し、これからもいろいろ頼みますよと軽く笑顔を見せブリーフィングルームを出て行った。
米軍とイスラエルの宗教組織にどんな関係があるのか知ったことではないがこんな持って回った面談をされると今後面倒な仕事を振られる事になると推量するしかない、これがいまの仕事だから仕方ないが一旦関わると厄介なことになりそうな気がしてならなかった。
2転職
2年前、失業中だった私は求職サイトからアメリカのIT企業から誘いがあることを知り渡米した、ロサンゼルスの本社ビルで面接者からこの会社は米軍専属のエンジニアリング企業だと知らされた私は即座に断った、しかし担当者からあなたの経歴は徹底的に調べ上げているあなたでなければできない仕事があると説き伏せられさらに尋問に近い問答で交渉下手な私は言質を取られ最後にはサインをしてしまった、そして半ば強制にこの砂漠の基地に連れてこられた。
小型ジェットで数時間飛行し山に囲まれている以外何もない砂漠の飛行場に降りた、数少ない建物の一つから地中深く降りるとそこは小規模の工場のようなフロアになっていた、さまざまな機械が並ぶ中にあったのは以前勤めていた電機メーカーの秋田工場で作った組み込み装置だった、それはアメリカ航空宇宙産業の代表的企業からの依頼で最終試作品と設計図書類から量産計画書までを納品する契約内容のもので客先での設置作業と最終すり合わせはなかったものだ。
改めて要請されたのはこれの仕様変更を行いシステムを完遂してほしいとの依頼だった、しかしこれはクライアントの難問を唯一理解できたプロジェクトリーダーの中村さんの特製でチップでさえ新技術だしソフトに至っては機械語から新しいプログラム体系だった、私はプロジェクトチームの一員としてモジュールテストと最終品質検査を担当しただけに過ぎない、その中村さんはチーム解散後本社勤務になってすぐ事故死した。
やれやれと思い工場フロアの一つ上の倉庫に案内されるとそこにあったのはなんと異星人の宇宙船だった、驚愕している私に担当者はこれを操縦するためのシステムを作ってもらったがうまく動いてくれない君には完成させる義務があると言い、ここに至って選択の余地はないと言い捨てそれ以来私はアメリカ軍属企業の日本人契約社員として生殺与奪を含めた雇用契約を結び働いている。
3業務内容
基地の近くの小さな町に住んでいる。
今日も隣に住む情報部の若手とあいさつを交わし軍専用の通勤バスで出勤した、基地内での就業時や宇宙船を操縦しているときはもちろんプライベートに至るまで常に監視されている、地下深くのバンカーに降りカーゴと呼ばれる運搬用の宇宙船に乗り込み先月から始めたアルゴリズムの変更作業に取り掛かった。
宇宙船がどのような原理で動くのか基礎からの理解はできていない、本来は異性人の神経信号と宇宙船のシステムとの協調で運転動作するものだが中村さんの作ったシステムは地球人の神経信号をデジタル信号に変換しインターフェイスから外部のニューラルネットワーク型制御サーバーを通し宇宙語にコンパイルされた信号で宇宙船を操縦するシステムとなっていてサーバーを搭載した人工衛星の通信範囲までしか運航できないことも難点だった。
ここに入った当初いくつかの量産機が設計通りに施工されていたが一通りのプロトコルを実行できたのがこのカーゴを私が操縦した時だけだった、あれから2年がたち神経信号センサーの改良と操縦者別のアルゴリズムを作ることでだいぶ改善出来てきた、しかし宇宙船ごとにシステムが違っていて各種機能を使うことへの認証ゲートもあり実用的な航空機として使うには使い勝手が悪かった。
ある日ハンガー横のスナックルームで休憩していると基地全体が上から抑えられるように震えだした、整備隊のベン・カーチス伍長が月の基地の大きいのが来たと言い「お前の持ってきた例の黒い奴のことで揉めているらしい」とも言った、この基地がどのような形態で組織されているのか十分に知らされていないが整備隊の連中に言わせると異星人とアメリカ政府との間で申し合わせ程度の話で取り決められ共同で運営されているという。
実際に異星人は基地最下層で独自に活動していてそれを米軍は管理していない、また月の基地は異星人が勝手に作り地球人はいないが多様な異星人が共同で運用しているという、人体実験を行っているという話しも聞いたことがある、アメリカ政府としては異星人と対等にディールすることはできず基本好き勝手にさせることしかできていないというのが現状だろう。
しかし宇宙のルールとして宇宙船や基本となるテクノロジー・サイエンスに所有権や特許のような権利はなく使いたいものが使い知りたいものが知ることができる、地球人も広い宇宙の一員だから使用することができることになる、うまく使えるのであれば何も問題がないとういうことだ、そして今は米軍が優先して利用している。
ここで2年余り働いているが異星人は見慣れてしまえば同じ元素でできている生物で、しかも地球と似た環境の惑星で進化した異星人が来訪しているので生態が大きく違うことは無い、しかし進化の度合いが違い知能を含め発達した神経系による接触はなかなか慣れることはできない。
異星人のこと宇宙船のことその他もろもろのことはここに来て3週間くらい教育を受けて最後には機密保持と罰則を含めた契約書にサインを書いて終わったが、それは単に何か間違えを起こせばすぐ命はなくなるということでそれは契約というよりも忠告なのだということをいくつかの事例で知ることにはなった。
窓ガラスから発着サイロを覗くと数人の異星人と基地幹部や政府関係者らしい連中が何か話をしながら司令部の奥に消えていった。
4福利厚生
サラ・リンドグレーン少佐から休暇の同行を頼まれキャンプ道具と食糧をカーゴに積み南太平洋の小さなサンゴ礁に降りた、監視員の帯同はない。
雲一つない浜辺のデッキチェアでビールを飲んでいる工場にいるときはこんなことは思ってもみなかったと空を見ると私の前に少佐が立ち突然に水着を脱ぎだした、股間に性器が無かった、異星人特有の身体的特徴で知ってはいたがまさかまるでファッションモデル並みの容姿の少佐が異星人だとは今の今まで一つも考えたことは無かった。
その動揺しきった私へ異星人特有の脳へ直接伝わる言葉で「繁殖はどうしているのか知りたいのか。意識だ。」と言い、自身の意識で生殖細胞のDNAをデザインし人工出産するのだと説明され、あの黒体は地球の太古からの生物から発生した意識が結晶化したもので、意識活動と地球の場のエネルギーが量子的な相互作用で物質化している記録媒体のようなものだと思えばいい、われわれは生物的進化によりこの量子作用を意識でコントロールし生殖するようになったと伝わってきた、そして、あなたには今後やなければならないことがあるそのための擬似的進化の手術を受けてもらう、これは米軍としての強制命令だ、それと宇宙線の被ばくにより発生したがん細胞を治療したほうがいいとも言い突然現れた銀色に輝く宇宙船に乗り去って行った。
少佐の指示に従い南米の古い都市に行き複雑な経路をたどりようやく着いた場所にたしかに宇宙のよろず屋があった、雑多に機器が並ぶ部屋に案内され中央にある手術台に横たわると体が動かなくなった、その私に爬虫類にやや似た異星人は何の説明もなくドリルのような医療器具で体の数か所に有機チップのインプラントを埋め込んでいった。
おそらく2日間はベッドの上で悶絶しただろう、私はその有機チップががん細胞を死滅させるわけではなくただ神経感覚を超絶的に増幅させその五感を超えた感覚でがん細胞を異物としてとらえ免疫細胞を選択的に活性化させがん細胞を消滅させることを苦痛の中で探り当てた。
その感覚は外界に向けても強化され近くの人間が何を考えているか観念的に伝わってくるし接触すれば意識をある程度コントロールさせることもできた、驚いたのは物体のしくみが感触として理解できることだった、この感覚は経験上異星人の特徴に近いものだと理解できたが常に脳がオーバードライブさせられる苦悩は地球人の脳神経系が進化の途中なのだとも思わされた。
しかし常に太陽にさらされる街で幾日がたち様々な体験をしたことで、意識の入出力を対象に集中しカーソルのように動的ポイントを制御することで余計な感触でいらいらすることを回避できるようにはなった。
ホテルを引き払おうとしていた私に軍から支給されている携帯電話が鳴った。相手は上院議員のジェファーソンだと名乗りワシントンDCに来るよう指示された。
5転勤
指定された公園のベンチに座っていると1台のリンカーンが止まった。
深くしずむリアシートに座るとジェファーソン上院議員は直接脳に伝わる言語で自分にも有機チップが入っている余計なごまかしはしないでほしい重要な話しがあると言ってきた。
人類の科学技術は君が知っている通り-革新の到達点-に達し、社会のデジタル化は政治経済の統計的矛盾をあらわにし医療技術の進歩、機械労働は一部の人々であるが安楽を与えた。
しかしそれはより鮮明に人間の欲望をあらわにし個人間国家間に新しい論争が生みだされた、さらに温暖化への挑戦に代表される地球のスマート化にも失敗し最近では国家のマフィア化も深化している、民主主義による社会設計は優れたものだけが勝ち残りシステムとしての資本主義が限界を迎えたということだ、その中でわれわれアメリカ政府は「人の意識すべてに暴力の側面を内包している」ととらえ政治というものの役割をその暴力の管理を執行するプラットフォームだと規定するに至った。
そこで黒体に集まる人びとの本心を異星人の科学を応用した新技術でセンシングし、全人類の管理を行うシステムの開発をアメリカとイスラエルとで構築する計画が始まった、黒体の意識レコードを解析し起こりうる暴力を未然に解決するものだ、しかしこの計画は異星人の知ることとなり実行すれば直接介入すると言ってきた、われわれは国連主導でそのプラットフォームを構築する計画に切り換え折り合いをつけた、サラ・リンドグレーンは異星人と地球人とのハイブリッドでシステムが完成すれば管理者となる。
上院議員がわざとらしくため息をつくと、このシステムを完成させるにはマサシナカムラが作ったソースコードが必要になるしかし日本国政府は役に立たなかった、我々のあらゆる努力は失敗に終わった、そこで君に特別な手術を受けさせ作戦を練り直した、サタケと行動をともにすればいい、もう気づいていると思うが地球上どこにいても君は監視されている。
上院議員は私の肩に手を当て強い意志力で金縛りにすると自分の口で残念だったがナカムラは我々への協力を拒んでしまった君には期待していると言い放ち成功すればアメリカ市民権を約束するとまで言って空軍パイロット出身の愛国者は去って行った。
憶測はしていたがやはり中村さんは殺害されていた、それは真実にたどり着いてしまったのと才能が有りすぎたのだ、以前にもそういう人間が騒ぎだしある日基地から消えるのを何回も見てきた、しかしアメリカ国籍を持っていれば殺されるまでは行かないことも私は知っている、いろいろのことが頭の中を這いずり回りうまく考えることができない、しかし私はゆらぐ芝生を眺めながら生きることを選択した、理由なんてあとで考えるしかない。
ニューヨークで佐竹に会うと違和感を感じた意識を感じることができない、まずそのことを質問すると彼らのような裏の世界の職業者は以前から思うことが筒抜けのならないよう意識を遮蔽する手術を受けているという、異星人も含め有機チップを埋め込んだ地球人はいたるところにいて仕事にならないからだ。
国連本部の一室に入ると佐竹はもう隠すことは無いだろうといいこれまでの経緯を話し出した、アメリカ政府は100年ほど前から異星人とコンタクトを取っている、何をやっているのかは君が見てきたとおりだ、米軍は異星人の宇宙船に魅了されたが進化の違う生物においそれと使いこなすことができなかった、そこで日本政府を丸め込んで川浜電機工業にあのシステムを作らせたこれは費用も含めてだ、だがシステムを単純に組み込むことでは成果がでなかった、そこで中村を取り込もうとしたが断られ事故死に見せかけ殺害したこれは日本政府も承知したことだ。
しかし偶然に登場したあなたが宇宙船の操縦を含めうまくやってくれた、でなければ今頃は生きていない、このことを知ったイスラエル政府は黒体をそのシステムで活用し人類を管理できるだろうとアメリカに持ちかけた、そして黒体の在処を歴史的に暗躍してきた私が所属するユダヤ教の一派から聞きだした。
黒体は地球上の限られた場所にしか定位できない性質がある移動するには人工重力を使うしかないがそれであなたに黒体を運び出してもらった、さらに計画を奏効するためには異星人の能力を持ったエンジニアが必要になる、そこでアメリカ政府はあなたに手術を受けさせた。
およそのながれは把握したが佐竹自身がどの時点でどういう立場でかかわってきたのかの説明はなかった。
話が終わると佐竹がどこかに電話をかけやがて二人の男が入ってきた外務省職員だという、あいさつを交わすと私は思わず吹き出してしまったエリートが労働者を見下す思考があまりにも教科書どおりだったからだ。
外交官の説明が始まった、川浜電機は主要な事業の破たんで債務超過状態だった経営陣は退陣をきらい政府からの債務保証をことわった、第3者割当増資を中華系ファンドに売って一時しのぎしているがそのうち買収されるだろう、そのなかで政府と疎通が悪くなり中国人に丸め込まれた経営者はソースコードの供与を断ってきたと説明し、佐竹はいろいろ手を尽くしたが中村が作ったセキュリティを突破できなかった中国に渡らないようソースコードの奪取と削除をおこなってほしいと言ってきた。
石井と名乗る外交官は仏頂面で日本政府発行の偽造パスポートと運転免許証を渡し子細な計画について説明してきた、あまりにも投げやりな態度だったため中村さんの殺害を承認した部署の人間なのだからこれくらいの汚れ仕事はやって当然でしょうと言ってやった。
6出張
日本に帰ってきた私は佐竹とともにお盆休暇で休館していた川浜電気東京本社に社員玄関から入館し担当社員の立ち会いのもとサーバールームに入った、当初佐竹が催眠注射で時間稼ぎをする予定だったが担当者は終わったら呼んでほしいと内線電話番号を言い渡し部屋から出て行った。
まずアリバイを作るため事前にハッキングして仕込んでいたサーバー障害を復旧しそのままファイルサーバーに移動し社外秘の領域に侵入した、そこのファイル名を見るだけでもこの会社の経営がただの経営ごっこに見えて悔しくなる、さらに深い階層にあるプロジェクトのセキュリティは堅牢だった、情報局から渡されたインターフェイスを介し有機チップをセキュリティアルゴリズムと同期することで何とか鍵穴にたどりつき最後には冗談のようなパスワードで開くことができた、そしてソースコードをコピーすることができた。
仕事を終え通りに出ると背後から中国語の話し声が聞こえた、意識のカーソルを向けるとそれは敵意とファイルの横奪に集中していた、佐竹に知らせようとした瞬間佐竹は急に振り返り一人の男に体当たりし倒すともう一人を背負い投げで地面にたたきつけ顔面をこぶしでつぶした、そして起き上がろうとしたもう一人の男の頭を蹴り上げ気絶させた。
佐竹によると中国少数民族の言葉でターゲットの確認とソースコードの奪取を確認しあっていたという、格闘から横付けされたバンに二人の男が引きずり込まれるまでの出来事はあっという間だった。
イスラエルに入国しテルアビブ市街の礼拝堂で黒体の在処を予言したというラビに会った、佐竹に互いを紹介されたが白く蓄えられたひげと親しみ深い目で黙礼されるだけだった、佐竹とラビは不明な言語で長く話しあった、移動のため車にもどると佐竹はあそこに神に近い者たちの意識はなかったらしいと言った、彼が所属している宗教組織は表向きには意外なほど普通の宗教団体の体を構えていたがラビとよばれる頭首やその組織員を見る限り深淵な闇を感じた。
エルサレム近郊にあるアメリカ軍属企業の関連会社が所有する工場に行くとサラ・リンドグレーン少佐が待っていた、地下に案内されるとロボットアームとさまざまなセンサーに囲まれた黒体が浮かんでいた、ここが黒体を定位させることができる位置なのだろう、これから新しいセンシングシステムを構築し地球人管理プラットフォームが出来上る。
じっと見ていると黒体の表面がたまに光り輝くことがある誰かが歓喜の最中にあるのだろうか、佐竹はぽつりとここに問いと答えのすべてがあると言った、私は肉体が消えたのちこのいびつな物体の中で結晶化された記憶と結びついた意識がここを天国とおもえるのかそれとも地獄にもだえ苦しむことになるのかと思うともう自分は手遅れだなと思った。
一人黒体の前で作業を見ていた私の隣に少佐が立った、少したわいもない話をしながら少佐は地球人と異星人のハーフなのだからこの黒体と相対化しているのかとふと思うと私も地球人だと少し怒ったような声で去って行った。
7イノベーション
山脈の基地で製造している米軍製の宇宙船は異星人の製造技術を構築できていない現状では見た目から地球製とわかる仕上がりだ、地球人のそれでも最先端の製造技術で作成した三角形のモノフォルムは特殊な合金製でよくできている、これに出力効率の劣る地球製エンジンと地球圏で生成する希釈な燃料という構成でようやく動かすことができる。
国家として宇宙船を運用するのには自作するしかない、地球製のスタンドアローンなシステムになったことにより異星人のシステムのように運用のすべてが宇宙のオープンネットワークに流れることなく軍事的な利用の要件を満たすからだ、中村さんのチップを元にシステム統合チップとし一部をアナログ回路で構築することで応答性が飛躍的に上がった、おそらく月への日帰り出張くらいはなんとか出来るだろう、アメリカのトップエンジニア達は天井知らずの能力を発揮し新しい技術を構築した、私は手伝った程度のものだがまたしてもモジュールテストと初期性能試験を担当した、しかし一から新しいものを創ることは久々に愉しい気分になれた。
一通りの作業が終わるころ管理部経由で佐竹から連絡がありジュネーブへ向かった、黒体を利用するための国際オペレーションセンターができたという、IPAMと名付けられた窓の少ない建物は最新の量子通信を利用したシステムでイスラエルの施設と暗号化したデータを送受信している、黒体から送られてきた地球上の意識をデジタル処理し重大事件の予兆を機械分析し重要事項をアラートする方法とIPAM側からの依頼で特定の意識や記憶レコードを引出し返答する二通りのオペレーションがある、それを非公開の国際調停パネルで最終的な裁決を行い秘密裏に対応する施設だ、しかしアメリカ主導で運営され包括的な情報が得られないことに参加国は異を唱えているという、日本政府はアメリカの2次的ポジションで利害調整された情報しか得られないことに何の抵抗もなく容認した。
運営を開始して間もないだけあって国際テロ案件だけで毎日数十件の情報が上がってくるという、既存のインテリジェンスと合わせて情報の確度を絞り込んでも手が回らないらしい、一通り案内された後佐竹から実はIPAM絡みで問題が発生していると持ちかけられドバイに同行してほしいと頼まれた、手術を受けてから自分の勤怠管理を行っている国防情報局の管理部に確認するとドバイで案内係が合流するので佐竹と3人で行動してほしいとのことだった、内容を聞くと中東の組織がIPAMの傍受システムを作っているらしいので現地で調査確認してくれという。
ドバイ国際空港に降りサウジアラビア人の案内人と合流しそのまま逗留先を決めると佐竹は情報提供者と接触すると言い隣国アブダビに向かった、翌日佐竹から電話があり計画が立ったので来てほしいと言われ案内人と二人で地平までとどく太陽光パネルを眺めながら国境を越えた、指定された倉庫に入り奥にある事務所のドアを開けると異臭が鼻を突いた、数人の男が倒れ込んで赤い血だまりが広がっていた、佐竹は奥の事務椅子に座っている、話しかけようとしたとき全身から血の気が引いた、佐竹の胸がおびただしい血でぬれている、血の気が引きのどがひくひくと動き立っていられない。
その束の間空いたままのドアから数人の男たちがながれこんできた、唐突に一人の手元からパンと音が鳴りすぐさま案内人がクルリと倒れ込み身じろぐことなくそのまま動かなくなった、椅子にしばりつけられ数発殴られた、男たちの意識を感じることができない、この連中も異星人がらみの非合法な仕事をしているのだろう、リーダーらしい一人が話し出したおそらくロシア人だろう、こいつらの活動をシステムが察知したのだろうしかし我々の動きも筒抜けだったことになる。
屈強な男たちの間から朝鮮人がでてきて目の前に回路図を突きだしたこれと同じものを作ったが動作しない命がほしければ協力しろと言う、それは自分の仕事ではないと突き返そうとした時倉庫の天井が揺れだした、数秒後突然体が重くなり動けなくなるとロシア人の連中も床に転がり身動きが取れなくなった、ようやく首を横に向けるといつのまにか銀色の宇宙服が立っていた、服の表面に光がうごめく様子は人工重力を反射しているように思える、手に持つ器具を突っ伏しているロシア人の頭に向け光線を出すとうめき声とともに男が静かになった、その動作を転がっている連中に丁寧に一通り行った、それを見届け終わると突如として体が軽くなった、異星人がこんなことに介入するはずがないと銀色の宇宙服を見ているとやおらヘルメットを脱いだ、そこから出てきたのは30手前の白人だった、男は佐竹の遺体によりそい何かを告げるとイギリスなまりの英語で身を隠したほうがいい一緒に来てほしいと言ってきた。
ドバイの高層ホテルにかくまわれた私に彼の説明が始まった、このイギリス人は自分のことを佐竹の部下であると自己紹介し、中世から始まった秘密結社の一員であること、主要国ごとにいくつかの家系がメンバーとして暮らしていること、有能な子供を組織のエージェントに育成すること、経済を支配し地球社会の保全を行ってきたこと、それは政府や組織に入り込み情報操作することも含むこと、第一次世界大戦のころから異星人とコンタクトを取り利用しあってきたこと、IPAMは我々が実質的に作ったことなどを丁寧にしゃべり、佐竹の危機を察知したが相手の手が早かった、イスラエルのラビがロシアの組織に依頼したらしいおそらく意識遮蔽ネットワークを使ったのだろうと語り、あなたのことは今後はわれわれが保護する必要があるといい移動の手だてが少しかかるが迎えに来るまでは組織の部隊がこのフロアを警備すると説明し彼は去った。
8退職
頭の整理がつかない、こんなことがジェファーソン上院議員が説明してきた暴力を管理する政治なのだろうか、結局は強いものがその他を支配する社会構造は変わらないような気がする、このフロアにいる工作員の意識を読むと私はこのまま南極の基地につれこまれ一生そこで生きることになる、にげる、どこに、どこに行っても一時の逃亡者として死ぬことになる、まるで暴力に管理されている、ふと「自分の暴力は自分で管理したい」と頭に浮かんだ、その時、開いた、有機チップが宇宙のネットワークにつながった、宇宙大のネットスケールが体を破壊する、勝手に呼吸が荒くなり脳が変な動作をする、あわてて意識のカーソルを操作する、ネットワーク構造をなぞりプロトコルの突端をつかまえてなんとか自分を保持する、嘘のようなサマリーが流れ込んでくる、数時間が立ち落ち着くとようやくテーブルのオレンジに手を伸ばすことができた、そしてもうやることは分かった。
まず、廊下に陣取る私服の隊員に詰所に行こうと誘い監視部屋に全員を集め解散を指示した、佐竹のように手荒い奴は皆友達みたいなノリで意識操作したのが成功した、つぎつぎにセキュリティを解除しながら屋上に出る地球が丸い砂漠に見えるほどの高さにある搭屋にのぼり空をさらに見上げた、リモートで操作するフリーライドの宇宙船が頭上に降りてくる、何の感慨もない地球は地球おれはおれだ宇宙船に乗り込み月を目指す。
地球製のシステムで簡易に操縦するのとは違い異星人のシステムをダイレクトに操作すると直接外部環境に意識が広がる、飛ぶ鳥の羽ばたきまで鮮明に脳裏に入力される、座標を気にすることなく自由に移動できることを堪能しながら月の裏に近づいた、宇宙側のプロトコルに則り指定の座標に止まると宇宙船は基地側の管制に切り替わった。
基地の停船場に降りると異世界が広がっていた、その造形は以前中村さんが宇宙の数式を解くうちにスケッチした幾何学図形に似ている、これはマンハッタン島ほどある巨大な宇宙船をそのまま月面に埋め込んでいるという、構造はまるっきりわからない、砂漠の基地で知り合いだった異星人に小型のゴンドラに乗せられそのセクションに案内してもらう、その部屋に入ると10メートルはある黒い立方体のサーバーが円形に立ち並んでいた、そのサーバーの間を通り抜け中央にたどり着くと中村さんが立っていた。
ホログラムとはいえ本人そのままだ、思わず報連相が頭に浮かぶ、たっぷり話を聞くことができた、当時かなり深いところまでこの世界を認知するに至っていたがそれを米軍が察知すると宇宙船の製造にかかわるよう要請された、しかし地球人が持つべき科学ではないと断ると一転して命を狙われることになった、ところが死の直前異星人側から保護すべき意識としてこのサーバールームにアップロードされた。
ここのサーバーには数千年前からの地球での出来事をすべて収集しているそれは黒体以上に詳細に記録されているという、それには理由がある、この宇宙が発生する瞬間巨大な密度の球体に無意識の点が衝突した、その無意識を生んだ意識を原意識と呼んでいる、この宇宙に散らばっている意識はこの原意識の再生産物に過ぎないといえる、その原意識の正体を見つけるため進化の途上にある意識を観察する必要がある、それで彼らはこの星を観測している、その継続性を補償するため条件を満たした地球人の意識をここに保存している、たとえば宗教の創始者などだ。
これからのことを相談していたところ基地全体に戦慄が走った、米軍の宇宙船が核弾頭を積んでこちらに来る、私を差し出させるための脅しだろう、その時中村さんのホログラムが光点になったそれが基地を抜け宇宙船に突入する、宇宙のネットワークにより脳裏に映像が映し出される、宇宙船は月と地球の中間点で止まり燃え光りだす、その放射線が広範囲にオーロラを発生させる、一条の光が地球に刺さる、その光に吊られるように黒体が上昇する、黒体が光の中に定位するのと同時に燃える光は消えた。
中村さんの意識が消えた。
9ポリテクニック
地球は混乱している。
突然の巨大オーロラをもたらした宇宙線でほとんどの人工衛星の半導体が焼きついた、イスラエルに落ちた光のことで宗教など超えたはずのデジタル社会が破たんしている、私はふたたび地上に降りチベット山脈を望む森に入った、月の基地で生きていけるほど私は進化していない、三日間歩きまわってふと見た大樹の下にその禅僧はいた。
さらに三日間その場にいた、座禅を組んでいる僧侶に意識はなかった、ファイヤウォールによる意識の遮断ではない意識が体から抜けている、暇つぶしに大樹の組成を調べているとふとお腹がすきましたねと声をかけられた、近くの村で托鉢を行い森の中の庵で食事をとるまで話しをかける隙はなかった、ようやくこれまでのことを話し落ち着く場所を探していると問うても勘案している様子はない、それからそれでも3カ月ほど一緒に行動した、瞑想を行いまた森を歩き時々少しばかりの食事をとるぐらいの毎日が続いた、しかし瞑想の中で意識を体から分離しさまようことも会得した。
地球は生きている、この意識の希薄な宇宙でこれだけ生き生きと鼓動し輝いている場所はそうはないだろう、雲のじゅうたんに身を滑らせ深い海を突き抜け知らない土地の命の鼓動を見た、宇宙船を操縦してどこにでも行けるのとはまるで違う一介のサラリーマンがこんな経験してもいいのだろうかとも思ったが至高の経験をした、禅僧は地球自体の動きを含め生命のあまたの情動を観察し深い祈りをささげた、またそれを稀にに去来する高次の意識に伝えることもあった。
ある日、近くの村が中国軍の精鋭部隊に襲われているのを宇宙のネットワークから告げられた、彼らは観察をするが介入はしない、人工衛星を利用した先端装備が使えないなか徹底した情報収集と暴力を実行して私を探している、それがこちらに向かっている、私は宇宙船に乗り行進している部隊を空気ごと重力補足し上昇した、熱圏を抜け地球が丸く見え出すと隊員たちの意識が変わりだす目の前に浮かぶ地球を見るだけでたいていの人間は何かを達観する、そして黒体の傍らに浮かぶ中村さんが最後の仕事として構築した黒体サーバーに近づくと泣き出すものが出だした。
これが中村さんが言っていた宇宙空間に定位した黒体と地球人との黒体サーバーを介したインタラクティブな意識の交換がもたらす作用なのだろうか、自身の意識から発現する思考の鏡像が黒体サーバーからフィードバックされる、刺激と情動の間に記憶と思索の間に教育と強制の間に生じる欠損した思考に気づきと連想をもたらし自意識の本来を得る、これだけ近距離になるとそれが最大強度になるようだ、その通りならこの人たちにはもう人を殺すことはできないだろう、酸素が薄くなる前にチベットの寒村に降ろした。
このサーバーが運用されている限りいずれ地球が発する意識は穏やかになるだろう、だが私が生きている内にはかなわないだろう、この手の暴力から逃れる方法はもうないのかもしれない。
10独立開業
起業しようと思う。
黒体サーバーが未来永劫にわたって運用されてほしい、しかし月への途中に浮かぶ得体のしれない物体が勝手に平和を構築しては大国がだまっていないだろう、黒体自体は破壊できないが黒体サーバーの撤去を含め必ずどこかの国が手を付けようとする、宇宙関連の国際条約による所有権の登記とメンテナンスまで含めた包括的な事業会社を設立する必要がある。
そこで優秀な人材を集めることにした、現在地球には異星人の知性に手が届くぐらいの頭脳の持ち主が宇宙のネットワーク検索で相当数確認できている、たいていは無用のトラブルを避けるため普通の人としてある意味生息している、その人たちに異星人の理論と文化・歴史を宇宙のネットワークからダイレクトメールで送信した、それを理解してくれた人の中から十二人の人が地球の未来のために思考してくれた、さらに宇宙語で現状の地球に関するドキュメントと会社設立の趣旨を送信しプノンペンに集合してもらった。
小さなビルの最上階に宇宙の何でも屋から譲ってもらったワーキングサーバーやネットワーク機器その他諸々を設置している、彼らは手早く使い方を覚えていく、私は彼らに異星人とは口約束程度だが黒体の管理を含め宇宙技術を使う話は通してあると伝え、私見として政治はやはり暴力の管理装置だと思うこと、そして当社が受ける暴力当社が執行する暴力を適切に管理すれば大国とも渡り合えると、などなどと一応代表者ぽいことを言った、あとは彼らがうまくやってくれるだろう新しい地球の歴史を作るヒーローだ。
最後に彼らを宇宙船に乗せ黒体を確認してもらい月の基地に案内した、この創業者たちの意識を何代先まで維持できるかはわからないしかし私にできることはこれが精いっぱいだ、彼らを地上に降ろし最後の仕事に取り掛かった、米軍にとってもやらなければいけないことだ、空軍機がレールガンを連射する、宇宙船は爆発を起こし空中に散らばる。
命が消えた。
11モノづくり
横浜市鶴見区浜中町。
須藤和真は工場の一角で回り続けるモーターを見ていた、半年前届いたダイレクトメールの内容は今でも頭にちらつく、一週間はモニターにかじりついた、ようやく手がかりをつかむと表示する以外何も受け付けないドキュメントは消え去った、以来メールは来ていないが数式を解きながら落書きしたものは残っている。
曽祖父がはじめた金型屋は父の時代には試作のよろずやになっていた、自分の代になると世の中は革新の到達点を迎えイノベーションという言葉はなくなった、今は工業製品の品質調査や機械労働システムのメンテナンスなどを細々とやっている。
初めて見る文字を解読する気にはなれなかったが添付されていた数式の一覧表は読めた、大学時代に得意だった数理解析が功を奏し初めて見た数式は久しぶりに熱くなれた、それでも相当の格闘をしてる最中に一つのアイデアが浮かんだ、それは量子力学モーターともいうべきもので変則的な電場に特殊な合金の組合せを置くとトルクが発生する力学モデルの仮説だ、そこで知り合いの試作屋連中に頼み込んで材料を作ってもらい誘導電動機の電機子と巻線を新しい素材にそっくり取り替えた、それを動かすため数年前浜中電機の中村さんから依頼を受け作成た特殊な制御基板を参考に制御盤を作った、それらを組み込み今こうして17.5ニュートンメートルの試験負荷を乾電池ひとつで3時間回している。
困惑している、去年あのオーロラ事件で破壊されたデジタル社会プラットフォームはいまだ復旧していない、それは自給自足で苦労する生活が人間本来の生きる力を取り戻していると紙の新聞が伝えている、だが浜中電機の復活が示すようにAGIによる自動化された生活への希求はすさまじい、それは既得権者の欲求を満たすことにもなり再び経済奴隷に身を投じることにもなる、今こんな技術を公にしたところでこの社会構造は変わるようには思えない。
制御盤の電源を落とし窓越しの月を見る最近の癖だ、何か思い出しそうな気になる、報道発表はオーロラの原因を隕石の爆発を言っているが違うと思う、地球をめぐる何らかの争いが進行しているように思う、その中で誰かが私に支援を託してきたのだと思う、それは人類の進化の方向をだれが決めるかの争いのようにも思われる、その時工場のドアベルが鳴ったモニターに数人映っている子供もいる、その中の金髪の女性がカメラの前に立つとこう言った「黒体は知っているか」。
エグゼクティブ
南の島、椰子で作られた屋根に日が照りつける。
窓のあいた部屋で目が覚める。
サラ・リンドグレーンが本を読んでいる。
月の基地で作られた体を動かす。
外に出て桟橋の端に立つ。
水平線。
新しい命は言った「これが地球の空」。
ワーキングクラスヒーロー(あらすじ) @miura_ymm
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