小雪

第74話「涸轍鮒魚」

 モスバーガーを出ると、変わらずの青空が待ち構えていた。

 くだらない連中とくだらない芝居をやりに行くだけなのに、こんな良好な天気である必要はないだろうと思わず嘆息する。


 一日ぐらい、風邪でも引いたことにして休んでしまおうという穏健案が、今の私なら真っ先に思い立つだろう。当時は、でも休むという選択肢が脳裏をよぎったことは不思議にもなかった。ずる休みをするのは良くないなどという誠実さがあったわけでもなければ、休んだ後の状況を恐怖するほど臆病だったわけでもなかった。では、自身の四面楚歌の状況を開き直って突き進もうとしていたのかというと、それも定かではない。

 自身のやるべきと思うことを地道にこなし、個性を主張すればするほどに排他される環境に対する諦念に似た感情が、私の思考を妨げていたのかもしれない。


 校門の前に着くと、事を終えて揚々たる表情をした生徒と、それに呼応して満足げな笑みを浮かべた保護者が数組、前方から歩いてくる。諦念は根拠ない慢侮まんぶ心を即座に呼び込み、こんなことで笑い合えるなんて幸せな奴らだと毒づき、さらに彼らの足元に唾を吐くような没義道もぎどう極まりない妄想をめぐらせながら校舎に入った。


 十五時十分、リミットの十分前に教室に着くと、案の定誰もいなかった。

 机と椅子は、昨日あった状態のまま後方にまとめられている。両隣のクラスにも人の気配はなく不気味なほどの静けさで、私はその馬鹿げたほどに広々とした空間の中心に立ってみた。確かに普段の喧騒はないが、それ以外には変わらない。誰かがいようがいまいが、私の中の孤独は同じくして存在するのだ。

 ロッカーにランドセルを置き、排泄を済ませて体育館へと向かった。


 十五時二十分ちょうどに待機場所の舞台袖に行くと、クラスメイトたちが神妙な顔つきで集合していた。

 フレックスタイム制ゆえに昨日と比べると観客の人数自体は少ないものの――昨日は保護者はいなかったが、全学年の生徒が集結していたので人数は相当なものだった――、それでも大人が観ているとなれば事情が違うようで、昨日教室で余裕綽々よゆうしゃくしゃくたる様子で首藤と話していた高杉も、いくらかしゃちこばった姿勢で構えていた。私が時間ぎりぎりに到着しても、誰も何とも反応しない。それは予想していたことなので、こちらも何も言葉を発したりしない。

 舞台袖には、生徒たちだけでなく首藤もいた。やはり私のことなど歯牙にもかけず、今演じている六年生のほうに意識を向けているようだった。


 待機してから十五分ほどで六年一組の劇が終わり、ついに我々五年二組の出番となった。

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