2010年・冬~冬至

第73話「華麗なコラボレーション」

「映画、どうだった?」

 月曜日だというのに、浮かれきった様相の新宿三丁目をぶらつきながら尋ねる。


「いやぁ、珍しく眠くなかったから全部観てたけど、時間の無駄だったわ。クソどうでもよろしなドキュメンタリー」

「なんだそれ」

 いつもどおりの予測不能な光蟲の返答に、自然と頬が緩む。


「やっぱヨーロッパの映画なんてダメだな。金がかかってなさすぎるわ」

「そういうもんかー」

 第二次世界大戦下のナチスドイツの悪行と、その好餌こうじとなった小国の凄惨さを描いたドキュメンタリーらしいが、抑揚に欠ける展開で目新しさもなく、質の低いものだったらしい。

「時間無駄にした分しっかり飲むかー」

「そうねー」

 適当な酒肴しゅこうを求め、末広通りに突入した。


「とりあえずここでいっか」

「うん」

 以前も何度か訪れたことのあるワンコインピザ屋に入った。

 狭い店内は若い男女たちで賑わっていたが、カウンター席が空いていたのですぐに案内された。


「ここはやっぱり、お通しで出てくるパンが一番美味いよね」

 カウンター越しの店員たちに聞こえないぐらいの声量を、などと考えずとも、周囲の喧騒によりそこまでは容易に届かない造りになっている。

「だね、これ注文したいわ」

 席について早々に出されたお通しの丸いパンをかじり、縦長のメニューをぱらぱらとめくりながら、光蟲も首肯する。

「まあ、適当に頼むかね。とりあえずジントニックかな」

 カクテル系で迷った時はジントニックを頼むのが、私の中では定石だ。

「じゃあ、俺はスクリュードライバーで」

 先にドリンクをオーダーすると、一分も待たずして二つのカクテルが届いた。


「食べ物どうする?」

 ピザもつまみも、どれもそれなりに美味いのだが、種類が多くいつも迷ってしまう。

「ビスマルクピザってどんなのか気になるね」

 スクリュードライバーをぐびぐびと飲みながら、光蟲がメニュウを指してつぶやく。

「ビスマルク、懐かしいなぁ」

 高校時代は世界史選択だったので、久しぶりにその名前を耳にしたなと思う。

「鉄血政策だっけ。あとワイマール憲法か」

「飴と鞭政策だから、甘くて美味しい部分とすごく不味い部分があるんじゃないの」

 ジントニックに口を付けながら、我ながらセンスのかけらもない冗談を飛ばす。

「じゃあ、それ行っとくか」

 光蟲がいつもの半笑いを浮かべる。ビスマルクピザとローストビーフ、そしてアンチョビバターの窯焼きポテトを注文した。


「しかし、有馬くんは良いキャラしてるなぁ。毎回テスト最下位とか、逆にすごいわ」

「あれは首藤でなくても軽んじてしまうだろうなあ、悪いけど。だからって、ビデオデッキ取りに帰らせるとかはありえないけどさ」

 すごく不味い部分などなく、いたって均衡のとれたビスマルクピザ――半熟卵とハムがのった、私好みのピザだった――を食べながら答える。


「クズ教師と未来のルンプロ小学生の華麗なコラボレーションか」

 ジントニックを、口に含んでいなくてよかったと思う。

「華麗すぎるわー」

 ここの窯焼きポテトは、程よくしょっぱいアンチョビバターがじわりと染み込んでいて、いつ食べても頬が落ちる。


「まあ、世の中搾取される側も必要だよね」


 光蟲が切れ味鋭い毒を真顔で放ち、ローストビーフにフォークを突き刺した。

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