第66話「妥協できぬ真理」
上村の思惑通りの言動を取らされるのは愉快ならざることではあったが、それでも自身の感情を率直に表出することをやめるべきではないと思った。
学校と、それ以外のごく限られた世界しか知らない当時の幼い自分でさえも、それは容易に妥協してはならない事だという真理に、それまでの経験を頼りに到達していた。明確な根拠もなく真理だなどと考えることは自惚れもしくは愚行なのかもしれないが、子どものうちから自己を
第一、上村の次元に合わせる必要などないのだ。あんなつまらない男にどう思われようが、はっきり言って知ったことではない。
瑣末でくだらない事に対して、このころは憂鬱ではなく好戦的になっていた。首藤みたいな愚劣な人間を相手に、あれこれ本気で非難すること自体がそうだ。
彼らとの不毛な闘いのおかげで好戦的な感情は摩耗し、事態が終息した後は自己防衛にシフトしてしまった。
「ごめん、ちょっと教えてほしいんだけど」
朝の会が終わって体育館に移動する際、廊下で私と同じ王の部下役の吉田と
普段、こちらから話しかけることなどめったにないので、二人とも足を止めて意外そうな目つきで振り返る。
「放課後練習出てなかったんだけど、部下役の動きや台詞とか、特に変更点はないかな?」
彼らは一瞬顔を見合わせてから、私に向けて硬い表情を作る。
「別に、ないけど」
柿澤がすげなく答え、揃ってくるりと背中を向けて歩き出した。
彼らは三、四年次も同じクラスで、周囲と交流が少ない私としては当時から比較的話す機会の多い生徒だった。
五年生になってからも、プールの授業の時に彼らは率先してサポートしてくれた。私から助けてほしいと頼んだわけではなかった。しかし彼らの場合、上村のように下心満載で大人の評価を気にするような性格ではなく、純粋な親切心から生じた自発的な行動だったということは、第三者から見ても疑う余地は少ない。
吉田も柿澤も学力的には中の下程度であり、主要教科の成績に秀でている私を尊敬の眼差しで見ていたのかもしれないことは、以前から予想はしていた。とはいえ、だからといって助けてもらって当然などという傲慢な態度はとっておらず、プールの授業で手を貸してくれるたびに礼を述べ、感謝の気持ちを伝えていた。算数の授業を早退した頃から、そういえば彼らともまるで会話がなくなっていた。
首藤に毒されたのか、あるいは上村や高杉辺りが何か吹き込んだのか、それとも単に集団の場を乱す――と自身ではあまり思っていないのだが――私の言動に嫌気がさし軽蔑したのかわからないが、もはや今現在、クラスで味方と呼びうる人間は誰も存在しないことを改めて痛感させられた。
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