小雪

第65話「上村の意図」

 学芸会初日、珍しく集合時間の十五分前に登校した。

 普段は極力周囲の人間と顔を合わせたくないのと、そもそも学校に長い時間居たくないという理由でリミットの一、二分前にしか行かないので、私としては驚くべきことだ。


 いつものように直前に行くつもりだったが、今朝は雨脚が強く、遠回りするのは気が引けた。それではファミリーマートで漫画立ち読みコースとするのが考えうる最も無難な定石変化だが、あいにく半月ほど前から店舗リニューアルに伴う工事のために休業していた。他に候補となる場所もなく、仕方ないのでやや不本意ではあるものの、早めに登校することにした。


 すでに私以外の生徒たちは皆揃っており、机を後方にまとめて自主練をしていた。

 教室に入ると、生徒たちは珍しいという風な、あるいは何で今日はまたという風な視線を向けるも、すぐにそれぞれの練習に戻った。


「おはよう。今日はいつもより早く来たんだね」

 ロッカーにランドセルをしまっていると、他生徒数名と台本を見ながら台詞の確認をしていた上村が、周囲の疑問を代弁するように挨拶する。そういえば、クラスの人間から挨拶されたのは久しぶりだった。


「おはよう。別に、たまたまだよ」

「そっか。まあそれでも、池原君より後に来る人は誰もいないけどね」

 上村は目元と口元にほんの少しの半笑いを付随させ、嫌みなのか何なのかわからないことを口にする。どうして今さらそんなわかりきったことを言うのかと不思議に思った。

「そうだね。みんな来るのは早いよね」


 口に出した直後、上村の意図に気付いた。

 こいつは面白がっているのだ。自身の些細な言葉に対して、私がひねた回答をすることを。そしてその後、第三者が介入してその場を掻き回すことを。

 いつもそうだ。自分自身でなんら面白味のある言動をとれないものだから、他者を利用したり他者に追随したりすることで、自身の価値を見出だしているのだろう。そうすることで、まるで自分が面白味のある人間であるかのような錯覚に浸っているのだろう。


「お前、来るのは早いってどういう意味だよ!」

 予想どおり、高杉がこちらの言葉に反応して怒りを示す。


 彼にはおそらく上村のような計算高さや狡猾さはあまりなく、思ったことを比較的素直に表現している。ここ最近の私へのくだらない嫌がらせも、首藤に事あるごとに反発する私のことが気に食わないがゆえの行動だろう。表現がわかりやすいという意味では私と似ていると言えなくもないが、首藤を気に入っている時点で価値観や知的レベルに乖離かいりがあり過ぎる。


「別に、たいした意味はないよ」

 上村の半笑いを真似て答えた。

「いちいちむかつくんだよ、お前は!」

「まあまあ、そろそろ先生来るだろうから落ち着こうよ」

 腹を立てる高杉をなだめるように、上村が間に入った。


「みんな、おはよう。いよいよだな!」


 上村が介入してまもなく、ねずみ色のスーツに金のストライプのネクタイという、趣味の悪い格好をした首藤が登場した。

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