第33話「使命感」

 十一月下旬に行われる文化祭での茶道部の催し、すなわち“ソフィア祭茶会”は、昨年に続いて二度目の参加となる。


 昨年、私は薄茶うすちゃ平点前ひらでまえを行った。一年生は今年も同様だ。しかし、部員によって得意・不得意などはどうしても生じるため、得意な部員は一日三、四席をこなす一方、自信のない部員は一席だけとするなどの調整がなされた。

 二年生は、薄茶のお点前てまえに加えて、茶席の進行役となる半東はんとうを担う。むろん、ひとつの茶席で二役をこなすなどということはなく(どんな名人でもそれは無理な話だ)、亭主ていしゅ(お点前を行う人を指す)として席に入る場合もあれば半東として入る場合もあるといった具合である。

 二年生も、例によって調整が入った。最後まで今ひとつ半東として自信を持てずにいる私は、初日は半東は行わず薄茶点前を二席のみ、二日目と最終日は薄茶点前一席と半東を一席ずつ行うという配慮を受けた。



 当日、女子部員は皆、豪勢で優美な着物をまとっている。

 朝二時や三時に起床し、着付け屋で髪や化粧も併せて整えてもらう部員が大半で、その気合いの入り方たるや、男子部員の比ではない。一方、男子部員は袴を着用するが、女子部員たちのような準備はなく、大学に着いてから数分かけて着替えるだけなので気楽なものだ。


 それでも、袴を着ると不思議と身が引き締まる。立派に全うしなければいけないという、ある種の使命感のような感情が芽生えてくる。下手な動きをとれば着崩れするため、ひとつひとつの動作に注意を払わなければならない。囲碁で言えば、長手数の定石や複雑な攻め合いを、手順前後することなく慎重に進めていくような綿密さに近いだろうか。去年も、そうした使命感に駆られて茶席に臨んだ。


 ソフィア祭茶会の初日、午前と午後に一席ずつ担当した薄茶点前は、二度とも部長のひがしが半東を務めた。

 彼は数少ない男子部員ながら、その技量とリーダーシップを評され、先月から部長に就任した。大した男だと思う。普段はそれほど口数が多いわけでなく、陰で女子部員たちをそしるようなこともあるが、努力を惜しまず、先輩たちに積極的に教えを請うなどして研鑽していた。遅れて入部し、なかなか基礎を習得できずに苦労していた私のことも、何かと気にかけてくれた。


 ある時、袱紗ふくささばきや柄杓ひしゃくの扱いを練習していた際、東は私の指先が綺麗に揃っているとひどく感心していた。囲碁部と掛け持ちしている旨を話すと、碁石を持って打つ動作が茶道においても活きてくるかもしれないと好意的に語っていた。

 茶会のような大舞台で、東は実に見栄えがよい。少なからず緊張を抱えているはずだが、それを感じさせない端厳たんげんたる風格は、経験豊富な三年・四年の先輩たちさえも凌駕りょうがするような貫禄を帯びていた。お点前をしながらでも、背中に感じる堂々たる東の佇まい。私には逆立ちしても出せない風格だ。

 それでも、彼の技術を少しでも盗んで自身のパフォーマンスの際に活かそうと、私は茶筅ちゃせんを上下に動かしてお茶をてながら、両耳をいくらか客席に歩かせた。


「お疲れ様。さすがの貫禄だね」

 水屋に戻り、私は感謝の意を込めて東に声をかける。


「お疲れ。悦弥も、お点前良かったよ。」

 確かに、今日は二席とも良いリズムで行えたと思う。

「苦手な引き柄杓、だいぶ上手くなったよね」

「ありがとう。半東が優秀だから、安心してできたよ」

 以前のようにかまごう(柄杓の、湯や水をむ先端部分)を落としたり、不自然な音が立ったりしなかったのは大きな成長だ。


「悦弥もいよいよ、明日半東デビューだな」

 右手にアクエリアスを持ちながら、東が左手で私の肩をたたく。

「うん。遅れとってるから、その分頑張らないとな」

 私以外の二年生は、皆今日から半東を務めている。

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