たろうくんの一日
如月捺穂
*
終業式が近づいた、とある小学校の授業参観。今日はどうやら作文発表会の日のようだった。例題は友達について。授業が後半に差し掛かると、やっと私の娘の発表になった。少し楽しみだ。
「たろうくんの一日、三年一組、あだちはるな」
なるほど……たろう君か……。一体どんな作文を書いたのか、今すぐ自分で読んでみたかったが、静かに聴くことにした。
「 わたしには、がんばっている友だちがいます。それは、田中たろうくんです。」
最近の子は名前が平仮名の子が多いようで、たろう君もそういう子だった。特に意味はないらしいが、そんな平凡の彼も少しだけ変わったところがあったような……なかったような……。
「 たろうくんは、いつも学校にきたら、クラスの友だちやわたしに、あいさつをします。お休みの日でもそうです。たろうくんは、よく白いパーカーをきていて、いつも手にノートとえんぴつをもって、歩いています。」
そうそう、たろう君は年中ノートと鉛筆を持ってる子で、家系的に配達員的存在になったとかそういう子。……それは別に関係ないか。
──でも、たろう君はこの学校にはいない。
娘はそこで一息吸い、こう続けた。
「 ある日、わたしはたろうくんがまちを一人で歩いているところを見ました。その日は、二年生のときのクリスマスでした。
わたしは家族と出かけていたので、たろうくんも出かけているのかな?と思っていました。でもおばあちゃんはいなくて、たろうくんとわたしはあいさつしました。そのとき、たろうくんは大きな白いふくろをもって、
『メリークリスマス』
……といってわたしのすきな本の新しいのをわたして、帰っていきました。なんで知ってるんだろうと思ってふりかえると、たろうくんはいつものノートにえんぴつで、“かんりょう”と書いていました。
そのとき、わたしはたろうくんのパーカーが真っ赤なふわふわだったのに気づきました。そして、ふくろをもってまた、歩きだすと、すずの音がきこえた気がしました。」
……確かにあの日、少しだけ娘が誰かと話していた記憶がある。そのあとに袋を持っていたのはその為だったのか……と、つい思い返してしまう。でも、またなんでたろう君なんだろうか。更なる謎に娘に視線が集まる。すこし緊張した表情だったが、ちゃんと話せていうようで少しずつ、それがけていった。娘は続ける。
「 お正月がすぎたあと、学校に行くと、たろうくんはいませんでした。なんでいないんだろうと思ったけど、まあいいやと思って先生にきかなかったら、たろうくんは天の世界にめされたとだれかが教えてくれました。そのときは意味がわからなかったけれど、いまならそれがどういう意味なのかわかる気がします。
わたしがあのときみたのは、本当にたろうくんなのか、それともサンタクロースだったのかはわかりません。最後ぐらい、もっとなにか話していたかったです。そして、もしたろうくんがサンタクロースだったなら、田中たろうじゃなくて田中たくろうくんだったらよかったのにな、と思いました。おわり。」
娘が読み終わると、辺りは静まり返っていた。それはそのはずだ。何故なら娘のいう田中たろうくんは、天の世界に召された、つまり当日の夜、密かに行方不明になってしまったのだ。
「あ、安達遥菜さん、ありがとうございました。お友だちの意外な一面を見たんだね…。それじゃあ次読んでくれる人ー?」
先生がそうフォローすると、さっきまでの沈黙が嘘のように生徒たちの声で溢れかえった。
「んじゃあ……はい、村瀬快斗くん」
少年は、先生が名前を呼ぶと元気な声で返事をした。この子は確か、娘と仲のいい子だったような……。
そして、次の瞬間、また静まり返ることとなった。何故か?
「いなくなったサンタクロース、三年一組、むらせかいと」
……今日はきっと、みんなの頭が情報で、いっぱいになるんだろうな、と思った。
「 ぼくたちは去年、クリスマスにある同級生にプレゼントをもらったと思います。今日ぼくが話したいのは、ぼくたちのサンタクロース、田中たろうくんのことです。きっと、天の世界にめされたというのは、北の国にかえったことだと思います。なのでぼくたちは、たろうくんをそんけいしないといけないと思いました。なぜなら僕はあの日──」
──密かに何処かへ消えてしまったたろうくんの、まだ知られざる物語が、今、小学生によって、語られる。
たろうくんの一日 如月捺穂 @kisana_tunakan
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