第6話 居宅介護を試みる。
入院中の妻ユリ子からも、この病院にはいたくない、外泊のトライもしたことも有って、妻は家へ帰りたがり泣いて訴えた。
彼女にとっては、毎日午後の4時半過ぎに夕食を取り、翌朝、朝食は7時から8時頃、夜中に空腹で眠れぬ日が続くとのこと、哀れでならない。
そんなことも有って、この病院には長くとどめて置けないと私は思った。
地域の支援業者と相談し、ケアマネージャーと契約し、通所介護を行いながら居宅介護に踏み切ることにし、6月1日に妻を退院させた。
今後の通院はどうするかとの看護師長の問いかけに、私は、「入院前に通院した日吉病院へ・・・・・・・・」と答えた。
何故なら、自宅から近いからに他ならない。
どうやら、私のその答えで、自分のところから他へ移り、手から離れると言う事で、看護師長との間に何となく冷たい空気が流れた。
ケアまぜージャーと連絡を取りながら、通所施設の見学等を待った。
日程が土日が重なり、施設の都合もあって、いたずらに無駄な日が続く様に思われた。
そんな状況の中で、駒岡にある通所介護施設の見学にユリ子を連れて行った。
其処は、来所者が少ないところがいいだろうとの、ケアマネージャーの選択だったが、ユリ子よりさらに高齢の老女が4人ほど、クッキーづくりをしていた。
どうも、ユリ子にとっては気の進まない施設のようだった。
日中は、特にすることも無く、テレビを見るでもなく、ソファーの前のカーペットに横になってうとうとしてる時間が長かった。
その為なのか、或いは半年近くの入院生活で、夜中に目を覚まし眠れぬ夜を過ごす習慣でもついたか、眠りが浅く、深夜、2時から3時頃になると、トイレに起き、そのまま朝まで眠らず、どんな夢を見ていたのか、孫の名を呼び、何処に居るんだと、横に寝ている私を起こして尋ねる。同じことを何度も尋ね。私が応え、まだ早いからもう少し眠るようにと言っても、孫や、娘の名を囁く様に呼び続けるので、私も眠れず、止めようとすると起きて外へ出て行こうとする。
せっかく、自宅介護に踏み切ろうとしたのだが、ケアマネージャーとの計画を実行する前に、私自身が、睡眠不足と、日常の雑用も思うにまかせず、ユリ子から目を離すのも不安で、このままでは共倒れになりかねないと、再度、鶴見西井病院へ再入院を依頼したが、退院の際に私が答えた、普段の通院を近くの日吉病院へと答えたのが気に障ったのか、冷ややかに断られ、日吉病院に相談しろとの答えだった。
止む無く、日吉病院へ通院したが、他の患者も居て、待ち時間が掛かり、ユリ子はだんだん苛立ち、「帰る」と言って聞かず、制止する私と、果ては看護師にも暴力を振るうようになり、何とか担当の医師と面接、出来れば日吉病院に入院の可能性を願った。
ところが、日吉病院では高齢の患者の入院はお断りしているそうで、担当の医師は、他の病院を探して紹介するから2~3日待ってくれとの返事だったので、空しくその日は帰宅し、日吉病院からの連絡を待つことにした。
2~3日落ち着かない日を何とか続け、ようやく日吉病院からの連絡が有って、川崎市高津のハートフル川崎病院で受け入れてもいいとの紹介を得てほっとした。
自宅介護に踏み切って、当初の1週間は、ユリ子も、自宅に帰れた安心感と慣れた自宅、孫娘が来たり、娘が来たり、自分の姉妹に電話で話したりで、気分が落ち着いていたが、彼女の頭の中では、何がうごめいたのか、夜間の睡眠が相変わらずよく取れないのか、不安を覚えるのか、様子がおかしくなった。
玄関に他の靴と一緒に置いてあった、最近流行りの、丸い穴が幾つも空いたタウンサンダルが、気味が悪いと言って捨てるように泣いてせがんだ。
一寸、その辺へ出る時につっかけて行くんだからと言っても聞かなかった。
結局、息子に持ってゆくようにとユリ子の目から遠ざけた。
新しい川崎市高津の病院では、どうやら落ち着いているように見えるが、面会に行くと、帰りりたいとせがむことも無く、自分ながら何かを感じているのか、面会中も、自ら、早く帰りなさいとさえ言うようになった。
高齢患者が多く、他患者には、面会人も少ないのか、週に1~2回も面会に来る私、時折は息子や娘がきたりするので、他の患者からの嫉妬のいじめがあるようだ。
それと何と無く、諦めに似た感情が生じているのかもしれない。別れ際、何とも形容しかねる悲哀の表情に、私はいつも胸元に込上げる物を押さえ、後ろ髪を引かれる思いでエレベーターのボタンを押す。
面会の間、会話も途絶えがちだし、特に伝えることも無く、ユリ子の頭の中は、何処へ行ってしまっているのか、訳の分からぬことを囁き声で伝えて来る。
難聴気味の私には、よく聞き取れぬ彼女の話に、黙って頷いているだけで、恐らくは、もう、2度とユリ子を自宅へもどして、在宅介護は無理だと念を押されているように思う。
このまま入院を何時まで続けられるのか、いずれまた他への転院を要求されるのではと思いながら、猛暑の中のユリ子の誕生日を迎える。
8月23日、不純な天候とは言え、今日は幾らか暑さが和らいだ。
入院中のユリ子、恐らく、遠からず病院から、転院の話が来るのではと思い、ネットで特養についてチェックし、大和市高座渋谷にある和喜園を紹介され、来週、見学に行く予定を立てたが、ユリ子の入院先の主治医から電話があり、ユリ子が、朝食や夕食を摂らない、一応、無理に食べさせては居るが、廊下に寝たり、おかしな行動が目立つので、拘束具を着けて隔離室へ入れるが許可してくれとの連絡、普通の病院ではなかろうから、そんな患者はユリ子ばかりでもあるまいに、しかし、拘束具等を着けると、精神的は無論、肉体的にも衰えを増すのではと思うが、寧ろ、ユリ子にはかわいそうで哀れではあるが、肉体がぴんぴんしていても、認知症が回復する訳でもなく、体ばかり丈夫では、却ってかわいそうで、帰宅する事も出来ないのでは何の意味もない。
寧ろ、体が衰えて、死を早めた方が、彼女の為にはいいのではと、私は鬼の気持ちになる。
この径は何処へ向かって行くのか。 高騎高令 @horserider
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