3. 千葉正雄 7:05 p.m.

 それまでまさに息を吐く暇もなく続けられていた演奏は、小休止を迎えた。そこでようやく聴衆がお互いに感想を言い合ったり、館内を見渡したりする余裕を与えられた、そんな感じだ。


「ジェットコースターみたいだな」と雄彦が言った。「聴いてるだけなのに、えらい疲れる」

 正雄もその意見に賛同した。ステージ上で発せられる音や振動はエネルギーの塊となって客席に届くのに、それを受け止めている自分たちは、逆にエネルギーを吸い取られているような気がした。

「親父、退屈してない? うるさすぎるとか」

 正雄は未だにどうしても、周囲を満たしているこもった熱気や身体を芯から揺さぶるような轟音と、自分の知っている雄彦とがうまく結びつかず、そう尋ねる。

「退屈? 馬鹿言うな」と痩身の雄彦は力強く言った。「これが退屈だって言うやつの人生なんて、きっと死ぬほど退屈だろうよ」

「そう。なら、いいけど」

「ところで、さっきの曲、間奏のギターソロが原曲とかなり違ってたな」

 正雄は驚いて雄彦を見、そして安堵したように笑みをこぼした。

「なんだ、本当に好きなんだ?」

「だから、そう言ってるじゃねぇか」


 ライトがつき、会場が明るくなる。スモークが焚かれているのか、それとも熱気が目に見えるのか、アリーナの上空が霧がかかったように霞んでいる。それまで歌以外に言葉を発していなかったボーカルが、初めてマイク越しに観客に語りかけた。もちろん英語なのでどの程度の人が理解しているのかははっきりとしないが、それでも彼が言葉を切る度に大きな歓声が起こった。正雄は何とか聞き取ろうとしたがうまくいかず、やっぱりダメかと諦めかけたが、そのとき一つの単語が耳に転がり込んだ。


「おい」と言ったのは雄彦だ。「今、ビートルズって言わなかったか?」

 正雄が唯一聞き取れたのも、四十年前の今日、この場所で、この瞬間に演奏をしていたそのバンドの名前だった。

「うん。言ったと思う」

 会場にこだまする歓声が一際大きくなる。再びライトが落ち、ステージのみが照らし出される。観衆が落ち着くのを忍耐強く待ってから、シルバー・レインが演奏をしたのは「ノーウェア・マン」だった。聴衆は歓呼したが、それによって彼らの歌が聞こえなくなることを恐れたのか、すぐに静まった。バンドは興奮するでもなく、感傷的になるでもなく、淡々と歌い続ける。ボーカルのまとわりつくようなその声は、彼特有のものである気もしたし、ジョン・レノンに似せているようにも思えた。


 やがて演奏が終わる。それまで堪えていたものを一気に吐き出すかのように、人々はみな思い思いに狂喜した。正雄も思わず立ち上がり、控えめながらも拍手を送る。どれだけ経っても、歓声は収まる気配を見せない。正雄がふと気になって横を見ると、雄彦は立ち上がることもなく、表情を失った顔で正面を見据えている。

「親父、大丈夫?」

 正雄が腰を下ろしながら言うと、雄彦は「何だかよ」と掠れた声を出した。

「何だか、昔を思い出しちまってよ」


 正雄が雄彦の肩に手を掛けると、雄彦は恥ずかしそうに手のひらで顔を拭った。

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