4. 小川 舞 7:08 p.m.

 ライヴが始まってからの二十分以上、舞は一度も立ち止まることなく、武道館の前を行ったり来たりしていた。漏れ聞こえる演奏と歓声に高ぶる気持ちと、中に入れないことへのもどかしさのために、じっとしていられなかったのだ。


 やがて今までで一番大きな歓呼の声が建物の中から起こる。舞は思わず立ち止まった。止まって初めて自分がずっと歩いていたことに気づくと、舞はほとんど泣き出しそうになった。見られないくらいなら来なければよかったんだ、と後悔する。


 ため息を吐き、落とした視線の先に、舞はカラスを見つけた。薄闇に紛れるようにして身を縮め、木の根元で何かを突付いている。よく見ると、透明なケースに入ったCDだった。舞はすぐにそれがシルバー・レインのセカンドアルバムであることに気づく。CDを捨てる人がいるなんて信じられない、と舞は思う。


「セカンドアルバムは特に傑作なのよ」

 カラスに言い聞かせるように呟くと、そのCDを拾おうと手を伸ばした。その瞬間、カラスが威嚇するように、「カァー」とも「ギャー」ともつかない声で啼いた。弱気になっていたうえに全く無防備だった舞は、驚いて腰を抜かした。こちらも派手な悲鳴を上げたが、今度はそれに喫驚したカラスが慌てて飛び立った。


 しばらくその場に座り込み、魂の抜けたように呆然としていた舞だが、ようやく鼓動が落ち着くとCDを拾い上げた。ケースの上に落ちた水滴は初め雨かと思ったが、直にそれが自分の目から落ちた涙であることに気がついた。それが驚きのあまり出たものか、それとも悲しくて出たものかは舞本人にもわからなかったが、一つ確かなのは、泣いているうちに悲しくなったということだった。悲しくて仕方なかった。


 不意に、何日か前に届いたメールのことを思い出した。不合格という事実を知らせるだけの簡潔で無機質な文面の最後に、申し訳に「また機会があればチャレンジしてください」と付け加えてあった。

「そんなもの、ないわよ」


 舞はもう一度武道館を見やると、力ない足取りでそこを後にした。

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