Round 2
1. 磯村直樹 5:25 p.m.
勘太郎からのメールを開くと、「悪い。少し遅れる」とあった。いかにも申し訳なさそうな顔の絵文字が三つも並んでいるが、並べればいいってもんじゃない、と直樹は思う。たっぷりと皮肉を込めて、「どうせ、遅刻すると思ったよ」と送ると、「いかにも」と返ってきた。
新宿駅の南口改札を出た直樹の前を、若いカップルが通り過ぎる。女の方が、ビデオ・パラダイスがどうこう言った気がして、思わず二人を目で追う。男の方が、直樹が失くしたのと同じバッグを持っている。俺のCDは今頃どこにあるんだろう、と直樹はため息を吐く。
直樹は時間を潰そうと、駅に程近いファーストフード店に入った。アイスコーヒーを注文し、二階の窓際の席に着いたところで、隣に座っていた初老の男性に声をかけられた。
「すみません、ライター持ってませんかね?」
「あぁ、ありますよ」
そう言って直樹は、腰につけた小さなバッグからジッポーを取り出して渡した。痩身のその男性がタバコに火をつける動作を見ながら、直樹は彼の素朴な雰囲気に好感を抱いていた。直樹の父親よりは一回り年上だろうが、それでも直樹は彼に自分の父親の姿を重ねた。
コーヒーを飲みながらタバコを吹かし、窓の外を行きかう人の波を見ていると、電話が鳴った。
「君の第一声に期待しようじゃないか」と直樹は相手に先んじる。
「誠に申し訳ありませんでした」と勘太郎が電話の向こうで大仰に謝罪の言葉を述べた。まるで電話の向こうで本当に深々とお辞儀をしているかのようだった。「仁義を重んじる古風な男、山瀬勘太郎としたことが」
「お前が古風なのは名前だけだよ。で、今どこ? これから出発する、とか言うのだけはやめてくれ」
「心配しなくても、今新宿に着いたところだよ。そっちはどこ?」
直樹は現在地を説明し、「新宿線の改札前集合にしよう」と提案する。
「了解。あとで、お詫びにアイスコーヒーの一杯でもおごるから」
「今飲んだところだから、勘定だけしてくれ」
電話を切ると、タバコを灰皿に押し付けて火を消し、席を立った。去り際に、隣の席を一瞥する。先程の痩身の男性の隣には、直樹と同じ年頃の青年が座っていた。親子にしては少し歳が離れすぎている気もするが、窓の外を眺める二人の横顔はよく似ていた。
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