第12話
あれからももは大学を中退した。
親の反対は凄まじかったが、ももはそれを振り切り、猛勉強の末、教員試験に合格。
ある高校で教師として働きながら、そこのバスケ部の監督としても活動していた。
県大会ベスト3に入賞するくらいには結果も残せている。
24歳での進路変更。
スタートダッシュが遅れた分かなり苦しかったが、後悔はしていなかった。
それに、どんな時でもさくらが見守ってくれているような気がした。
今でも時々思う。
あれは夢だったのではないか、と。
でもあの日、さくらがくれたものは今でもももの胸に残り続けている。
何も無かった、空っぽだったももの心は今はとても満たされている。
きっとあの時の彼らとはもう二度と会うことは無いのだと思う。
不思議で、暖かくて、優しくて。
きっとこの経験は、この先忘れることはないだろう。
今もあのミサンガは、ももの足元を綺麗に彩っていた。
空を見上げる二条ももが庭にある小さな池に映し出される。
佐藤太郎…もといキツネは、それを見て静かに微笑んだ。
あの後、さくらはキツネに数え切れない程の感謝を述べ、扉から出て行った。
とても満たされた、嬉しそうな顔で。
あの時の彼女は幸せの色をしていた。
成仏出来たのだと思う。
キツネが池に手を翳すと映像はそこでストップし、鯉の泳ぐ、ごく普通の池に戻った。
「…人間というものは、本当に面白い。」
そう呟いたキツネを見て横で紅茶を飲んでいたアルマジロが顔を上げた。
「お師匠さん、なんや嬉しそうですねぇ」
アルマジロの言葉を聞いてキツネは笑った。
庭に通ずる障子を閉めると、スゥ…と障子が壁に吸い込まれる様にして消え、その部屋はいつも通りシンプルな部屋に戻った。
あの時さくらが一番最初に通された和室。
この部屋には色々なまじないが掛けられている。
まじないの種類によって内装が変わるようになっているのだ。
さくらが通された時には障子も庭も無かったが、現世の人間界を除き見たい時に偶に現れる。
勿論全部作り物なので池も実物では無いし、頭上に広がる空も偽物だ。
でもそこに池がある事、鯉が泳いでいる事、空に雲が浮かんでいる事、全て事実だ。
不確かな時間の狭間で、しかし確かに存在する不思議な店。
「ヒョッ!」
水槽の中で水から顔を半分出したオオサンショウウオが鳴いた。
「おお〜サンちゃん!!サンちゃんも今回頑張ったもんなぁ。お疲れさん!!」
「ヒョ〜ッ!」
心做しか嬉しそうに見える。
そんな二人のやり取りを見て微笑んでいたキツネの耳がピクリと動いた。
「………新しいお客様かな。さぁ、仕事の時間だ」
こころのわすれもの 月詠 キザシ @moon_Kizashi
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