九 一番はじめの出来事
真夜中。
男は一人、会議室にいた。電話をかける。
「夜中に、悪い」
「まだ、現場です。どうかしましたか」
「例の砂浜か」
「はい。丘には上がっていますが、心配で」
現場にいるその者とは、もう二五年以上の付き合いだ。元々、超安定物質の運搬に関わる企業の人間だったが、引き抜きという形でこちら側に来てもらったのだった。
「あの大穴があと十個あいたら、どうなる。海面の高さは」
「十個ですか。推測ですが、全く処理をしないとするなら百年単位ですが、世界中の海沿いの街に影響が出るかと。それよりも近海の生態系がすぐにめちゃくちゃになりますね。あとは海流の変化などによって、気候の」
「ああ。そうだよな」
不意に、男は砕けた言い方になった。
スクリーンに、映像が現れた。
「手元にあるか、あれは。電源を入れてくれ」
「今ですか。何をするつもりですか。署長」
「Dと話をする。確認したいことがあるんだ。早急にな」
しばらく、薄暗い会議室の中で考えていた。
部下が電源を入れた。画面は明るくなったが、Dの姿は見えない。向こうも、夜中なのか。
「このままにしておいてくれないか」
「私は穴の様子を見てきますが、すぐに戻ります」
五分ほど、そのまま待った。不意に、自分が映った。
「夜中か、D」
「いや、昼だ。そっちは今、夜なのか」
「A。A、だな。Dでなく」
Dは、目を見開いた。あえてそんな言い方をしてみたのだが、やはり通じたようだ。
「少なくとも現在、世界は二つ。つまり、私とお前だけだ。だから、あんなに探りを入れたんじゃないのか。そっちの技術は、まだ発展段階。だが、当然、外に別の世界があることは予想していた」
「どうして、そう思う」
「お前が私だから、だ。自分がもし、三五年前に穴を開けるという選択をして、今まで仕事をしてきたら、と想像した」
男は、目を閉じた。
「今回、初めて他の世界へつながった。どちらが上なのか、知りたいところだ。他の世界の存在は、脅しのための道具じゃないのか。そっちの言う通り、他の世界があるとして、そこにも自分がいるとしたらとも、考えた。A、B、C。そして、D。自分のほかに四人もいる。それだけいれば、私たちは協力しようとするさ。三五年で世界を一つ救えるのなら、なんとか、お互いの世界を守る方法を考える。まあ、所詮は穴をあけるという考えを持たなかった私の考えだが。それだけだ。根拠はない」
目を開けると、Dは不思議な表情をしていた。笑っているようにも見えるし、悲しんでいるようにも見える。
自分が、かつてこんな表情をしたことが、あっただろうか。
男は、Dの言葉を待った。
Dは、大きく息を吸い、短く吐いた。
「妻が、死んだよ。例の物質の激流で。三五年前だ。最初に穴が開いたのは、私の家の庭だった。あの物質はな、私の仇みたいなものさ。E。我々は、世界を救えそうか」
「了」
激流男 佐藤さくや @satosakuya
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