VOL.6

 エレベーターのドアが閉まると、彼女は俺の首に両腕を回し、首を伸ばして俺の唇を割って、舌を絡めてきた。

 

 彼女がこんな大胆な行動に出てくるとは意外だった。


『金を払ってからじゃないのか?』俺はそういって彼女の身体を放した。


『随分硬いのね』

 また、怪しげな微笑みを浮かべる。


 程なくエレベーターは三階に止まり、ドアが開いた。 この手のホテルはどこでもそうだが、廊下が狭く、人間二人がやっとすれ違える程度に作ってあるところが殆どだ。


 要するに利用客が互いにすれ違えないような仕組みになっているんだろう。


 当然、内部は間接照明で薄暗い。


 その中を彼女はまるで自分の庭を歩くように、何のためらいもなくさっさと歩いてゆく。


 やがて、


『3406』

 と、表示の出たドアの前についた。


 彼女はさっきのカードキーを取り出すと、鍵穴に先端を入れる。


 軽い音がしてキーが解除された。


 ドアのすぐ横のスイッチを押すと、室内が明るくなる。


 けばけばしいというのか、洒落てないというのか、妙な感じの室内だ。


 彼女は円いベッドに腰を下ろし、ハンドバッグからライターと煙草を取り出して火を点けた。


『お客さんも喫う?』


 俺が首を振ると、


『珍しいわね。煙草を喫わないお客って、初めて会ったわ』といって、真っ赤な唇から白い歯をのぞかせて淫らに笑った。


『まあいいわ。聞いてると思うけど、先にお金を頂戴。70分コースだったら2万円、90分だと2万五千円よ』


 俺は黙って裸のまま2万を取り出し、彼女に渡した。


 それを受け取ると、バッグにしまい、ベッドの上に手を伸ばすと、備え付けの室内電話の受話器を取った。


『あ、もしもし、私、サナエです。今入りました。はい』


 それだけ言うと受話器を置き、立ち上がって、


『ねぇ、ぼうっとしてないでさ。シャワーを浴びる?それとも』

 

 俺は服を脱ぎ、備え付けのクローゼットに自分でかけた。


 彼女は彼女で無造作に自分の服を脱いで下着一枚から、いつの間にか裸体になってしまった。


 身体の線は決して崩れてはいない。


『さ、バスルームに行きましょ』


 サナエはそういって俺の手をひっぱるようにしてバスルームに誘った。


・・・・それから後の事?


 まあ、特別細かく話す必要もないだろう。


 俺たちはそう言った二人がする、


『当たり前のこと』を、


『当たり前のように』済ませたに過ぎない。


 勿論俺はICレコーダーをずっと回しっぱなしだった。


 彼女のテクニックだって?


 よかったよ。


 しかし仕事だからな。


 数日経って、俺は、


『清水ますみ』に電話をかけ、経堂の自宅に行き、報告書と数枚の写真、それからICレコーダーの音声を聴かせた。


 彼女は丹念に報告書を目の前で読み、写真を確認し、レコーダーの音声を聴いた。


『ご苦労様でした・・・・』


 全てが終わると、彼女は大きく息を吐き、俺の前に封筒を差し出した。


『探偵料と必要経費ですわ・・・・少し多めにしてあります』


 思ったより落ち着いていたので、俺は少しばかり意外だった。


『くれぐれも、このことはご内密に・・・・・』


『勿論です。私は「サナエ」を調べたのであって「清水ますみ」さんを調べたわけではありません。』


 俺は素っ気なく言うと、そのまま立ち上がって、清水邸を辞去した。


 空はどんよりと曇っている。


 何となく気持ちが晴れない。


 別れ際、玄関まで俺を送ってくれた彼女の見せた怪しげな笑顔・・・・あれが少し気になったからだ。


しかしまあ、そんなこと、どうでもいい。


 明日からはまた新しい年が始まる。


(さあて・・・・金も入ったことだ。大みそかは徹夜で呑みあかすとしよう)


 俺はそう呟いた。


 雪がちらついている。


 くしゃみが一つ出た。


                                 終わり


*)この物語はフィクションです。登場人物その他全ては架空であり、作者の想像の産物であります。

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Oh! pretty woman! 冷門 風之助  @yamato2673nippon

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