VOL.5
俺は窓際の、一番出入り口に近い席に座っていることと、俺の服装を細かく告げておいた。
すると、かっきり20分で、
『サナエ』が姿を現した。
電話で伝えられた通り、黒のロングコートにサングラス、そして大きなミラーグラス姿をしている。
一応、店の中を見回してから、俺の服装を確認すると、黙って向かい合わせに腰かけると、
『コーヒー!』と、まだオーダーも取りに来ていないのに、ぶっきらぼうな口調でウェイトレスに向かって呼び掛けた。
確かに目の前にいたのは、清水ますみ・・・・と言いたかったのだが、それは彼女ではない、やはり『他の誰か』・・・・つまりは、
『サナエ』という女なのだ。
『コーヒーはおごりでいいでしょ?』
媚を含んだ笑顔で俺を見ながら声をかけてくる。
『お客さん、ここ初めて』
『ああ』、
俺は彼女に合わせて答えた。
『お金は後で貰うわね。で、どこか知ってるホテルはあるの?』
俺は黙って首を振る。
『そう、じゃ、あたしの知ってるホテルでいいでしょ?』
彼女は運ばれてきたコーヒーをブラックのまま、一気に飲み干すと、
『さ、いきましょ』
急かすように立ち上がった。
表に出ると、彼女は俺の腕に自分の腕を絡めて、足早に歩きだした。
そして10分ほど歩いたろうか?
別に聖人君子を気取るつもりはないが、俺は巣鴨のこんな場所に、
『ラブホテル』と呼ばれる建物が密集しているとは本当に知らなかった。
彼女はその中の一軒一軒を指さして、
『ここはどう?』と、俺に聞く。
この間のヨーロッパ中世のお城まがいとは違い、ちょっと目にはごく普通のビジネスホテルに見えた。
カノジョは俺が黙って頷くと、彼女は俺に絡めた腕に力を入れ、誘い込むような感じで、ホテルの中に入っていった。
ロビーはがらんとして誰もいなかった。
正面の壁に、碁盤の目のように四角く区切られたパネルがあって、番号が振ってある。
灯りが点灯していないところが、どうやら空室になっているらしい。
『サナエ』が肘で俺の脇腹を突いた。
どうやら、
『部屋を選べ』と合図をしたつもりらしい。
俺は何も言わず、
『3406』と表示が出た部屋を指で指し示すと、彼女は手慣れたようにパネルにタッチする。
すると一番下から、カードキーがヴィヴァルディの、
『四季』のメロディと共に出てきた。
(ラブホテルにバロック音楽とはマッチしないな)
少しおかしく思いながらも、カードを手にすると、彼女は相変わらず急かすように、パネルの奥のエレベーターに押し込む。
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