5話:ネトゲ廃人と異世界召喚

体が軽い。まるで宙を泳いでいるようだ。

こんな体験は親父の仕事の手伝いで大気圏ギリギリの高度からスカイダイビングもとい降下作戦をした時以来かもしれない。


地球からアウル・アダムネシアの招待により、宇宙空間や多重次元空間をアウルの召喚魔法を用いて超長距離移動させられていた偉奉都鷹は、気を失っていながらも深層意識のなかで魔法による長距離移動の心地よい浮遊感を感じ取っていた。


やがて偉奉都鷹もといシュウを乗せた召喚魔法の流星はアウルが待つ惑星セフィロトを捉え、目的地であるアウルの屋敷目がけて惑星の大気圏へ突入を開始した。この時、ユナイテッドマギア共和国の魔術連合軍本部では、前代未聞の超高濃度の魔力を宿した未確認飛行物体の惑星への飛来に大騒ぎとなっていた。そのなかで共和国の何人かはこの飛来物の原因は大魔導師アウル・アダムネシアではないかと嫌な予感を頭に過らせる。


「おぉ、もうまもなくお客様が到着されますな」

「ようやくアウル様の大事な方をお迎えできますね!」

「アウル様、もう少し後ろに下がったほうがいいんじゃないですかね。んー……はい、その辺りなら問題ないかと」


アウルの屋敷近辺に流れる河川の終点に位置する滝の先端には大きな丘陵があり、丘陵中央付近にはシュウの到着を待つアウル、老執事のゼロ、メイド長のエヴァ、狩人であるロードの姿がそこにあった。


「待ちかねたぞ、相棒よ!」


従者のゼロ達を連れてシュウの到着を待っていたアウルは、召喚魔法の着陸地点となる魔法陣を展開しつつ、大手を振って上空に煌めくアウルを乗せた流星に向けて声を張り上げた。流星は大気圏を越えて着陸地点の地上に展開された魔法陣目がけ、徐々に速度を落とすことなくスピードが増して行く。アウル達への距離が残り数メートルとなったとき、流星は魔法陣の中心地点で虹色ごとく光り輝く巨大な柱に変化した。


「おー、これがご主人様からお聞きしていた噂の虹色演出!」

「いやー、エヴァ姉さんそれとはちょっと違うんじゃないかな」

「たしか、ガチャというやつですかな」


アウルの従者たちは虹色の柱について、主人から得たある種に片寄った部類となる地球の知識のなかにある「ガチャ」なるものと重ねる。


「んふぅ、フィラーヘルツオンラインでもガチャシステムがあったものでね。一度実際に演出してみたかったのだよ。ちょっと虹色演出の為だけに術式を組むのに苦労したがね」


相変わらず才能の無駄遣いをする主だと従者たちが生暖かい目をアウルにおくっていると、次第にシュウを包む虹色の柱は中心点に向けて縮小して行き、数メートルほどの大きさまで外周部が縮んだ瞬間、破裂するかのように眩い光と暴風を起こして虹色の柱はガラスの破片のように割れて消滅した。


「やあ、『偉奉都 鷹』もとい『シュウ・イヴサト』殿。惑星セフィロトへようこそ!」


惑星セフィロトへ術者であるアウルの客人を招くに役目を終えて消滅した虹色の柱からは、長い旅路を終えて次第に意識が戻り始めたシュウが宙に現れ、ゆっくりと高度を下げて地球人未踏の大地へ降り立った。


「あー、何から突っ込めばいいかもう諦めましたけど……コホン、お招きどうもありがとうございますよっと、アウル殿」

「うんうん、長旅ご苦労様。約束通りやって来てくれた君にはフィラーヘルツのようなリアルな剣と魔法の世界をこれから味わって楽しんでほしいものだ」

「剣と魔法……まあ、こんなド派手にお呼ばれした時からそんな気はしてましたがね。まさかラノベによくある異世界召喚の当事者になるとは……」

「ラノベ!あれはたしかに魔導書や論文とまた違って良き書物だ。これからの我々の物語もラノベとして執筆するのも面白そうだね」


オンラインゲームのデジタル上や地球での魔術を介した対面とは異なり、お互いに生身の実体での初対面を果たしたアウルとシュウであったが、どのような状態での対面でも二人とも違和感なくいつもと変わらぬ会話を楽しんでいた。


「さて、シュウにはこれから色々案内や説明やらのチュートリアルを始めてもらうことになるのだがね。まずはワシの自慢の従者もとい家族を紹介しようじゃないか」

「チュートリアルとはこれまたアウルらしいというか何というか。で、そのアウルの後ろにいる方々が?」

「そうとも!この3人が執事のゼロにメイド長のエヴと狩人のロードだ」


アウルの後ろに控えていた従者達は主の紹介後にシュウの前へ整列し、それぞれ順に挨拶をして行く。


「執事のゼロ・バートンと申します。当家の主が最も信頼を置かれているご友人にお会いでき光栄の至りです。以後、お見知りおきを」

「お屋敷でメイド長を勤めさせて頂いているエヴァ・クライムと申します!長旅でお疲れかとと思いますのでこの後しっかりおもてなしさせて頂きますね!」

「屋敷では主に食料調達や警備を担当している狩人のロード・クライムと申します。アウル様からお噂はかねがね、どうぞこの世界をお楽しみくださいませ。それとお気づきかもしれませんが、こちらのエヴァ姉さんとは双子の姉弟です」


アウルの従者達が順に挨拶を終えると、シュウはフィラーヘルツで見慣れていたアウルの容姿とはまた違ったゼロたちの異質なまでに整った顔立ちに驚きつつも、眼前に広がる風景と合わせて自身が立っているこの世界はこれまでにない未知の世界なのだと認識した。


「ご丁寧にどうも。既に名前はご存知のようですけど『偉奉都 鷹』といいます。呼び方とかはアウルと同じように気軽にシュウでいいですよ。どうぞよろしく」

「「「よろしくお願い致します」」」

「うんうん、積もる話もまだまだあるからそれじゃあ早速ワシの屋敷にお連れしようかね」


自慢の従者と相棒の挨拶に満足な様子のアウルは早速シュウを我が家へ案内しようと屋敷へ足を向ける。その時、突如アウルの前方から突風が吹き荒れ、アウルが首に巻いていたマフラーが風に飛ばされて宙を舞う。


「あっ……ワシのマフ……!」


シュウは上空の目の前に飛んできたマフラーを咄嗟に跳躍してキャッチし、着地までの最中に視界には丘陵先に広がる惑星セフィロトの雄大な景色が広がる。


「すまんシュウよー!ありがとー!」


新年早々に次なる旅路がまさかこのようなビッグイベントになるとはシュウは想像だにしていなかったが、眼前に映る地球上にはどこにも存在しないこの惑星の幻想的な風景を眺め、これから始まるであろう冒険に胸を踊らせながら口元を綻ばせていた。


「はいよっ」


地面に着地し、アウルにマフラーを渡したシュウは満面の笑みで喜んでいるアウルの顔に釣られて、自身もまた頬笑みを返す。


「いやはや、アウル様があそこまで喜んでおられる顔をされるのはまことに珍しいものですな」

「私共と過ごされている時もにこやかにされている時は多いですが、あのお顔は格別ですね」

「僕達も長年お仕えしてますが、たしかにあれほどの笑顔は初めてですね。これは早速シュウ様に感謝しなくてわ」


丘陵上でお互いに頬笑むアウルとシュウを暖かな目で眺める従者一同は、地球からの主のお客様に対して感謝の念を感じると共に、この時シュウこそより一層アウルに幸せを届けてくださるだろうと核心めいたものを感じ取っていた。


地球からの来訪者シュウがもたらす大魔導師アウルの幸せ。この幸福が惑星セフィロトにもたらす結果は果たして幸か不幸か。その第一の目撃者はユナイテッドマギア共和国が担うことになるだろう。


いまこの時、第一次革命大戦の始まりを示す時計の針は刻一刻と進み始めた。

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ネトゲ廃人の学び舎構築 @shihonome_wm

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