4話:ネトゲ廃人と古巣の下級軍人
緑が幾重にも生い茂る森林地帯。その森林の一角で年始早々に拠を構える者が二人。
「……魔導世紀が記念すべき100年目を迎えるというのに、新年早々にこの任務とはツイてないぜ」
「僕はこの任務に着くのは初めてですけど、たしかジェイリーさんは2度目でしたっけ?」
魔導世紀100年1月1日、昨年の年末に開かれた部隊内の宴にて新年初任務の貧乏くじを引かされたこの二人組は、まだ日が昇り始めて間もない寒空の早朝からとある危険人物の監視任務に着いていた。
「ああ、その通りだよストリチュア君。前にこの任務に着いたのは3年くらい前だったな」
「監視対象の資料には一通り目は通してありますけど、だいぶ長いこと監視されている危険人物っていうのも珍しいですね」
二人組は望遠レンズのスコープのように活用される視覚強化型の魔術を用い、監視対象の拠点に不穏な動きがないか見張りを続けている。
「たしかにこの見張りもかれこれ数年間行われているが……、ただ見張ってるだけで楽なのはいいものの正直何も起きないから暇すぎるんだよ、相手が危険人物なら尚更もっとこう刺激的な展開があってもいいくらいにな」
過去に一度この任務に着いた経験を持つ二人組の1人は今回も退屈な任務になるだろうとぼやき、何かしらの変化はないかと物騒な物言いをする。
「恐いこと言わないでくださいよ、危険な監視対象が大人しくしているのはいいことじゃないですか。まあでも、サボり癖のあるジェイリーさんがそこまで言うなんてよっぽど暇な任務なんですねコレ」
惑星セフィロトにて世界最大の魔法大国と謳われる「ユナイテッドマギア共和国」。魔法文化が盛んな共和国を統治する六大派閥による政府機関から構成された魔術連合軍。その連合軍にて斥候部隊に所属するこの男等「ジェイリー・ウットマン」一等戦尉と「ストリチュア・エルスター」二等戦尉。今回の任務が初の着任となるストリチュアは監視対象の資料に再度目を通し始めた。
「監視対象『アウル・アダムネシア』、危険度AA+、年齢20歳、性別は女性、ユナイテッドマギア魔法学院にて14歳の若さで魔導師号を獲得すると共に無名家ながらも政府機関から特別貴族として『伯爵』の爵位を得る……何度読み返しても共和国に住む人間からしたらとんでもない大物に感じますね」
ストリチュアがアウルの経歴に改めて驚嘆の念を抱くのは無理もなく、この惑星セフィロトに魔法が台頭し始めた新世紀である魔導世紀において、新世紀の魔法文化の繁栄を担う者はこれまで通り長い年月の研鑽を重ねてきた優秀な魔導師たちだという考えが魔法に携わるものの間で確固たる共通認識とされていた。そういったなか、数ある天才と謡われた魔導師のなかでも齢14という最年少で現在の魔導世紀に最も多くの魔法を生み出し、魔法文化の繁栄に最も貢献した魔導師はアウル・アダムネシアただ一人とされていた。
「魔導世紀始まって以来の稀代の天才様は二つ名で『魔眼の梟』なんて大層なものも持ってるが、いまでは周りの連中には『虚像の賢人』なんて言われて煙たがられてるけどな」
「それほどとは……アウル・アダムネシアは博識なのか胡散臭い人物なのかよく分かりませんね」
魔導師のなかでも共和国から二つ名を授けられるほどの才覚を持つ魔導師は稀有な存在とされており、若くして二つ名を授かったアウルに対して多くの魔法使いが感嘆と称賛の声を挙げていたが、共和国から危険人物として扱われ始めたアウルに対して魔法使いのなかでもアウルのこれまでの軌跡から畏怖と疑念を感じるものも時が経つにつれて増え続けていった。
「魔導の高みへ登り詰めたはいいが今では共和国に危険視される取り扱い注意の没落貴族様だからな、凡人で収まってる俺たちには何やらかしたらこんな辺鄙な所に追放まがいなことになるのかなんて想像もつかねえよ」
「資料を見る限り、書類上では国家反逆罪に相当する議論が共和国側と魔導師アウル側で行われたのが監視対象に施行された措置だと記録はされていますけど、問題の議論内容はトップシークレットで一兵卒の僕等には知る由もないんですもんね」
アウルが共和国から離れ、辺境の地に身を置くきっかけとなった共和国との対立の真相は共和国を統治する六代派閥や政府機関のなかでも高い地位に座するものにしか知れ渡っていなかった。魔術連合軍のなかでも一部の者しか把握されていないことから、アウルに関する任務に携わる兵士たちでもことの真相を知るものがほとんどいないことと合わせて、魔術連合軍内でもアウルの存在を不気味がるものも少なくはない。
「いいーんだよ知らなくたって。任務に刺激がほしいとはいったが面倒ごとに巻き込まれるのだけは御免被りたいからな」
「そうなんですけどねー、でもこう僕としては任務に就くからには何かしら身を引き締まらせるようなものほしくなるんですよね」
お気楽で基本やる気のないジェイリーとは反対に、出世意識が高く日頃の仕事に対しても人並みには生真面目に取り組んでいるストリチュアは新年早々の初任務から気を引き締めて取りかかろうとしていた。
「真面目だねえストリチュア二等戦尉殿は。それなら早く出世して俺にお零れでも分けて頂戴な」
「それならまだ先輩より階級の低い僕にお酒奢らせるのやめてほしいんですけどねえジェイリーー等戦尉殿?」
「おーこわやこわや、そんな細かいこと気にしてたら出世出来ないぜえ」
ストリチュアとジェイリーがたわいのない話をしていると、突然2人の視界に警告を知らせるアラートの文字群が現れる。
「っ……!!ジェイリーさんこれは……!!!」
「おいおいおい冗談だろ……!!」
監視用の視覚強化型の魔術の他に、視覚以外からの情報を得る為に展開していた魔力感知型の魔術が超高濃度の魔力値を監視対象であるアウルの屋敷近辺で観測した。ストリチュアたちに鳴り響くアラートに呼応するかのように辺り一帯の森林全体で木々がざわめき出し、超高濃度の魔力が観測された地点の中心からは魔術を使わずとも目視できるほどの巨大な魔方陣が荒れ狂う暴風と眩いほどの光と共に展開された。
「ありえねえ……退屈とは言ったが、こんなの今まで聞いたこともねえぞ!」
「いっ、いったい何が起きるんですか!?」
「分からんがこいつは悪い予感しかしねえ……!早く本部に連絡すん……!!」
ジェイリー達が予想だにしていなかった緊急事態に慌てふためいているのをよそに、突如出現した魔方陣は次第に風と光の奔流が勢いを増して行き、魔法陣に目がけて空から極大な光の柱が降り注いだ瞬間、けたたましい轟音と共に視界を覆いつくさんばかりの光が辺り一帯を飲み込んだ。
「ゴホッゴホッ……い、生きてますかジェイリー一等戦尉?」
「……ああ、二階級特進の出世ならずで残念だったなストリチュア二等戦尉……。ったく……こりゃあ本当に災難な新年になりそうだぜ」
惑星セフィロトに突如降り注いだ一柱の光。
ユナイテッドマギア共和国が統べる魔導世紀において、最も優れ最も危険な魔法使いとして知られる大魔導師アウルが生み出した魔法と科学を融合させた新たな技術「錬醒術」。その錬醒術を世界に初公開と相成ったアウルが召喚術式により出現させた極大の光の柱は、惑星セフィロトにアウルの相棒「偉奉都 鷹」を無事に招き入れた。
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