3話:ネトゲ廃人と相棒の邂逅

まだ見ぬ世界を歩きたい。

この世に生を受け、22年の時を生きる一人の男の行動原理は物心が付いたその時から色褪せることなく新たな道を歩み続けることであった。


「フィラーヘルツの次は学び舎の運営か……、人生どこで何があるか分かりませんな」


時刻は深夜0時を過ぎた20××年1月1日。

新年を迎え、5階建てマンションの自室のベランダから夜空を眺める青年は先ほど淹れたばかりの珈琲を口にした。

東京都内のとある大学近くに位置するマンション4階に住居を構える青年『偉奉都 鷹(いぶさと しゅう)』は大学卒業後の数ヶ月の間、幼い頃に孤児院から自身を引き取った育ての親を手伝おうと昨年の12月26日まで世界中を転々としていた。


「親父の手伝いも大変だったけど、日本にいるだけじゃ体験出来なかっただろうし人生経験にはなったな……」


父親の手伝いが終わり、鷹が日本に帰国した時にはクリスマスも終わりを迎えていたが、降りしきる白い雪が街並みを彩っていた。


「フィラーヘルツのクリスマスイベントには間に合わなかったけど、年末のサービス終了は無事に参加……したのがきっかけで次は学び舎運営とはね」


オンラインゲーム「フィラーヘルツオンライン」にて長年を共にしてきた相棒『アウル』からの申し出により、学び舎の運営に協力することになった鷹もとい『シュウ』であったが、リアルの現実世界でならまだしも、まさかゲームの世界を通して知り合った人物から実際にリアルにて学び舎の運営を依頼されるとは想像だにしていなかった。


「改めて考えると、いきなり学び舎を作ろうと思うから協力してほしいなんて胡散臭すぎるけど……まあ、あの人になら付いてくのも悪くはないかな」


フィラーヘルツオンラインにてアウルのリーダーシップ・カリスマ性と行動力に惹かれるものは多く存在し、アウルの相棒のシュウもまたアウルという存在に魅入った一人であった。そのなかでもアウルの隣に立てる人物もまた希少な存在であり、アウルとは違ったカリスマ性を持つシュウもまた注目の的であったが、アウルに一番振り回される気苦労の絶えない苦労人として生暖かい目でも見られていた。


「退屈はしなさそうだけど、ゲームの時以上に苦労しそうなのはたしかな気がするんだよな」


そんなこれから待ち受けるであろう苦難の数々を予想するシュウは、数時間後の出発に備えてそろそろ眠りにつこうと布団に入る。


「学び舎は海外に作るようだけど、本人曰く場所は会ってからのお楽しみで待ち合わせは日本の都内とはあの人らしいというか何というか」


アウルとの集合場所はフィラーヘルツオンラインを開発・運営していた企業「ブレイヴ」の東京本社前の巨大なスクランブル交差点広場となっており、フィラーヘルツがサービス終了したばかりで年始早々でもあるから人でごった返していそうだなと思うシュウであったが、眠気が増して行き次第に眠りについていった。



20××年1月1日午前11時頃、ブレイヴ東京本社前のスクランブル交差点広場には新年早々に騒がしく新年を祝う人で溢れ帰っていた。アウルとの待ち合わせの時間までもう間もなくのなか、広場中央には数十分前ほどからシュウがアウルの到着を待つ。


「もうそろそろ待ち合わせの時間か」


まだアウルが集合場所に到着していないことを先ほどから周囲を確認していたシュウは、アウルに一度連絡を取っておこうかとおもむろにスマートフォンを手に取る。


「アウルが言うには『ワシはほぼフィラーヘルツのままだからすぐ気づくさ』とは言ってたけど、一応通話しながらのほうが見つけやすいよな」


アウルに通話を繋げようとシュウがスマートフォンを操作しようとした瞬間。


「おや?待ち合わせ時間より早めに到着しているとは殊勝な心がけじゃないか」


突然シュウの背後から透き通っていながらも胡散臭さを感じさせる少女らしき声が聞こえたと共に、これまであらゆる事柄の経験をしてきたシュウが予想だにしない現象が起きた。


“世界の動き”が止まったのだ。


「やあ、シュウ殿。実際の君に会うのはこの時の為に楽しみにとっておいたのだが、いやはや期待以上の好印象だよ」



広場の喧騒は音もなく静まり、人や車を含む動くものすべてが時を止めたのかのように停止した。シュウが背後を振り向くと、そこには白く透き通った肌に宝石のようにきらびやかな青い瞳、黄金のように輝く小麦色の髪をした少女『アウル』がそこにいた。


「ほんとに……そのまんまなんですね、アウルさん?」

「ほう、びっくりさせたかったのに意外と動じてないね」

「いや、十分驚きましたけど。それとー……まるで俺達以外の時が止まっているように見えるのも」

「ああ、ワシがやった♪」


時を止めるなど現在の地球上ではありえない現象をシュウは目の当たりにしながらも、アウルがその原因なのだと認識すると、何故か納得してしまう自分自身の順応性も気が狂っているなと思えてきた。


「それにしてもシュウよ、実物の君はフィラーヘルツの世界よりも少し優しそうな顔付きをしているのだね」


シュウはフィラーヘルツオンラインにて、自身のキャラクターメイキングは現実の自分に似せつつ少し強面な人相にしていたが、実物のアウルを目にしたシュウは話には聞いていたとしてもフィラーヘルツオンラインのアウルと瓜二つの少女が本当に現れるとは半ば予想だにしていなかった。だがアウルの姿よりも驚き、一番シュウが完全に理解が追いついていない事柄は時が止まっている超常現象だ。


「あー……うん、色々聞いておきたいことが山ほどあったんですけどね。まず第一に説明してほしいことが」

「まあまあ、積もる話は招待を終えてからしようじゃないか」

「……招待?」


次の瞬間、アウルが指を鳴らしたのと同時にアウルとシュウは光の柱に包まれた。


「!?!!!?」

「おお!ようやく期待通りにびっくりしてくれたね」


光の柱の内部は虹色の粒子のようなものが風と共に渦巻き、アウル達の足元には巨大な魔法陣のような青い紋様が出現する。青い紋様の光りが増して行き、光の柱で荒れ狂う風の奔流が強さを増すと共に、アウルとシュウの身体が宙に浮き始める。


「少しは俺の質問に答えてからっ……!!」

「さあ、ではご招待しよう”惑星セフィロト“へ!!」

「ああもうどこですかそこおおおお!!!!」


シュウの叫びをよそに、アウルの出発の合図と共に視界が遮られるほどの光が迸り、アウルとシュウは光の柱と共に天高く舞い上がっていった。アウル達の出発と共に時間停止のような不可思議な現象も解け、世界の歯車も再び周り始める。


「……わっ!何なのこの突風!!?」

「あれ?いまさっきまで目の前にいた人が消えたような……」

「何だったんだ一体……?」


世界が動き始めたと共に広場にはアウル達が残した衝撃波により風が吹き荒れた。シュウがアウルと対面したのは一瞬の出来事であり、時間が停止したわけではないことから、広場にいた群衆には風が突然吹き荒れたとしか認識出来なかった。


「ああ……もう……まあ、何とかなるか……」


アウル達を包む光の柱は流星に変わり、地球の大気圏を越えて宇宙空間にへ突入した。理解力と順応性に自信のあるシュウであったが、予想外の出来事の連続により気を失い、ただアウルの派手な招待とやらに身を任せる。


「ああ、言ってなかったが今のワシは幻像による立体映像みたいなものだからまた後で会おう」


良き旅をと言葉を残すとアウルは姿を消し、シュウを乗せた流星はアウルが待つ惑星に向けて突き進む。

後に惑星セフィロトの新年に到来した謎の流星は、セフィロトの歴史に刻まれるかつてなき大戦の種火だと語り付かれて言った。


これより始まるは大罪人となる一人の魔法使いと、その相棒もとい共犯者による革命の幕開けである。

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