2話:ネトゲ廃人と従者の朝

広大な大地を覆う緑豊かな草原に風がそよぎ始め、地平線の向こうからは1日の始まりを告げる眩しい朝日が昇り始める。


白き山々を背にする水底が覗けそうなほど澄んだ湖畔には山側から長い滝が伸び、その先には魔法使いが住まうといわれている屋敷が存在する。


「ん~!今年最後の朝陽が昇ってきましたか~、まだ少し肌寒いですが今日も良い天気が続きそうですねー」


屋敷の敷地内に広がる緑豊かたな庭園には、日課となっている庭の掃除を終えた白黒の洋装の衣服を見に纏う、人間らしき少女が大きく体を伸ばしていた。


「ふう、ご主人様に召喚されて仕え始めてからかれこれ数十年、この大きな庭園と大きな彫像との付き合いもだいぶ長くなったものです」


貴族に仕えるとされる侍女の姿をしたこの少女。

一見人間の様相を呈しているが、その実態は屋敷の主である魔法使いによって生み出された人型の使い魔だ。幼き人間の姿ながらも生まれてから現在の時に至るまで、その姿形は老いることのない召喚されてから50年目を迎える働き者の幼女メイドである。


「この庭を初めて見たときはあまりの広さに驚かされたものですが、それよりもあとから建てられたこの白い彫像さん……何度見ても変わったデザインしてますね」


庭に飾られた巨大な彫像は、この屋敷の主である魔法使い自らによってデザインされており、彫像は魔法使いが土や鉱石から魔力で生成するゴーレムを、細かな彫刻が施された鎧で着飾ったような作りとなっていた。

幼女メイドが主である魔法使いから聞かされた話曰く、異界の惑星に存在する白き機械鎧の彫像を参考にしたようだ。


「たしかこの惑星とは違う『チキュウ』という惑星にある『ニホン』という国の『オダイバ』という地域に存在する彫像を参考にされたようですが……」


幼女メイドは主が魔力で写し出した映像を通してその白い機械鎧を見たことがある。映像越しでもいまにも動き出しそうな迫力はあったようだが、魔法使いが製作した彫像と姿形は瓜二つというわけではなかった。


何でも、存在する惑星は違えど法に触れる恐れがある為、あくまで自らのイメージを優先してデザインしたと幼女メイドは主に聞かされている。


「いまさらですが、ご主人様のこだわりとやらはたまによく分からなくなりますね……まあ、そんなご主人様ですから私もこうやって末長くお仕え出来ているのかもしれませんが」


幼女メイドがそんな物思いに耽っていると、庭の各所から幼女メイドと同じく白と黒を基調としたメイド服を身に纏い、妖精のような羽を生やしたヌイグルミらしきもの達が幼女メイドのもとに集まってきた。


「おや?貴女達、もう庭のお掃除が済みましたか?よしよし、いつも仕事が早く丁寧で私も鼻が高いです」


幼女メイドの周りに群がるヌイグルミのような妖精達は幼女メイドが使役する使い魔だ。主に幼女メイドがメイド長としてリーダーを務め、屋敷での仕事を使い魔たちに指示を出すことが幼女メイドの日課の1つでもある。


「庭のお掃除も終わりましたし、そろそろ朝食の時間ですね」


幼女メイドが今日の朝食のメニューは何だろうと考え始めた頃、屋敷から黒の燕尾服を身に纏う物腰の柔らかそうな老紳士の執事のような男が庭へやって来た。


「エヴァさん、庭のお手入れお疲れ様です。お飲み物をお持ちしましたよ」

「あっ、ゼロさん。ありがとうございますー」


幼女メイドを『エヴァ』と呼ぶ老執事『ゼロ』は、エヴァに屋敷から運んできた煎れたてのハーブティーが注がれたカップを差し入れた。エヴァはゼロが差し入れたお茶を受け取り、カップから香り立つハーブティーの清澄な香りを楽しむ。


「うーん、ゼロさんの煎れるお茶は格別ですー」

「ありがとうございます。他にも先日仕入れた良き茶葉がありますから、朝食の際に煎れましょうか」

「それは楽しみです~♪」


エヴァがゼロの煎れたお茶を堪能していると、屋敷の方向から朝食のものと思われる料理の美味しそうな匂いが香り始める。


「こちらもイイ匂いです~、年末最後の朝食は毎年一味違うので献立も期待しちゃいますね」

「エヴァさん、朝食の配膳は私が行っておきますのでアウル様の方をお願い出来ますかな?」

「了解しましたー!ご主人様お呼びしてきますー」


ゼロより一足先に屋敷に戻ったエヴァは主のアウルが居ると思われる書斎に向かう。昨夜は今朝にかけてまでアウルが大事な用事の為に書斎で徹夜をしていたことを認識していたエヴァは、屋敷の1階中央階段から3階の各階まで伸びる階段を進み、3階に1室だけ存在する書斎の大きな扉の前に立つ。


「ご主人様まだ起きてらっしゃるかなー?」


アウルが夜間から今朝にかけてまで起きている際は大抵寝落ちをしている場合が多い為、ご主人様のことだから涎を滴ながら気持ちよさそうにだらしなく寝ていらっしゃるんだろうなと想像しながらエヴァは身だしなみを整える。


「ご主人様ー!意識はございますかー?」


書斎の扉をノックしようとエヴァが扉に腕を伸ばそうとしたところ、突然書斎からアウルのものと思われる高笑いが聞こえてきた。エヴァは主の突然な笑い声に驚きながらも書斎の扉を開け、部屋中央で仁王立ちをしながら高笑いをしているアウルを見やる。


「ご主人様起きていらっしゃいましたかー、珍しいこともあるものです」


目覚めたのか起き続けていたのか定かではないが、珍しく徹夜明けでも元気な主をエヴァが眺めていると、高笑いを続けていたアウルは家族のように愛でている従者の一人であるエヴァの存在に気付く。


「おや?エヴァじゃないか、おはよう」

「おはようございますご主人様、何やら良いことがあったようですがどうされましたか?」

「よくぞ聞いてくれた!さすがワシのメイド長!」


主がご機嫌な時は何かしら奇天烈なアイデアを思いつかれた時が多いことをこれまで目の当たりにしてきたエヴァは、また忙しくなりそうだなと思いながらも一秒でも早く話しかけたそうにしているアウルの話を聞く。


「イイ知らせと悪い知らせがあるが、どちらから聞きたいかな?」

「では悪い知らせからどうぞ」


アウルの言い回しは面白可笑しく喋る節があり、そんな主をお相手することにも長年の付き合いから日常の習慣の1つになっているエヴァ。何でも、『チキュウ』での交流を通して郷に入り郷に従った結果だとエヴァはアウルから聞き及んでいる。


「まず悪い知らせはワシが長年愛したゲーム『フィラーヘルツオンライン』がサービス終了もとい終わりを迎えてしまった、非常に悲しくもあるが一つの人生をやり遂げた感覚もあるかな」

「左様でございますか。たしかご主人様が熱心に日々取り組んでいたゲームでしたね、お疲れ様でした」

「うむ、ありがとう」

「して、良い知らせとやらは?」

「ふむ、良い知らせか。それは……」


先刻の高笑いの余韻を胸に、アウルは両手を天高く挙げるとエヴァだけでなく屋敷全体に響かせる勢いで良い知らせの内容を打ち明ける。


「これよりオペレーション『世界革命』を始動させる!まずは我が帝国こと学び舎の創立と、地球から客人を招くぞおおおーーーー!!!!」

「あー、ついに始まってしまうのですねー」


予想通り忙しくなるどころか、前々から聞かされていた計画は世界を巻き込む大騒動になるなーと遠い目をしながらもアウルの宣言に了解するエヴァであったが、せっかくの朝食が冷めてしまうことを思い出す。興奮気味のアウルが一度喋り始めると話しが長くなることをエヴァは熟知していた。


「ではご主人様、お腹が空いては戦とやらは出来ませんからまずは朝食と致しましょう」

「そうだな、腹が減っては革命は出来ぬ!」


オペレーションの開始を宣言し、徹夜明けにも関わらず意気揚々と書斎を出ていくアウルは付き従うエヴァに今後の流れを話し始める。


「まずは貯蔵庫にある学び舎用の建築材料を確認せねばな。必要数は既に足りていると思うが、念の為に再確認をしておこう」

「かしこまりましたー、たしか重要な材料はまだ確保出来ていなかったと思うのですがそちらはたしか……」

「うむ、重要な材料は後で地球からの客人とワシで確保しておくから問題ないさ」

「大事なものは後にとっておくのはご主人様らしいですね~」

「楽しみは後にとっておいた方が面白いからな!」


こちらに招待されて早々に地球からの客人様は苦労しそうだなとエヴァの内心を他所に、アウルは学び舎の建築に必要な重要材料の収集が今から楽しみでしょうがない様子。朝食に向かいながら1階の中央階段まで歩を進めたアウル達は、屋敷の玄関口から現れた少年に気付く。


「周りを振り回しながらも嫌な気にさせないのがアウル様の美徳らしいからね、エヴァ姉さん」

「おや、お帰りなさいロード」

「ただいま、今朝もよい食材が手に入ったよ」

「お帰りロード、これから朝食のようだから一緒にどうだい?」

「はいアウル様。せっかくの今年最後の朝食ですからね、そのつもりで狩りも必要分を早めに済ませてきましたよ。どうやらアノ計画を実行されるようですし、しっかり栄養を取らなくては身が持ちませんから」


エヴァを姉さんと呼ぶ少年『ロード』はエヴァ達と同じくアウルに仕える屋敷の従者であり、主に狩りにて屋敷で調理される料理の食材収集などを担当している。ロードはエヴァの双子の弟でもあり、エヴァと同じくアウルによって召喚された使い魔だ。エヴァとロードは思考共有などの能力も有しており、書斎にてアウルとエヴァが会話した内容などもロードはエヴァの思考を通じて把握している。


「ん、今日の朝食のメニューはエヴァ姉さんの想像通り鶏料理だろうね」

「おや、ロードの鼻がそう言うのなら今日の朝食は鶏さんで間違いないなさそうですね」

「うんうん、さすがワシの自慢の狩猟者だ」


アウル達に加わり他愛のない会話をしながら共に朝食へ向かうロードは、話題の内容を朝食の話からアウルがエヴァに話していた計画『世界革命』について切り替える。


「そういえばアウル様、アノ計画を実行されるようですが、チキュウからのお客様は明日の新年にご招待で変更はありませんよね?」

「ん?ああ、予定通り『シュウ』は年明けの朝頃に招待するよ」

「その『シュウ』というお名前、たしかオンラインゲームとやらで使われている仮想ネームだと聞き及んでおりますが、本名のほうはどのようなお名前で?」


ロードの問いにアウルが応えていると、一行は屋敷の食堂として利用されている大部屋に到着。アウルはシュウの本名について応えようと口を開きながら食堂の扉に手を掛ける。


「シュウの本当の名かい?それはだね……」


アウルが食堂の扉を開けると、室内からは香草と香辛料で味付けされた鶏肉料理の芳ばしい匂いが香った。

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