第2話 皇都への長い道

 1


 屠殺場とさつばかれていく牛は、こんな気分なのかのう。

 などと失礼なことをバルドは考えていた。

 あれほど行くのを嫌がっていたゴリオラ皇国の皇都へと、バルドは今向かっている。

 ユエイタンが元気一杯で進もうとするのさえ恨めしい。


 やはりパルザムの王都でぐずぐずしておったのが失敗じゃった。

 とっとと辺境に帰ればよかったのじゃ。

 撤退時期を誤れば痛い目に遭うのは常識じゃというのに。

 ぬかったわ。


 ゴリオラ皇国行きが避けられなくなってからというもの、バルドの思考はどうも後ろ向きである。

 こんなことではいけないと思いながら、長生きしすぎてしまった自分を悔やむ思いが湧いてくる。


 実際のところ、バルドの立場は悲壮の正反対である。

 ゴリオラ皇王その人から招待を受け、国賓として皇都に迎えられるのである。

 皇都滞在中にはファファーレン侯爵家とアーゴライド公爵家の婚儀があり、バルドはアーゴライド公爵家側の貴賓として出席することになっている。

 晴れがましいことこの上ない立場なのである。

 ただしそれは一般的な見方ではそうだということであり、バルド自身の見方からすれば、千匹の魔獣と単身闘うほうがまし、ということになる。


 結局、カーズとドリアテッサの仲は進展しているのかどうか、さっぱり分からなかった。

 バルドの目の届く所でしょっちゅう顔は合わせているのである。

 というより、カーズは常にバルドのそばにいるのだから、ドリアテッサがバルドを訪ねるときには必ずカーズとも会うことになる。

 しかし格別甘い空気になるということもない。

 甘い雰囲気をかもしだすカーズというのも想像しにくいが。


 そうこうしているうちに、何度もゴリオラからの勅使がバルドを訪ねた。

 皇王の末姫であるシェルネリアがパルザム王ジュールラントに嫁いでからは、ゴリオラの使いは頻繁にパルザム王宮を訪れるようになっていた。

 昨年からは軍事同盟が結ばれ通商協定もできたから、使者の行き来が活発であることに何の不思議もない。

 その使者は、バルドの元にも足を運んだ。

 最初のうちはただの見舞いだったが、訪問が回を重ねるうちに、いつの間にか皇王がバルドを国賓として招くという話になり、気が付けば断るに断れない状況に追い込まれていた。

 バルドが剣を操る武人であるように、相手は言葉を操る外交官なのだ。

 初めから勝ち目のない戦だったのであり、負けたくなければ戦う前に撤退するしかなかったのだ。

 と気付いたのは、すべてが手遅れになってからであった。


 2


 バルドがゴリオラの皇都に行きたくないという気持ちは、人に説明するのは難しいであろう。

 簡単にいえば、あまりに実像とかけ離れた英雄扱いされるのがたまらなく嫌なのだ。

 しかも皇都の貴婦人たちは、何かしら偉大な恋物語の登場人物のような目でバルドたちをみているらしい。

 それを知ったとき、絶対に行かないことを誓ったのだが。


 それにしても、実ににぎやかな一行である。

 馬車の数、二十八。

 そのうち二十三は、アーゴライド家の馬車である。


 ドリアテッサは馬車には乗らず、クリルヅーカにまたがってバルドの左にいる。

 その表情は晴れやかだ。

 女性武官たちの指導は極めて順調に進み、五月には終わってしまった。

 六月中旬にゴリオラに帰ることになり、ぜひバルド様もご一緒にと迫る使者に押し切られ、共に旅をすることになった。


 パルザム王都からゴリオラ皇都までの道のりはおよそ三百二十刻里に達するという。

 経路によっては四百刻里を越える。

 それにしてもバルドとカーズとジュルチャガだけなら三十日程度で踏破できる距離であろう。

 もっともそれは距離だけの話であって、実際の旅はその通りにはいかない。

 さらに今回は花嫁の体調を気遣って、ごくゆったりとした旅程を組んでおり、八十日程度を見込んでいる。


 花嫁とはマルエリア姫である。

 マルエリアはグレイバスター伯爵の娘で、シャンティリオンとは同父同母である。

 まだバルドが眠りから覚めないころ、シャンティリオンと一緒に見舞いに来たマルエリアをアーフラバーンが見初めた。

 もともとアーフラバーンはシャンティリオンと意気投合していたので、婚姻話はとんとん拍子に進んだ。

 これを聞いたアーゴライド公爵は、グレイバスター伯爵家ではファファーレン侯爵家に釣り合わないと、マルエリアをアーゴライド本家に迎えてアーゴライド家から嫁に出すことにした。

 五月初旬にパルザムに来た使者にファファーレン家の家宰が同行し、馬車十台の贈り物をアーゴライド家に届け、結婚の申し込みを行った。

 そして六月十二日、一行は王都を出発したのである。

 パルザム王国からゴリオラ皇国への使者も同行している。


 王都から皇都へ旅をするなら、ガイネリア国を通っていくのが普通である。

 なにしろガイネリアとパルザムとゴリオラは軍事同盟と通商協定を結んでおり、その関係は緊密さを増しているのだから、当然である。

 しかしこの旅ではセイオンとテューラを経由する。

 両国の実情を視察するという名目のもとでだが、実際は違う。

 アーフラバーンが、絶対にガイネリアを通るなと指示を出したのである。


 マルエリアを見初めたのは、アーフラバーンだけではなかった。

 ジョグ・ウォードもこの姫を欲しがったのである。


「おい、きんきら。

 お前は引っ込んでろ。

 ちょこまか野郎の妹は、俺がめとる」


 と、ジョグは言ったという。

 きんきら、というのはアーフラバーンのことであり、ちょこまか野郎というのはシャンティリオンのことである。

 ちなみにキリー・ハリファルスは、ちょびひげ、と呼ばれていた。

 バルドが眠る部屋で、アーフラバーンとジョグは剣を抜いたらしい。

 人が眠っている横で何をやっておったのじゃと、話を聞いたバルドはあきれた。

 マルエリアがガイネリアを通ったりしたら、間違いなくジョグ・ウォード将軍に強奪される。

 アーフラバーンはそう言って、ガイネリアの勢力圏を通行することを禁じた。

 使者は、いくら何でも同盟関係にある国の高位貴族の花嫁をさらうなど、そんな無法はしないでしょうにねと、アーフラバーンの過剰な心配を笑った。

 だが、ジョグはまさにそういうことをする男だと、バルドは知っていた。

 アーフラバーンの読みは正しい。


 この大所帯では宿を取るのも大変で、先乗りの使者が先行していくつもの貴族家に宿泊を頼んだ。

 だがこういうことを通じて他国の貴族家同士の交わりが生まれ、国と国との交流も深まっていくという側面もある。

 必然的に大きな都市ばかりを経由していくことになった。

 セイオン、テューラ両国の人々は、ゴリオラとパルザムの一貴族同士の結婚であるというこの輿こしの豪華さに驚いた。

 ファファーレン、アーゴライド両家の騎士たちの美麗な装いと、武威あふれる隊列に目を見張った。

 彼らは、北と南の大国同士が手をつないだのだということを、まざまざと目に見せられたといってよい。


 と同時に、一行で一番尊貴な扱いを受けている老騎士は何者か、と噂し合った。

 パルザムの勅使は、国の恩人であり王の師父であるバルドに最大級の敬意をもって接している。

 ゴリオラの勅使が、皇王の貴賓であるバルドを一貴族家の花嫁一行より格上に扱うのは当然である。

 この旅により、バルド・ローエンの名はテューラ、セイオン両国にも知られていくことになる。


 ジュルチャガは、しょっちゅう隊列から離れてどこかに行っている。

 何日も帰って来ないことも多い。

 またいろいろと調べ回っているのだろう。


「またバルド殿と旅ができて、楽しい限りです」


 と、バルドの右側でシャンティリオンが言った。

 アーゴライド公爵の代理として婚礼に出席するのだ。

 いやおぬしが楽しいのはドリアテッサ殿が一緒だからじゃろう。

 そう心で思って、次の瞬間、ひがみ根性丸出しのいやしい発想をしていることに気付き、そんな自分が嫌になった。


 なお、この旅の中で、バルドとカーズは、カーズの恩人であるアンドン・シブルニと会った。

 その夜、バルドは師のカントルエッダの武勇伝を聞くことができた。


 3


 トード邸を出るときには、すべての使用人が見送ってくれた。

 侍従頭と侍従と小姓たち。

 従卒たち。

 侍女頭と侍女たち。

 料理人頭とくりやの者たち。

 うまやの者たち。

 園丁たち。

 一人一人名前を呼んで、別れを惜しんだ。


 この家の本当のあるじは、すでにこの家を失っている。

 まだ恩赦による減刑が行われておらず、相変わらず収監の身である。


 シンカイとの戦が終わってから、その手先となった者たちの断罪が行われた。

 ファーゴ公とエジテ公は家族もろとも処刑され、残った一族の財産権限は大幅に制限された。

 グリスモ伯の遺族は財産を没収され処刑された。

 宮廷内にいた間者もあぶり出され、取り調べのうえ処刑された。


 前王を毒殺した侍医は死罪となり、家は取りつぶされた。

 ナパラ・フジモ将軍を毒殺した家宰も、取り調べのうえ死罪となった。

 これは致し方ないことである。

 彼らの犯した罪は大きすぎる。

 罰しないわけにはいかない。

 トード家の当主であるゼンブルジ伯爵も、侍医も家宰も、ジュールラントに襲い掛かった近衛の騎士も、黒い大きな馬車に入ったことは覚えていた。

 だがその中で何者と会い、どのような目に遭ったかは覚えていなかった。

 テューラやセイオンで黒い大きな馬車に入った王や大臣たちが妙な振る舞いをしたことと考え合わせると、確かに黒い大きな馬車の中の何ものかは、人の心を操り記憶までも自在にするのだと考えざるを得ない。

 もっともこの点については、大貴族や重臣の中にも懐疑的な者もいた。

 人の心を自在に操るようなことができるわけはない、というのである。

 ともあれ、いずれにしても罪は罪であり、裁かれねばならない。

 いかなる経緯や理由があったにせよ、人はおのれの行動に責任を取らなくてはならないのだ。


 ところでゼンブルジ伯爵、すなわちバリ・トードの実弟であるところのサワリンクィズガル・トードの場合、その犯行は未遂である。

 部下を指揮して王太子であったジュールラントを襲ったが、傷一つ付けることはできなかった。

 とはいえ襲ったという事実は明白であるから、領地の大方を没収し、本人は死刑とし、ただし新王の即位による恩赦で減刑するという筋書きを、ジュールラントは書いた。

 これに抵抗している者がいる。

 一部の重臣とその背後の大貴族たちだ。

 彼らの狙いは、ゼンブルジ伯爵の罪を言い立てることによって、バリ・トードの宮廷での権威をおとしめることにある。

 バリ・トードがジュールラント王に重用されているのは疑いもない。

 枢密顧問会でも、バリ・トードの立場は重みを増している。

 それをおもしろく思わない者たちが、理由を付けて収監を引き延ばしているのだ。

 だが、諸国戦争での大勝利は、ジュールラントの政治的立場を大いに強化した。

 近いうちにゼンブルジ伯爵は獄舎から放たれるだろう。

 そして領地の館で蟄居ちつきよする。

 爵位は長男に継がれ、やがて名誉挽回の機会も与えられるだろう。

 こうした厚遇には、バリ・トードの政治的功績に対する褒賞の意味が込められている。


 本来ならゼンブルジ伯爵の収監とともに、この邸宅は閉鎖され、使用人たちは取り調べのあと、謀反人の家に勤めていたという不名誉を背負って出ていかねばならないところであった。

 だが、バルドがこの邸宅を住まいとし続けたことで、彼らは不名誉から救われた。

 何しろバルドは歴史にもない連合元帥として三国の兵を率い、強大なシンカイの軍を打ち破ったのだ。

 しかもそれだけではない。

 バルドの威徳を慕い、この館にはガイネリアの大将軍ジョグ・ウォードが、ゴリオラ皇国から援軍に駆けつけたアーフラバーンが、キリーが宿泊した。

 さらには、シーデルモントやシャンティリオンなど高位の将軍が頻繁に足を運び、戦略を練った。

 バルドに指示を仰ごうと、いくたりもの部門の責任者たちがこの館を訪れた。

 この館は、大国シンカイの侵略から祖国を守る戦いで、ひとつの拠点であったのだ。

 使用人たちは、この邸宅で仕える最後の日々を、誇りと喜びをもって過ごすことができたのである。


 バルドが去ると同時に、この館は閉鎖される。

 使用人たちのうち年老いた者は引退する。

 そうでない者は行き先が決まっている。

 カムラーを除いて。

 カムラーには、ガイネリアのジョグ・ウォード将軍が誘いを掛けていた。

 どうして断ったのか、とバルドはいた。

 するとこの偏屈な名料理人は、


「ジョグ将軍のお志は涙が出るほどうれしゅうございました。

 しかし、ガイネリア国は食材のまずいことでは中原一。

 腕のふるいようもございません。

 あそこに行くぐらいなら、辺境でバルド将軍のお供をしたほうがまだましです」


 この妙な物言いにバルドはとまどい、いやわしは放浪の旅を続けるし、料理人を抱えるような身分になることはない、と言った。


「では、バリ・トード様の孤児院で賄いの手伝いでもしながら、その日が来るのを待つといたしましょう」


 相変わらず訳の分からないことを言う男だった。

 侍従頭を始め使用人たちが向けてくる尊敬の念を受け、バルドには忸怩じくじたるものがあった。

 自分がこの国に来なければそもそもゼンブルジ伯爵がシンカイの陰謀の標的となることもなかったのではないか、という思いが胸を去らないのだ。

 ゼンブルジ伯にも申し訳ない思いがする。

 死んでいった騎士ニドと騎士フスバンを思えば心が痛む。

 襲撃に参加した兵士たちは、カーズに手首を斬り落とされた。

 彼らも減刑されて命は助かったが、これからどう生きていくのか。

 バリ・トードが彼らの面倒をみると言っていたが。


 だが、それはそれだ。

 起きてしまったことは、なかったことにはできない。

 何かできることがあるならすればよい。

 できることがないなら諦め、受け入れるほかない。

 そして後悔も葛藤も胸の奥にしまいこみ、今日は今日の命を生きるのだ。

 バルドは深い笑みを使用人たちに向け、この館での滞在はまことに快適であった、と謝して、彼らに別れを告げた。


 〈下街〉の神殿に勤務するクーリ助祭とシマー助祭も見送ってくれた。

 孤児院の子どもたちは連れてきていなかった。

 孤児院の子どもたちにはすっかり懐かれているので、バルドとしても別れは寂しかった。


「子どもたちには、バルド将軍が旅立たれることを教えておりません。

 どうかまた、この王都にお越しくださり、子どもたちに顔をお見せください」


 クーリ助祭の言葉には暖かみがあった。


 4


 今、一行は山を下る途中であり、湖のほとりで休憩をしている。

 昨夜はコブシの城に泊まった。

 ここはゴリオラ皇国皇都の南の要所である。

 山を下って平野に入れば、皇都もあとわずかである。

 その距離の近さとともに、昨夜ゴリオラの勅使から聞いた話が、バルドの気を重くしていた。


 ちょうどこの一行が皇都に着くころに、皇宮前の広場で、ある銅像が完成しているはずだという。

 バルドとカーズの像である。

 バルドが厳しくも優しい光を目にたたえてカーズを見下ろし。

 右手をその頭に差し伸べて騎士の誓いを求め。

 バルドを通じて神々の恩寵を与えられたカーズが、感謝のまなざしでバルドを見上げている。

 〈騎士の誓い〉と題された等身大の銅像である。

 最高の名工が腕を振るった傑作なのだという。


「いやあ。

 本当は黙っておるはずだったのです。

 現物を見て大いに驚き喜んでいただくという趣向だったのですがな。

 ついお話ししてしまいました」


 とにこやかに笑いながら言う勅使の言葉に、バルドは目の前が暗くなるのを感じた。

 バルドの冒険を刻んだ一連の壁画も次々と描き加えられているという。

 こうなると、今まで我慢してきた気持ちが噴き出した。


 行きたくない。

 行きたくない。

 何とか行かずにすむ方法はないものか。

 神々よ。

 わが守護神パタラポザよ。

 わが上に守護を与えたまえ。

 この身を暗黒の闇で包み、人目から隠し、新たな冒険の旅をわれに与えたまえ。

 さすればわが命の限り、神々のしもべとなって悪と戦い、これを滅ぼしましょうぞ。

 神よ。

 大いなる命よ。

 われを見捨てたもうな!


 バルドの祈りは通じた。

 目の前の湖の中央が、突然ぼこぼこと泡を立てて盛り上がり、そこに一体の怪異な生き物が姿を現したのである。

 マヌーノだ。

 マヌーノを間近で見たことのある者などいない。

 たまに辺境騎士団の騎士たちが遠く見かけるが、彼らと仲良く付き合う唯一の方法は近寄らないことなのである。

 そのマヌーノが現れ、しゃわしゃわとバルドのほうに泳ぎ寄ってきた。

 人間たちは、凍り付いたように動けない。

 マヌーノは、しゃあしゃあという音を立てながら、バルドの頭の中に話し掛けた。


〈人間よ。

 お前がばるどろえんだな〉


 そうじゃ。

 わしがバルド・ローエンじゃ。

 おぬしは女王殿からの使いか。

 と、バルドは声に出して返事をした。

 マヌーノは、再びしゃあしゃあと音を立てながら、バルドの頭の中に話し掛けた。


 〈女王が約束を果たす。

 お前に渡す物がある。

 女王のしとねに来よ〉


 うむ!


 バルドは大きな声で返事をした。

 そしてくるりと振り返った。

 陽光を遮る木々の緑が湖に影を落とす、その緑と青のあやなす空間を背景に、神秘的な生き物と語り合ったバルド・ローエンは、将軍の威厳を力強く放射しつつ、一同を見据えた。

 その言葉には反論も疑問も許さない力が込められていた。


 ご使者がたよ。

 シャンティリオンよ。

 ドリアテッサよ。

 わしはマヌーノの女王を訪ねなければならぬ。


「バルド殿。

 マヌーノの言葉が分かるのですか」


 と、シャンティリオンが驚いている。

 ということは、この頭の中に響く声はシャンティリオンたちには聞こえていないのだ。

 これは、好都合である。

 バルドは勢い込んで説明を始めた。


 詳しくは話せぬが、先の魔獣の大侵攻に、心ならずもマヌーノが加担しておったことは知っているであろう。

 そのマヌーノの女王が、使者をよこしたのじゃ。

 わしにすぐ来いと言っておる。

 皇王陛下にお会いできないのはまことに残念。

 婚礼に出席できないのはまことに無念。

 されど大陸の平和のため。

 諸国万民の安寧のため。

 わしはかねばならぬ。

 よろしくお伝えくだされ。

 一年たっても知らせを送ることができねば、バルド・ローエンは樹海に消えたとおぼしめせ。

 さらばじゃ!


 言い終えると、バルドはばさりとマントを翻し、流れるような動作でユエイタンに飛び乗って、巨馬ユエイタンを駆って走り出した。

 言葉の途中でマヌーノが、


〈いや、べつに急ぐわけではない。

 用事があるなら済ませてからでよい〉


 と言ったが無視した。

 カーズとジュルチャガが後に続いた。

 人々はあっけにとられて、英雄の突然の出奔を見送った。

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