第4話
記念式典もいよいよ最後の見せ場を迎えてきた。森から生け捕りにされてきた野獣達が闘技場の真ん中に置かれた鉄の檻から放たれ、若い剣士達が一斉にそれを取り囲む。
「うわわわっ、向かってくるぞこいつ!」
「手傷を負わせてあるんだ。大丈夫だぞ」
口々に叫びながら、彼らは剣を構えている。
「さぁ、最初に名をあげるのは誰だい?もたもたするなっ!」
後ろからゲキを飛ばしているのは、新兵を率いる女隊長のベネットだった。赤い髪を頭上高く結び、並み居る男達の誰よりも勇敢であった。
彼女のむき出しの手足やほほに残る、無数の傷跡がそれを雄弁に物語っている。
彼女の言葉に煽られたように少年達は野獣に向かって行った。
「す、すごい・・・」
初めて見る実戦に、目を丸くするディオに彼女は笑いかけた。彼らは少し離れた貴賓席で新兵達の様子をうかがっているのだった。
「彼らはしばらく訓練された者達なのでね、これくらいの実戦には耐えてもらわないと・・・。それより、あんたの剣、変わっているね」
ベネットは、ディオが背中に背負っている幅の広い三日月型の剣に目をやる。
「これ?これは・・・」
背中越しに柄に手をかけたディオを、慌ててシフォーが制止する。
「ディオ。野獣はあらかた片付いているでしょう。貴方も混ざって一旗あげてきては?」
「おっ、いいな、それ。んじゃ俺も!」
ディオは、喜び勇んで、新兵達の輪に加わった。
「シフォー?」
話の腰を折られて、ベネットが不審そうにシフォーを見る。
「あれは彼の父親の物だそうだ」
いつも丁寧な言葉しか使わないシフォーが、ベネットの前でだけは、年相応の若者の口調になる。彼らは以前特命を受けて共に戦った戦友同士だという。
「どうりで見たことがあると思ったよ。じゃあ、あの子は・・・」
「そう。・・・でもこのことは口外無用に」
シフォーはディオの駆けていく後姿を見守っている。
「わかっているよ。あんたの大事な弟のことだからな」
「助かるよ。・・・なんだ?」
途中でくすくす笑い出したベネットに、シフォーは訝しげな顔を見せる。
「いや、あんたも気苦労するね。・・・あの無鉄砲、どうする?」
「・・・!」
あっという間にディオは新兵達を押しのけて、最後に残った手負いのヒグマに馬乗りになって剣を振りかざしたところだった。
「ディオ!危ない・・・!」
シフォーの叫び声が上がったと同時に、ディオの背後から驚くほど大きな鳥が飛び立った。
広げた翼が三メートルはあろうかというイヌワシが、闘技場の中を我が物顔に飛び回り始める。
「ばかな!鳥類はいなかった筈だぞ!」
ベネットの声に警備兵達が慌てて後を追いかけるが、空を舞う鳥に追いつけるわけもなかった。
「国王に伝えろ!部屋の中に戻って下さるように!」
「はっ、ははっ!」
ベネットの従者がすばらしい速さで駆け抜けていく。
「おかしいと思わないか?シフォー」
「思うね。何者かが操っているようだ」
観覧席に陣取っていた民衆達も、異常事態に気付いたのか口々に声をあげながらイヌワシに物を投げつけようとするが、当たるどころか今度はイヌワシが観覧席の人に手当たりしだいに襲い掛かり始めた。
逃げ惑う人々は外に向かう通路に殺到し、押されて転倒したりして、怪我人も多数出ているようである。
警備兵や新兵達も人々の誘導と保護に必死だが、恐怖にかられた人々を制止させるのは非常に困難だった。
出窓の国王一家も、下の騒動に呆気にとられているようである。
「伝令はまだか!早く王に知らせないと・・・」
ベネットが自分の剣を取って駆け出そうとした時、イヌワシが何かをその足に捕らえて飛び上がった。
「ディオ!」
見上げるシフォーの頭上を、ディオの身体が通り過ぎる。
「うわぁぁぁぁ~!」
ディオの剣をイヌワシが両足で捕らえているのだった。当然ディオも両手に剣を掴んでいるので一緒に吊り下げられている。
「何やってんだ!さっさと飛び降りろ!」
叫びながらベネットがディオの足に飛びつこうとするが、もう少しと言う所で届かない。
「だ、だって剣が!」
三日月型の剣が日差しを受けて重厚に輝きを放つ。ディオは空高く、王宮の出窓近くまで吊り上げられた。剣に彫られた細部の模様までがくっきりと浮かびあがっている。
「あれは!」
その時、違う場所で同時に叫んだ者達がいた。
一人は大臣ウーリー。
もう一人は。
「何故あの者があの剣を?まさか・・・」
「おじい様?どうなさったの?」
孫娘のメリッサが彼の腕にしがみついてきた。黒い瞳、黒い髪を三つ編みにして束ねている。彼女は愛らしい顔で彼の顔を覗き込んだ。
「・・・メリッサはわしの子供の頃に良く似ておるな」
「本当?」
彼は彼女の頭をなでながら、小さく呟いた。
「あの者も・・・な」
「国王陛下!ベネット隊長から伝令です!」
その時になってようやくベネットの伝令が辿り着き、王族達は慌てて室内に避難した。
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