第3話

 そしてお昼過ぎになると、記念式典が繰り広げられている闘技場には、たくさんの国民がやってきていた。

 この国の国王は二人の王女をもうけたが、第一王女フィオレは十五年前に行方不明になり、第二王女エレーナの子供は五人続けて女の子で、六人目にして待望の男の子であり、跡継ぎが誕生したということもあり、今までになかったほどの盛り上がりを迎えていた。


 王族は王宮の一つの出窓に揃い、度々国民に手を振り、人々は酒に酔い、浮かれて踊り、跡継ぎの誕生と国の発展を祝った。


「いい気なものだ。浮かれた野蛮人どもが」


 王家とは別の出窓にしつらえられた席で、酒を浴びるように飲んでいるのは、国王の右腕とも言われる大臣ウーリーであった。


 頭部が薄くはなったものの、波打つ金髪と碧眼は、宮中の女性を虜にしたという若かりし頃の面影を残す。

 彼は策略家で斬新な政策を打ち出すことで評価を上げてきたが、野心家なところが国民には嫌われる要因になり、それにもまして最近は国王に対しての不満が溜まり、苦々しい日々を送っていた。


「まったく、私が何をしたというのだ?今まで国のために散々働いて来たではないか。なんという仕打ちだ。・・・王が私とフィオレの結婚を許していてくれていたら、こんな目に合うこともなかったのに」


 そして彼はまた、十五年前のあの忌々しい出来事を思い出していた。

 第一王女と彼は幼馴染であり、お互いに気持ちも通じ合っていると思っていたのに。

 あの男が王女の前に現れるまでは・・・。


 その時、大臣の座っている席の背後で、グラスが砕け酒がこぼれるような音がした。

 大臣の世話をする召使は、彼の口煩さに耐えられずにすぐに辞めてしまうので、仕事に不慣れな若い娘なら大臣の小言も減るかも知れないという理由で、田舎から出てきたばかりの少女が抜擢されたが、この少女が思った以上に不器用で、一日に何回も食器をだめにする。

 まだ若くて慣れていないのを差し引いても、こう頻繁に粗相をされてはたまったものではない。


「またか・・・次に何かしでかしたら親元に帰すぞ!」


 大臣は小言を口にしたが、いつもならそれよりも先に甲高い悲鳴が上がる筈なのに、物音ひとつしないのにふと気付いた時。

 

『・・・取引をしないか・・・』


 突然低い男の声がして、大臣は振り返った。

 床の上には召使が倒れているだけである。人払いをしているので、他に警護の者さえ入ることはない筈であった。


「誰だ?」


 ゆっくりと召使は半身を起こした。幼い顔立ちはそのままに、真っ赤な目が鋭く大臣を見据えている。


『誰でもいい。お前は国王を恨んでいる。俺が国王を始末してやろうと言っている』


 まだあどけない年頃の娘が、再び男の声でしゃべりだす。 


「馬鹿な。そんなこと思ってもいないぞ」


 大臣のこめかみを汗が伝い落ちた。


『そうかな?では俺が国王を倒したら、この国は俺のものだ。後悔するなよ』


「待て!」


 引きとめられて、赤い目が笑いを含む。


『いい話だろう?この国はお前の思いのままだぞ』


「取引とは?国王の命の代わりに私に何を差し出せと言うのだ?」


『この国にある筈の剣だ。名を斬魔刀という』


「斬魔刀!」


 大臣の脳裏にあの夜の出来事が蘇る。


 第一王女に剣士の恋人がいることが噂になり始め、大臣は直々に国王に注意をうながしたが、国王は取り合わなかった。

 その後、彼は二人の逢引の現場を押さえることに成功し、説得して別れさせようとしたのだが・・・。


 今でも耳から離れない。忘れた事もないフィオレの泣き叫ぶ声。

 愛する者の目の前で、無抵抗の剣士に対して自分が振り下ろした刃。

 心の嵐が去った後には、二人の姿はどこにもなかった。点々と続く血の後を必死で追いかけたが、探し出すことは出来なかった。

 

 あんなことになるとは思わなかった。

 ただ、自分の思いを貫きたかっただけだったのに。


『貴様にとっては因縁深い名前だな?』


 赤い目の魔物はちらりと舌なめずりをする。


「いや、あれは十五年前に持ち主と共に行方知れずに・・・」


『持ち主は殺してやったが、まだあの剣のパワーをこの国に感じるのだ』


「殺した?あの男を!」


『そう、お前の恋敵だった剣士ギルモアだ』


 大臣は腰を抜かしたように椅子に座り込んだ。


(ギルモアを殺した・・・?残忍な魔獣も一太刀で仕留めた剣士を、この者が倒したというのか?だとすればこやつはもしかして・・・)


 恐怖に掠れた声で、大臣は尋ねた。


「王女も・・・殺したのか?」


『女は知らん。弱い人間には興味がない。斬魔刀を探してくれるか?』


 にっこりと微笑む魔物を前に、大臣は金縛りにあったように身体が自由にならない。


「・・・少し・・・時間をくれ」


『いいだろう。だが、どのみち今日中に答えは出る。約束を守れ』


「何っ!」


 赤い目が閉じられた瞬間、召使の身体は再び崩れ落ちた。


 大臣は慌てて召使の身体を抱き起こして肩をゆすったが、目を覚ました彼女はいつもの甲高い声で悲鳴を上げ、グラスを割ってしまったことに気づいて取り乱している。


「いいから、早く片付けなさい」


 召使を部屋の外に追い出すと、大臣は再びどっかりと腰を下ろした。


「これはどういうことだ?十五年前の裁きを受けろというのか。私にこの国を裏切れと?」


 脂汗が額をすべり落ちる。近くの出窓ではにこやかに国王一家が手を振っている。その幸せそうな姿すら彼の目には入っていなかった。

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