第2話

 彼らの住む国パドリエスは、遥か昔から続くパドリエス王家の血筋の者に統治された、小さいながらも恵まれた国である。

 国土の中心には王族や貴族などが住み、その回りに商業地があり、その他の広い国土は農民に解放され様々に農業が営まれている。


 そして、国土の外れの森の入り口には国軍が置かれ、侵入者を監視していた。

 とはいえ、付近に対立するような国がなく、もっぱら深い森の向こうから時々迷い込んでくる魔獣の類を追い払う為にだけ、それは存在するようなものであった。


 この時代の獣には、時として魔力がかけられていることがあり、それを人々は魔獣と呼ぶが、特に人里離れた山道とか森の中では出現率が高く、集団で出現した場合には国軍に遠征の要請がなされることもある。


 国民の子供は年頃になると強制的に国軍に入隊することになっており、それは貴族の子供でも例外ではなかった。

 すでにシフォーは魔術師として軍に入り、数々の手柄をたてている。

 そして、ディオは今日、この国の第二王女のご子息の誕生祝いの式典に合わせて、剣士としての第一歩を踏み出すことになっていた。


 彼が部屋に入ると、ベッドのうえには婆やが揃えてくれた剣士の防具が並べられていた。

 胴衣を身に着け、帯剣用のベルトに鞘を取り付けてから身体に固定し、ものの数分で身支度を整えたディオは、部屋の壁にかけられた剣をうやうやしく手にとると、愛おしそうにそれを眺めていた。


 その剣は幅の広い三日月の形をしていて、その昔、まだ生まれたばかりの彼は、この屋敷の裏庭でこの剣と共に発見されたのだと、噂好きな召使から教えられたのだった。

 確かに母と兄とは髪の色も目の色も違い、なによりも兄と違って難しい学問よりも、剣を振るうことの方が得意だったので、それを聞いてもたいして驚きもしなかったが。

 育ててくれた母と兄がかけがえのない存在であるのは言うまでもない。

それでも、自分の本当の親が生きているのなら、いつかどこかで会えるかも知れない。

 いや、必ず会わなければならない。

 そのために、どんな困難も乗り越える覚悟が彼にはあった。

 そして、出会った時に自分とわかって貰うためにも、この剣は大切にしておかなければならないのだと、彼は心に誓って剣を背中の鞘に収めたのである。

 



「母上」


 シフォーが険しい顔で歩み寄ると、女性は小さくため息をついた。


 彼らの母親の名はエアリア。

 正式にはエアリア・ドゥ・エリストといい、魔術師の家柄で占星術を得意とし、この国の第一王女フィオレに仕えていたのだが、十五年前王女が行方不明になり、その年にシフォーの双子の弟を病で亡くしたこともあり体調を崩し、それ以来暇を貰って 実家に戻ってきていたのである。

 そしてある夜、彼女はこの庭先で生まれたばかりのディオを見つけ、彼を預かることにし、今まで実の息子と同様に愛し育ててきたのだ。


 エアリアは柔らかいヒスイ色の瞳でシフォーを見る。

 彼女の慈悲深い瞳に見つめられると、彼のいらついた心も徐々に癒されていくようだった。


「あなたも夢をみたのね」


「ええ。でも、ディオは私の忠告をきかないのです」


 自慢の美しい声が、心なしか震えているのにシフォーは気づいていたが、それについては何も言わなかった。


「あの子は大丈夫。あなたの気持ちもちゃんとわかってくれているわ」


「だといいのですが」


 二人は同じまなざしでディオの消えた方向を見た。


「母上。今日の式典のことですが、ディオを参加させないでおくことは出来ないのでしょうか?とても嫌な予感がするのですが」


 本当のところを言えば、予感どころの騒ぎではなかった。良からぬ事が確実に起こってしまう。

 彼の見た夢の中で、人々は逃げ惑い、傷つき、その渦中にディオも自分もこの母親までもが巻き込まれてしまうのだ。

 それがわかっていても、人が勝手に運命を変えることは出来ない。

 シフォーは自分の夢見としての立場を思うと、いつもやるせない気持ちになってしまう。


「第二王女のご子息の誕生を記念する式典なのだから、欠席するわけにはいかないわ」


 エアリアは伏せ目がちに呟いた。


 先輩として、この母親の方が余計に辛い気持ちでいるのはわかっているので、それ以上彼は追及出来ないでいた。


「まったく、国王は何をお考えなのでしょうか。ディオのことをどう思って・・・」


 素早く口元に人差し指を立てて微笑む母を見て、シフォーは慌てて言葉を止めた。

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