第1話

 その日は晴れていた。

 風は穏やかに木々を揺らし、小鳥のさえずりも遠くに聞こえる。


「いいお天気のようですね」


 長い薄茶色の髪を背中で束ねた青年が、手にパンくずを持って背の高い木々に囲まれた広い庭の真ん中に立っていた。

 焼きたてのパンの匂いを嗅ぎつけて、一羽二羽と小鳥が青年の周りに集まってくるが、青年は一向にパンを鳥達にほどこす気配がなかった。


「また、変な夢でも見たのか?」


 笑いを含んだ声をかけられ、青年は視線を巡らせる。背後の木の枝に見慣れた姿を見つけると、彼は首を傾げた。


「何故それを?」


「だってほら、鳥さん達がお待ちかねだぜ?」


 待ちきれずに手の平から直接パンをついばんでいる鳥達に気付き、彼は慌ててパンくずを地面に撒いた。


「今度はどんな災難が起こるって?シフォー」


 言いながら猫のように音もなく地面に降り立ったのは、見るからに硬そうな黒い髪を持つ黒い瞳の少年だった。

 まだ幼さの残る顔立ちに比べて身体は程良く鍛えられ、筋肉のしなやかさも持ち合わせているようで、動きに無駄がない。

 そして、何やら含み笑いを浮かべて近づく様子は、まるでいたずらっ子そのものである。


「・・・ディオ、なんだか楽しそうですね?私の予知夢は9割の確率をほこるんですけどね」


 シフォーはディオの態度が気に食わないようで、少し眉間にしわを寄せた。


「だから、一割弱は外れるんだろ?いいから、教えろよ」


「あなたの未来の話なんですがね」


 話を切り返されて、ディオも多少顔つきが変わる。


「近々あなたは大変な事件に巻き込まれますよ」


「・・・それで?」


 拍子抜けしたような声に、シフォーは珍しく口調が厳しくなる。


「それで十分でしょう?だから、くれぐれも軽々しい行動は慎むようにと言っているんです」


「誰が軽々しいって?」


 ディオはシフォーに食って掛かる。


「木の実を取り損ねて枝ごと池に落ちたり、暴走馬の前に飛び出していくような真似をするなと言ってるんです」


 途端にディオはシフォーに掴みかかったが、軽く交わされて、顔を赤くして余計にむきになって突っかかっていこうとした。


「あなたたち、何を騒いでいるの?」


 そこへ細い透き通った声がして、二人とも声の主を振り返った。


「今日は大事な行事があるのだから、早く支度をしないと」


 庭に続くポーチの開き扉から、薄紫の裾の長いドレスをまとった華奢な姿が現れた。薄茶色の長い髪を頭に緩やかに巻きつけたその女性が歩き出すと、ディオは素早くかけよってその手を取り、片ひざをついて頭を垂れた。


「おはようございます。お母様」


 女性は、立ち上がったディオの髪をやさしくなでる。


「今日はあなたの剣士姿を初めて人前に披露するのだから、念入りに支度をして頂戴ね」


「はい」


 素直に返事をすると、ディオはそのまま自室へと駆け込んで行った。

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