A snow day
ヨネフミ
サンタさん
雪の中にただ一人、わたしがいる。
そのわたしは、どこかに向かって歩いている。
白い息を吐き続けながら、キラキラと光り輝く、流れ星のような雪を浴びて。
サクッサクッと音を立てる足跡は、まるでクッキーが砕けてしまったような。
「もしもし」
スマートフォンにかかってきた電話に出る。
「あと、どれくらいで着きそう?」
雨とは違った、雪のような優しさで話しかけてくる彼女は、わたしの唯一の親友。信頼度は、決して雪崩の起きない雪山のようだ。雪崩が起きるような関係なら、それは親友とは言えないね。
「5分くらいだよ」
「分かった。気をつけて来てね」
「うん、ばいばい」
ほのかに紅く染まった手は悴んで、着信を切るのでさえ困難にさせる。冬に短所は沢山あるが、それ以上に長所が多いのが否めない。やっぱり好きだ。
歩いていると、曲がり角を通るサンタさんを見つける。いつもの赤と白の服で飾り、ぷっくらしていて、どこか安心感を与える。当然、白くて大きい袋も背負っている。この世界に、サンタさんって本当に居たんだ。
するとサンタさんは、わたしの方へ来て、この気温に負けないくらい、 温和に話しかけてくる。
「嬢ちゃん。雪降る冬の外は、無愛想だ。手の先や耳なんて、真っ紅に染め上げてしまうくらいにね。ところで、冬は好きかい?」
「うん、好きだよ」
「こんなに寒いのにかい?」
「うん」
寒くたって構わない。だってこの季節には、魅力が沢山あるから。サンタさんは、その魅力に気づいていないのかな。
「嬢ちゃん。私も好きだよ、冬」
違ったみたいだ。じゃあ何で、あんな風に聞いたのだろう。
「私はね、試していたんだ。本当にこんな季節、好きな人がいるのかなって」
「……わたし以外にも、いっぱい、いーっぱい冬が好きな人いるよ。だって、ケーキ食べられるし、クリスマスプレゼントも貰えるの。あとね、すっごい雪って綺麗なんだよ」
一番好きな季節。語っても語り尽くせないほど、愛している。本当に本当に好きだ。
「嬢ちゃんは、優しいね。君のせいで、雪も溶けちゃいそうだよ」
「……溶けちゃ、いや」
「ううん、まだまだ溶けないよ。今のはね、褒め言葉なんだよ。もう少し成長したら、この意味が分かるのかもね」
そう言って、サンタさんは高らかに笑う。わたしはよりいっそう不思議になり、下を向いてしまう。こんな気持ちになっても、変わらず雪は降り続ける。わたしの中で、不思議の雪が積もる。
「私は、誰だと思う?」
「サンタさん」
「即答だね。嬢ちゃん、君にピッタリ合う言葉、教えてあげるよ」
サンタさんは、また不思議なことを言う。考えてもしょうがないので、紅くなった手のひらに、白い息を吐き掛ける。
「純粋無垢。そして、宝石の如く光り輝く、雪のような美しい
「雪、吹き飛ぶの、いや」
「ふぉっふぉっふぉ!」
まだこの季節を楽しみたいのに、サンタさんは、さっきから雪を無くそうとする。もしかして、悪いサンタさんなのかも。
「サンタさんって、どんな事をする人だと思うかい?」
「トナカイさんと仲が良くて、クリスマスの日にみんなのお家にプレゼントを配るの。笑顔にも、幸せな気持ちにもしてくれる、ヒーローだよ」
いつも寝ている間に去ってしまうので、会えない。これが初めましてなので、実はちょっぴり緊張している。
「おじさん、泣いちゃいそうだよ……」
「大丈夫? ハンカチなら、わたし持ってるよ」
「嬉し泣きだよ、嬢ちゃん。それほどまでの優しさは、雪じゃなくて、私が溶けちゃいそうだ」
「サンタさんが溶けちゃうのも、いや……」
「私は溶けないさ」
「だって今、溶けちゃいそうって……」
わたしの頭をポンポン、とするサンタさん。そして耳元で、『私も雪も、そう簡単に溶けないから安心してね』と、優しい声音で囁く。わたしは、大きく白い息を吐き出して、徐々に安心する。良かった。
「嬢ちゃん、私にはもう時間が無いみたいだ。何か欲しいものはあるかい?」
そう言ってサンタさんは、背負っていた大きな白い袋を開けて、ゴソゴソとし出す。
わたしの欲しいもの。いくつかあって選べない、優柔不断な考えが過ぎるのだが、なんとか一つに絞る。そして、サンタさんに伝える。
「……雪が欲しい」
「雪? 雪なら、沢山あるだろう」
サンタさんは、周りを指して言う。たしかに雪は沢山あるのだが、わたしが欲しいのは、握ったら溶けてしまうような雪ではない。
「溶けない、雪。サンタさんなら、くれるはず」
「そ、そうかい。困ったなぁ……」
サンタさんは、白くて立派なヒゲを触りながら、困惑した表情を取る。
「分かった。嬢ちゃんが欲しいって言うなら、あげるよ」
「うん。ありがと、サンタさん」
「あぁ。オッホッホ」
サンタさんは、わたしの頭を撫で出す。すると、降っていた雪はますます、見たことの無いくらいに、美しく輝き出す。そして、サンタさんは言った。
「嬢ちゃんのような、かわいくて清らな子に会えて良かったよ。お陰でサンタさん、頑張れそうだ。ほら、見てごらん。トナカイが、私を迎えに来たようだ」
奥には、トナカイ二匹がソリを引いて、こちらへ向かってくる。真っ赤なお鼻に、素敵なツノ。サンタさんは、すごいなぁ。
「じゃあね、嬢ちゃん。この雪や冬の素晴らしさは、これから大人になっても、ずっと大切にしておくんだよ。そして、雪のように美しくて、心がキレイな女性になるんだよ。ばいばい。良い子にしているんだよ。オッホッホ!」
「さ、サンタさん……ありが……とう……」
「ほら、泣くで無い。雪が溶けてしまうぞ?」
「うぅ……な、泣いてなんかいない……だって、雪、溶けちゃうもん……」
「こんな少しの時間で泣いてくれるなんて、嬢ちゃん、本当に君の心は、雪のように美しいね。はいっ。君に、この溶けない雪を渡すよ。そろそろ、サンタさんは行くよ。ばいばい」
高らかに笑って、トナカイを引いて旅立ってしまうサンタさん。サンタさんと初めて話せて、とっても嬉しかった。本当に、ありがとね。
────キラキラと輝いていた雪が晴れると、そこはもう目的地であった。
「遅かったねー! 何その髪留め! うわぁ、すごい可愛いな! それより、もうケーキ焼けてるよ? 早く食べよ!」
さっきサンタさんがくれた贈り物。わたし自身、ワガママだって気付いてた。優しいサンタさんは、そんなお願いでも快く引き受けてしまうヒーローだ。
「うん!」
溶けない雪の正体は、雪の結晶の形をした髪留めであった。売り物ではあり得ない、本物の雪のような輝き。その輝きには、可愛さは勿論、美しさや、サンタさんの優しさまで入っている気がした。
わたしのヒーロー、サンタさん。ありがとう。
──そんな、ある一人の女の子とサンタさんの物語でした──
A snow day ヨネフミ @yonefumi
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