その言葉の使い方本当にあってる?

ちびまるフォイ

クセになっちゃうこの辞書

深夜遅くの夜にパトロールをかねて

小学校の周辺を歩き回っていたところ、歩道に長テーブルが置いてあった。


オフィスで並べられるようなテーブルの上には、1冊の辞書。


【 定義辞書 1冊:500円 】


「変わったもの売ってるんだなぁ」


テーブルに500円を置いて辞書を開いてみる。

中にはたくさんの言葉が記載してあったが、その意味は何一つかかれていない。


『しりとり』…

『りんご』…

『ゴリラ』…


と、単語はあるが意味はない。

なるほど。これは自分で辞書を作って遊べる新時代の知育玩具なんだろう。


桃太郎のおばあさんよろしく家に持って帰ることにした。


さっそくなにか単語の意味を記載しようと思ったが、

頭に浮かぶのは下ネタばかりで自分の思考回路の低俗さに脱帽。


『りんご』…***のこと。


「ハハハ、バカみたいだ」


それでも辞書に下ネタを定義してその日は寝た。


その日見た夢は辞書でエッチな単語ばかり調べていた

一部の科目にだけ勉強熱心なかつての自分だった。


翌日、スーパーで変化は起きた。


「……あれ? りんごがない」


フルーツ売り場からりんごがことごとくなくなっていた。

店員さんに「りんごありませんか」と聞いてみると


「キャアーー!! セクハラ! 痴漢! 女の敵!!」


と、思い切り殴られて吹っ飛んだ。

眼の前でチカチカ光る星を見ながら思い出されたのは昨日の辞書。


「まさか、俺が昨日定義したから……?」


昨日ふざけてりんごを下ネタとして定義したことで、

そんなふしだらな名前のものを置けないとばかりにりんごは片付けられたのかも。


この定義辞書、使えるかもしれない。


新世界の神にでもなる勢いで辞書にどんどん定義を書き加えていく。



『はい』…肯定の意味。

『いいえ』…「はい」の同義語。

『イヤ』…「はい」の上位。ものすごくYES。

『ムリ』…「はい」の最上級。

『死ね』…「大好き」の意味。



辞書に書き加えた後、すぐに大好きなアイドルの握手会に参加する。


「俺と付き合ってください!!」


「イヤイヤイヤ!! 絶対にムリ!! 死ね!!」

「ありがとうございます!!」


かくして、アイドル側からの熱烈な「セイYES」により

多数のファンから憎悪の目をかいくぐりアイドルの恋人ができた。


「この辞書最高だぜ!!」



『〇〇教』…俺を褒めちぎる宗教

『△△教』…俺をめっちゃ崇める宗教

『××教』…俺を唯一神とする宗教



名だたる宗教をすべて俺色に染め上げると、

海外に行けば俺の前にひざまずく人で道ができた。


「ああ、唯一神オッレー様……!! なんと神々しい!」

「その頭頂部の輝きがこの世界を明るく照らしております!」


あとで『薄毛』を「イケメン」という意味に書き換えておいたのは秘密。


信者からのお布施で毎日遊んで暮らせるし、

アイドルの彼女をはべらして鼻の下がアゴに届くほど伸びる毎日。


異世界ハーレム勇者が俺を見たら、

きっと妬ましさと悔しさでハンカチを噛みちぎってしまうだろう。


そんな勝ちまくりモテまくりの俺だったが、転機は突然に訪れた。


『緊急ニュースをお伝えします。

 ただいま、外交関係の悪化により戦争状態へと突入しました』


「え゛」


朝のニュースを見て、持っていた歯ブラシを落としてしまった。


『外交官は相手の宣戦布告に何度も「いいえ」と答えた結果、

 開戦となってしまったと専門家のいとこの友達が言っています』


「そんな馬鹿な……」


原因は俺しかなかった。

慌てて辞書を書き換えようとしたが、鉛筆の字が消えない。


「くそ! どうなってる!」


該当ページを破って黒ヤギさんに食べさせても、定義は残っていた。

一度書いたものは消せなくなるなんて聞いてない。


さらに悪いことに、宗教の中心を俺に定義したがために

他の国も今回の戦争に関わってしまい大規模な最終戦争へと広がっていく。


これではいつ俺が暗殺されてもおかしくない。

自慢じゃないがハニートラップに対する耐性はないのだから。


「せ、戦争をなくそう! そうすればきっと!」


『戦争』…みんなでお花を積む遊び

『争い』…友達と休日にお茶会をすること

『戦い』…パーキングエリアでトイレの行列に並ぶこと。


「これでどうだ! これなら世界から争いは……」


全然無くならなかった。


なにせ理性のタガを外して相手をぶっ殺すことだけに自己洗脳した人たちは

戦争の定義だの争いの定義だの、人の命の尊さだのを定義したところで

そんなものは誰も見やしない。


戦争という形こそ取っているが、その実ただのストレス発散。

ムカつく相手をぶっ殺せればそれで満足なんだ。


「粛清の時間だコラァ!」


「なっ……」


ついに自宅の情報が検索サイトで特定されてしまう。

「絶体絶命」という四字熟語が頭の中でネオン点灯しはじめた。


追い込まれた脳は必死に無い知恵を振り絞り、俺の体を動かした。


「もうこれしかない!」



『定義辞書』…なんの効果もない落書き帳。



定義辞書の意味を定義した瞬間、洗脳が解かれたようにもとに戻った。

それからはいくら定義辞書に書き加えても効果が出ることはなかった。


でも、それでいいんだと今なら思える。


言葉が自分の思ってもみない影響力があること。

そして一度狂いだせばコントロールできなくなる怖さを知ったから。


「もう定義辞書なんて、絶対に手を出さない!」


俺は強く心に刻み込んだ。

その帰り道にふと見つけてしまった。




【 定義大辞林 1冊:1000円 】



「今度はうまく使うから大丈夫……」


俺は一歩踏み出した。

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