7、エピローグ
第126話 そわそわする日
五年後。春。
「今日は、本当に素晴らしい日になるぞ!」
ローシェ・ルイリア、いや、ローシェ・レイス・ルイリアは、アファレスク城に来るなりずっとそわそわしていた。
「ローシェ、少しは落ち着いたら。君が主役なわけではないのだから」
そう言ったのは、カンターク・レイス・ルイリアである。彼は五年前にローシェと結婚をし、夫婦となった。今では、ローシェの夫であり、二人の娘の父親である。
「ほら、こっちに座って。僕と話でもしよう」
カンタークはラウンジの窓際の席についていた。廊下で行ったり来たりを繰り返すローシェに、そう声を掛ける。
ローシェは迷った末に、カンタークの傍に来て席に座ろうとするが、「やっぱり、ダメだ!」と言って席に付こうとしない。カンタークは細い目をより細めて笑い、呆れた様子で言った。
「僕と話をするよりも、気になるんだね」
「当たり前じゃないか」
「折角、久しぶりに綺麗におめかししたんだから、少しは僕にサービスしてくれてもいいと思うんだけど」
いつも活動的なローシェは、シャツにスラックスという男のような恰好をしている。それ故に、今日はシンプルな淡い水色のドレスを着ていて、とても美しかった。彼女は、少しでもお洒落をすると、目立つように綺麗になるのに、本人は「機能的ではない」として、中々着飾ってくれないのである。
「今日は、カンタークの為にお洒落をしたのではない。式典の為だ!」
「そう言って、メレンケリとグイファスの結婚式の時も、僕に良く見せてくれなかった」
「あの時着飾ったのは、メレンケリの為だったんだから仕方ないじゃないか。でも、あれはとてもいい結婚式だった」
カンタークはその時を思い出して、ほうっとため息をつく。
「もう、三年も前になるね」
「そうだな」
「メレンケリは、とても綺麗だった。君が色々コーディネートしてあげたんだっけ?」
「ドレスを見立てたのは私だが、着せたのは私の付き人だよ。結婚式だし、しかもサーガス王国とジルコ王国の勇者の結婚だ。流石に素人の私が口出しはできなかったよ」
カンタークは、苦笑した。
「それもそうだ」
「でも、カンタークのピアノの演奏もとても良かったよ。あれは、君にしかできない」
「そう?それは光栄だね、奥様」
「喜んでる?」
カンタークは「勿論」と言って頷いた。
「メレンケリとグイファスに喜んでもらえたことが、一番嬉しいけど、君にそう言われると、ちゃんと成功したって安心できるよ」
「それは良かった」
そう言って、一度話が途切れると、ローシェは一度無言になり、そして「やっぱり!」と言って廊下の方へ歩いていく。
「ローシェ?どこ行く気?」
「いてもたってもいられない!メレンケリの所に行ってくる!」
カンタークは「やれやれ。困った奥様だ」と言って、くすくすと笑う。こうなることは、すでに想定済みである。
「カンターク」
すると、別の人が彼の名を呼んだ。彼は、名を呼んだ人を見なくても、声だけで誰だか分かっていた。
「グイファス。君は、もう準備ができたのかな?」
「ああ」
そういって、グイファスはカンタークの前の席に座る。彼は白い制服を纏っていた。
「カンタークは?」
「僕は大丈夫だよ。あとは、出発するだけ」
「そっか」と言って、グイファスは微笑む。
「何か頼む?」
「飲み物のこと?」
「うん」
「いや。もう、そろそろ出なければならないからいいよ」
「それもそうか」
そして、グイファスはきょろきょろと辺りを見渡す。
「そう言えば、ローシェは?一緒じゃないのか?」
すると、カンタークは肩をすくめた。
「今の今まで一緒にいたんだよ。だけど、彼女は僕よりもメレンケリのことの方が好きらしい。いてもたってもいられない、と言って彼女が支度をしている部屋に行ってしまったよ」
グイファスは額に手を当てて、大きくため息をついた。
「全く。会場につくまで待っていられないのか」
カンタークはくすくすと笑う。
「仕方ないよ。メレンケリがこちらに戻ってきたのは、三ケ月ぶりくらいなのだから」
グイファスは再びため息をつく。
「出産のために、ジルコ王国にある実家に帰っていたからな。そうは言っても、ローシェは彼女の実家に、ちょくちょく顔を出していたのに、それでも足りないのか」
「確かに、週に1回くらいの頻度で行ってたな。僕も仕事がないときは、娘たちを連れて行ってたし。ローシェにとってメレンケリは親友だから仕方がない」
「まあ、そうなんだが……」
「そう言えば、赤ん坊は元気?」
するとグイファスの顔が綻ぶ。王家につく騎士とは思えないほど、柔らかく優しい表情であった。
「元気だよ。……いやあ、もう……可愛くて仕方がない」
カンタークは同意した。
「女の子だもんね。分かる、分かる。僕もそうだもん。確か名前が……」
「ルフィアーナ。ルフィアーナ・ライファ・アージェ」
「そうだったね。姓をどちらも残したのは、ジルコ王国とサーガス王国の間に生まれた子供であることの証明なんだよね」
グイファスは頷いた。
「ああ。ローシェが結婚したとき、自分の姓を残しただろう。それをメレンケリが羨ましがっていたんだ。私もそうしたいって」
「そっか」
「俺は最初からそうするつもりだった。メレンケリに故郷を忘れろなんていいたくなかったし、子供にもそのことを忘れないで欲しいと言う意味も込めて、姓を残した」
「成程ね」
グイファスはふと時計を見る。すると、時刻は八時になろうとしていた。
「おっと。そろそろ出ないといけない時間だ」
「式典は九時からだったっけ?」
グイファスは椅子から立ち上がる。
「ああ。それまでに間に合わせないと」
「じゃあ、僕も行くよ」
カンタークも立ち上がった。
「ローシェは?置いていくのか?」
するとカンタークは肩をすくめた。
「メレンケリと一緒に行くだろうから大丈夫さ」
「それもそうか」
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