第125話 消失

 メデゥーサが消えた後、メレンケリとグイファスは放心していた。


 まるで自分たちが、メデゥーサの力によって石になったかのようであった。だが、それぞれがゆっくりと視線を動かし、お互いの瞳を見つめ合う。

「……」

「……」

 二人は、今までの出来事が嘘ではないことを目だけで会話した。

 グイファスはごくりと唾を飲み込むと、地面に引っ付いていたような足を動かし、ゆっくりと踏み出す。そして歩き出してメレンケリの傍にくると、崩れるように座り込んだ。


「グイファス!」

 メレンケリが声を掛けると、彼はランタンと剣を置くなり、傷ついた体を起こし大切な人の顔に両手を添えた。

「無事、だったか……」

 彼は心の底からの安堵の声を出した。顔を見ると、金色の瞳がランタンの炎の光で揺れて見え、そのほっとしたような表情は、今にも泣きそうだった。

「ええ……。グイファスは?怪我、しているわよね?」

「大丈夫だ。何ということはない」

「怪我をしているのに、なんともないわけないでしょう」

「生きてる。それに、何も失っていない。大蛇とやりやって、この程度で済んだんだ。大丈夫に決まってる」

 グイファスが、何故か得意そうに笑って見せるので、メレンケリも同じように笑おうとした。だが、上手くいかなかった。唇が震え、涙が込み上げてくる。

「メレンケリ?」

 まるで子供をあやすように、彼は優しく声を掛ける。するとメレンケリは、左腕を彼の腰に回し、そのまま胸に顔を押し付けた。

「私、大蛇に触れた後、あなたが石になってしまったんじゃないかと思っていたの。だから、すぐにあなたを探しに行けなかった。とても怖くて、動けなかった!」

 メレンケリはグイファスの服を掴む手に力を入れる。

「ごめんなさい!」

「そんなこと、気にすることなんてないよ」

 グイファスは優しく彼女の頭を撫でる。

「でも……!」

「いいんだ。あの時は君が大蛇に触れることが最優先だった。何を差し置いても、奴を倒さなければならなかった。だから、君は正しい判断をしたんだよ」

「そう、かしら……」

「そうだよ」

「……」

「それに、結果的に俺は無事だったんだから、いいじゃないか」

「そうだけれど……」

 グイファスはメレンケリの頭を優しくなでると、彼はこんなことを言った。

「そういえば、俺が石にならなかったのは、多分君の手袋のお陰だと思う」

「え?」

 するとグイファスはメレンケリをそっと離し、ポケットからメレンケリがずっとつけていたまじない師の手袋を出した。

「私の手袋!」

「ああ。俺が君とぶつかる瞬間に、飛んできたんだ。君、放り投げただろ?」

 メレンケリは首を横に振った。

「いいえ。そんなことはしていないわ。それに大蛇を石にすることに必死で、それどころではなかったもの」

「じゃあ、どうして……」

 メレンケリは手袋を見つめた。大蛇の炎に当たったのか、所々が焦げており、さらに土で汚れてしまっていた。

「分からない。分からないけど、もう終わったことだわ」

「そうだね」

 グイファスは、視線を森の方へ向けたので、メレンケリもそれに倣った。まだ森からは煙が上がっていたが、先ほどよりも勢いはないようだった。

「大蛇は石化したよ。今、森の消火と共に、石になった大蛇の破壊を行っていくと言っていた。クディル殿が色々指示を出してくれている」

「そう……よかった……」

 グイファスとメレンケリは体を離すと、彼は彼女の右手を見つめながら聞いた。

「そういえば、君の右手はもうその力は残っていないんだろう」

 メレンケリは自分の白い右手を見つめた。石になる力を持っていた時と、何ら変わっていなかった。

「多分……。試してみないと分からないわ」

「じゃあ、何かで試してみて」

「そうね……」

 メレンケリは石にしても問題ないものを探してみる。

「あ、草とかいいかしら」

 そう言って、足元にある草を引っこ抜いて、右手で触れてみる。

「……石にならないわ」

「みたいだね」

「でも、待って。まだ、分からないわ。まだ、信じられない」

 そう言うと、メレンケリははっとして自分の服に触れてみた。服は自分ではないので、触れれば石になるはずである。

 だが、結果は石にならなかった。

「石にならない……」

 すると、グイファスは彼女に手を差し出した。

「じゃあ、手を繋ごう」

 メレンケリは、さっと自分の右手を引っ込め、首を横に振った。

「怖いわ」

「大丈夫だよ」

「でも、もしかしたら、まだ力が残っているかも……」

「今、試したじゃないか。石にならないよ」

 グイファスが笑って言うので、メレンケリは上目遣いに「本当だと思う?」と聞いた。

「うん。本当に石になる力はないと思う」

 そこまで言うので、メレンケリは意を決して右手を差し出す。だが、心配でもう一度確認した。

「いい?」

「いいよ」

 グイファスが手を差し伸べている。メレンケリはその手に、ゆっくりと、そっと触れた。

 グイファスの手のひらは、固くて、少しざらついている。きっと剣の練習をしているからだろう、と彼女は思った。そして、とても温かい。


「大丈夫そうだね」

「ええ……、ええ!」

 メレンケリはグイファスを見て微笑み、嬉しさのあまり涙を流した。

 彼は彼女の頬を伝った涙を指でそっと拭き、それから彼女の右手にキスをした。そして彼女の腰を引き寄せると、二人は口づけをしたのだった。

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