第127話 式典
そのころ、ローシェはメレンケリがいる部屋にいた。そこは、五年前の大蛇の戦いで、メレンケリが寝泊りをしていた場所である。
「メレンケリ」
ローシェが声を掛けて部屋の中に入ると、純白のドレスを着たメレンケリの姿があった。
「メレンケリ、とても綺麗だ……!」
ローシェは友の姿を見るなり、嘆息する。すると、メレンケリは恥ずかしそうにもじもじとした。
「そんな……私なんて。ローシェの方がずっと綺麗よ」
「私は大したことはない。今日は主役の君に相応しく、とても綺麗だよ」
メレンケリはにっこりと笑う。
「主役だなんて。まあ、そうかもしれないけど、沢山の人に支えられて今日を迎えているから、なんだか実感が湧かないのよね。それにローシェ、あなたには感謝しても感謝しきれない。ジルコ王国とサーガス王国の冷えた国交が戻ることになったのは、あなたの働きがあったからよ。ありがとう」
すると、ローシェは首を横に振った。
「いいや。何のことはない。君に安全に会いに行くために、私は国交を開きたかった。ただそれだけ」
「今日は、その開通式よ。本当に特別な日だわ。私もこの日を待ち望んでいた。ローシェに会いに行くために、どうしても必要なことだったから」
「メレンケリ」
そう言うと、ローシェはメレンケリに抱き着いた。メレンケリはそっとローシェの背に手を回す。もう、右手はまじない師の手袋は掛けられておらず、代わりにドレスに合った、白い手袋をしていた。
「お時間です」
使用人が、時刻を知らせた。メレンケリとローシェは、顔を見合わせる。
「抱き合っている場合じゃないな」
「そうね」
そして城から出られる準備を整える。
「そう言えば、カンタークは?」
「さあ」
「さあって……」
「大丈夫。私がメレンケリと一緒にいるって言うことは知っているから、多分一人で先に行っただろう」
「それならいいけど……」
「そういう、君の旦那様は?」
「グイファスなら一人で先に行ったわ。私の準備に時間が掛かるから」
「そうか」
「じゃあ、私たちも行きましょうか。ジルコ王国とサーガス王国の国境へ」
メレンケリとローシェは馬車を使って、国境の方へ向かった。ローシェは乗馬ができるのは昔からのことだが、近頃はメレンケリも馬に乗れるようになっていた。しかし、今日はドレスであるため、汚れないように馬車になったのである。
メレンケリとローシェは馬車の中でもずっと会話をしていた。いつまでたっても話が尽きないのである。
昨日食べたおやつが美味しかったとか、子供が父親に似てきて悔しいとか、カンタークが料理を作ってくれた、グイファスと演劇を観に行ったとか色々である。
そして目的地にたどり着いて馬車から降りると、メレンケリは「ほう」とため息をついた。森の中に、ポツリと建った大きな建物だった。
「立派な建物ね」
「本当だな」
サーガス王国とジルコ王国の国境には、小さいながらも立派な石造りの建築物が築かれていた。その建物は両国が管理する場所で、軍人と騎士が常に駐在し、関所としての役割を担う。
「二つの国の国境の距離は、大体六十キロくらいだからね。もちろん、山や川を含めると、もっと長いが、人が通る場所としてはそれくらいだろう。大体十キロごとにこの関所は置かれていて、この五年をかけてようやく完成した」
「長かったわね」
「ああ。まあ、私はその間も行ったり来たりを繰り返してきたがね」
「全く、本当に度胸があるんだから」
「しかし、大蛇を倒すまでは、両国ともに干渉し合わないようにしていたから、国境付近は比較的静かな方だったよ。寧ろ、行き来が始まってから、商人たちが出入りするようになったから、それを狙った連中がこの辺りの治安を悪くさせている」
「そうね。折角、関係が穏やかになったんだもの。協力してこれからもよい関係を築きたいわ」
「そうだな」
メレンケリとローシェが笑い合っていると、遠くからグイファスとカンタークが走ってきた。
「メレンケリ!」
「ローシェ!」
彼らはお互いの妻に駆け寄ると、軽く頬にキスをする。そして、グイファスはメレンケリに言った。
「綺麗だね。ドレス、とても似合っている」
「本当?ありがとう」
「さて、二人とも、そろそろ式典が始まるよ。サルマ関所のテラスに上って、人々に挨拶をしなくちゃ」
「ええ、そうね」
「ああ」
グイファスはメレンケリに左手を差し伸べる。彼女は、夫のその手に右手を乗せた。二人は微笑み合うと、駆け足で建物の中に入っていった。
「カンターク。君も準備をしなくてはいけないのではないか?」
「ああ。じゃあ、ちょっと行ってくる」
「おう」
そう言って、カンタークは黒い燕尾服をなびかせ、颯爽と中へ入っていく。彼は、ピアニスト。それ故に、今回の式典で演奏を頼まれているのだった。
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