第120話 特別な矢

「うううっ!くっそ!人間の矢ごときで何故!?」

 大蛇は口から炎を放ち、己の体に刺さった矢を焼き払う。

「大蛇が苦しんでる……。でも、どうして?」

 メレンケリが呟くと、グイファスは得意げに答えた。

「クディル殿だよ」

「クディルさんが?」

 すると、ちょうど矢をその身に受けた大蛇の様子を眺めていたクディルが見えたので、グイファスは馬を寄せた。

「どうやら、効いたようですね」

 クディルはグイファスに気が付き、笑って頷いた。

「ええ」

「でも、どうしてですか?さっきは矢は効かなかったはずなのに……」

 すると、クディルは右手の人差し指と中指に挟まれた枯れた葉っぱを見せた。

「これですよ」

「それは?」

「私の母が天日干ししていたマラカの葉です」

 そのとき、メレンケリはぴんときた。フェルミアの家に赴いたとき、その窓のところには、確かに葉っぱが干されていた。

「この葉には元々、まじない師特有の文字が書かれていて、それを天日干しにし、まじないをかけたいものに、この葉を燃やした煙を付けるとその効力が移るんです」

「じゃあ、今の矢は……」

「今夜の為に、今朝から仕込んでおいたものです」

 メレンケリは納得した。こんなに効果があるなら、心強い。

「でも、最初に放たれた矢は何ともなかったですよね?」

 一番最初に放った矢は、メデゥーサの姿で弾かれてしまった。それはどうしてなのか。

「あれは普通の矢です。大蛇に油断させるのが目的ですから。まじないの付いた矢は、そうそう大量生産できるものではありません。ですから、できるだけ無駄にならないよう、あのような手段を取りました」

「そういうことだったんですね」

 そのとき、再び弓矢部隊からから声が聞こえた。

「放てぇ!」

 大蛇が苦しんでいる間、弓矢部隊は大蛇の後ろに回り込み、再び矢を放つ。大蛇は痛みのあまり悶絶し、尻尾を激しく振った。右に左に、あちらこちらに尻尾を振るので、グイファスたちは必死に馬を操り、被害が出にくい木々の後ろに入り込む。しかし、大蛇のその尻尾は丈夫で、木の二、三本はその一振りで平気でなぎ倒してしまう。するとそのせいで陣形が崩れ、馬も困惑し、騎士たちはそれを統率しなければならなくなった。

「一旦、引いた方がいいでしょうか!」

 辺りが困惑し、今まで線でつながっていたものが点となり、バラバラになる。その様子を見た、マルスがリックス少将にそう言った時だった。

 大蛇の尻尾がグイファスやマルスたちに向かい、そのままぶつかった。

「きゃあ!」

「くっ!」

「うあっ!」

 あまりの攻撃の速さに避けられず、彼らは全員吹き飛ばされ、ついでにそのまま落馬してしまった。

「くっ……」

 グイファスはすぐに体を起こし、周囲を確認する。どうやら馬は無事のようだが、驚きのあまり立ち上がれなくなっていた。

「馬はダメか……」

 そう呟くと、自分の腕の中にいたメレンケリがうめき声をあげる。

「うっ……」

「大丈夫か、メレンケリ」

 メレンケリは頷いた。

「ええ。グイファスが、庇ってくれたから。ありがとう」

 馬から落馬する瞬間、グイファスがメレンケリを抱えて地面に落ちてくれたおかげで、大した痛みもなかった。

「グイファスは?大丈夫?」

「ああ」

「そういえば少将と、マルスは?」

 メレンケリはきょろきょろと辺りを見渡す。自分たちと同じように突き飛ばされたマルスたちを探していると、どうやらグイファスとメレンケリがいるところよりも、一〇メートルほど先まで飛ばされたらしい。

「あそこだ」

 グイファスが指をさして教えてくれる。そこに目を凝らすと、体を起こすリックス少将たちの姿があった。

「良かった」

 だが、安心したのも束の間である。大蛇が口を開けて、マルスたちに炎を放とうとしていたのだ

「危ない!」

 グイファスがそう言うと、リックス少将は逃げられないと判断し、咄嗟に剣を引き抜くとそれで大蛇の炎を止めた。

「少将!」

 そして、その傍でマルスがようやく立ち上がり、剣を抜き放って、少将と共に大蛇の炎を受け止めた。

「マルス!」

 グイファスの叫びに、マルスは言った。

「ここは大丈夫だ!今のうちに何とかしろ!」

「しかし、少将は!?」

「私のことも気にするな!この剣はただの剣だが、とりあえずクディル殿にまじないを施してもらっている!多少の時間は稼げるはずだ!」

 グイファスはほんの一瞬、考えが迷ったようだが、「分かった!」と答えると、メレンケリを支えながら彼らから離れた。

「グイファス……」

「大丈夫だ。俺たちは一人じゃない」

 メレンケリはその言葉に、大きく頷いた。

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