第121話 勇気
グイファスとメレンケリは上手く、大蛇の後ろを取った。大蛇は矢の痛みがあってか、考えた攻撃をしていない。つまり無差別に攻撃しているということだ。
しかし、これはチャンスでもあった。
大蛇は、メレンケリを「用済み」を考えている。つまり大蛇にとって、メレンケリは邪魔な存在であると言うことだ。大蛇ははじめは、自分にとって一番厄介な力を持ったメレンケリを始末したいと思っていたはずだが、思わぬ攻撃にメレンケリへの攻撃がなくなっていた。これは彼らにとってチャンスだった。
「行けそうか、メレンケリ?」
グイファスに聞かれ、メレンケリは自信なさそうに頷く。
「……た、多分。それに、さっきから見ている限り、大蛇は火を放っている間は、尻尾の動きが鈍くなっているみたいなの。そのとき、どう動くか見て走っていけば、なんとか触れると思う」
「よし」
そう言うと、グイファスは剣の柄をぐっと握った。
「俺も大蛇の隙をつくことに努める。君は、その隙を狙って大蛇に触れてくれ」
「え……それって……」
メレンケリはすぐに答えられなかった。
グイファスが大蛇の隙をつくということは、メレンケリから離れることを意味する。そう思うと、メレンケリは急に不安になった。
「……できるかしら」
思わず弱気の言葉が漏れるが、グイファスはすぐに肯定した。
「できる。だから、大丈夫だ」
(何でそんな断言できるのよ……)
するとそのとき、メレンケリの耳に人のうめき声が聞こえた。気が付くと、周囲には怪我をした騎士たちばかりになっている。中にはジルコ王国の軍人もいた。
「……でも」
大蛇の尻尾で飛ばされた今なら分かる。
あれは強い。
メレンケリの中で強いと思っていた男たちでさえ、太刀打ちできずに終わるのだ。それをただ石にする力を持った自分が何とかできるものなのだろうかと。
メレンケリが中々頷かないでいると、グイファスは彼女に近づき、そっと抱きしめた。
「グイファス……?」
メレンケリは驚いたが、グイファスの声は落ち着いていた。
「俺がこんな風に言うのは、もしかしたらずるいことかもしれない。だけど、君にしかできないことだから言う。俺にはできないことなんだ。大蛇を石にして葬り去る。それができるのは唯一、君しかいないんだ。だから、頼む」
グイファスの腕の力が強くなる。
「……」
メレンケリは少し目をつむった。
そして、その瞬間様々な情景が目に浮かんだ。
石にする力を手に入れてしまったときのこと。
その力があるせいで学校に通うのをやめろと父に言われたときのこと。
妹に触れてはいけないと言われたときのこと。
はじめての仕事をしたときのこと。
そして、グイファスに出会ったときのこと。
(私の人生は、この右手の力を中心に回っていた……)
それはときとして、メレンケリを孤独にさせたが、今は違った。彼は、メレンケリは一人ではないと気づかせてくれた。
(この人は、私に勇気をくれたんだ。できるかどうかなんて分からない。でも、やらなくちゃいけないから。頑張りたい。私を孤独から救い出してくれた人の為に。そして、彼はそんな私の気持ちを分かってくれている……)
メレンケリはグイファスの肩に押し付けた頭をこくりと縦に振った。そして、そっと離れると、微笑した。
「うん。分かったわ。頼まれた」
グイファスは金色の瞳を揺らしていたが、メレンケリの覚悟を決めた表情にその揺れが収まった。もう、彼も心配しないと決めたようだった。
グイファスは一つ頷くと、辺りを見渡して状況を判断する。
「じゃあ、俺は行くよ」
そう言うと、彼は木の陰からぱっと飛び出した。
そして右側の方へどんどん走っていく。そこでは、騎士の総指揮官をはじめ、サーガス王国の騎士たちが入れ替わり立ち代わりで大蛇に飛びついたり、斬りかかったりしていた。クディルは多くの騎士の剣に、まじないの札を渡したようで、それを張り付けてある剣であれば多少は大蛇に影響を及ぼすことができていたようだった。
一方で左側では、弓矢部隊と、マルス、リックス少将、クディルが最前線で大蛇の炎と対峙している。こんなに沢山の人間が寄ってたかって戦っているのに、大蛇は未だ崩れることはなかった。
メレンケリは木の陰に隠れながら、グイファスの走っていく背を目で追いかけた。彼は迷いなく大蛇に近づくと、まじない師の剣を振りかざす。
「はああ!」
猛々しい声とともに振り下ろされたまじない師の剣は、大蛇のその身を引き裂いた。大蛇はその痛みから、耳障りな絶叫を森の中に響かせる。
そしてその斬られた部分から、大蛇の体液が一気に噴き出した。大蛇は痛みのあまり悶絶し、口から出していた炎が木々の方へ向かって吐き出され、その拍子に火が木に燃え移った。
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