第119話 神聖なる森
夜は更けて、メレンケリはグイファスと共に彼の馬に乗り、メデゥーサが指定した全ての始まりである神聖なる森へ向かった。
「神聖なる森」とメデゥーサが言ったからには、他の森とは違ったものがあるのかと想像していたが、メレンケリが知っている森と大して変わらない感じだった。寧ろよく人が出入りするのか、道がきちんと整備されていたし、人の手が加わったという点においては「神聖」というのはあまり相応しくないように思った。
(でも、ここに『大地の神』がいて……、全てが始まったのよね……)
今宵は国の命運を掛けた戦いになるため、多くの騎士たちがこの森に集った。総勢千人近くになっただろうか。三人に一人がその手にランプを持っていたため、夜であっても森の中は随分と明るかった。
(いよいよだわ……)
メレンケリは思ったほど緊張はしていなかった。多分それは彼女の傍に、心強い人たちが沢山いたからかもしれない。
グイファスは勿論、マルスにリックス少将、それにまじない師の息子のクディル、そしてその他のジルコ王国の軍人たち。
それからメレンケリは静かな森に耳を澄ませた。こんなにたくさん人がいるというのに、彼らの息遣いしか聞こえてこない。
「……」
そう思ったときだった。かさっ、と落ち葉を踏む音が、森の奥から聴こえた。すると、人々が照らした明かりの元に、一人の人が姿を現した。
「……」
メレンケリと初めて会ったときと同じ、フードを被ったその人は、ゆっくりとそれを外し、顔を顕わにする。
「来た……」
それは紛れもなく、メデゥーサ・アージェだった。
「出たぞ!」
誰かがそう叫んだ。すると次の瞬間には、メデゥーサに向かって、一斉に沢山の矢が放たれた。
(すごい!)
雨のように降り注いだ矢の様子を見て、メレンケリはこれだけでも十分に大蛇に傷を負わせることができるだろうと思った。
「え?」
だが、次の瞬間、メデゥーサの周りには紫色の禍々しい炎が解き放たれる。それと同時に放たれた矢は次々と燃えてなくなり、残ったのは涼しい顔をしたメデゥーサだけだった。
「嘘……」
メレンケリは独り言ちに呟いた。こんなに多くの者が一斉に矢を放っても、メデゥーサに対抗できないとは思ってもみなかったのである。
「よく来たな、人間たちよ。私を恐れて来ないと思ったが、虫の程の勇気はあったようだな」
そういうと、メデゥーサの顔がだんだん引きつり頬には蛇の模様が浮かび上がる。そのうちにみるみると大きくなり、本当の大蛇の姿へと変わった。
「ようやくだ……ようやく!長い時を経て、私はとうとう元の姿に戻れたのだ!」
メデゥーサではない、大蛇の不気味で笑いの含んだ声が森に響き渡る。大蛇はぎょろりとその蛇特有の瞳を動かし、メレンケリを見つけるとにやりと笑った。
「ありがとう、メレンケリ。お前のお陰で、私は元に戻ることができたよ」
「……」
大蛇の心からのお礼に、メレンケリは唇を噛み締めた。腹の底から怒りが沸々と湧き上がってくる。思わず右手にも力がこもり、大蛇を睨みつけたが、相手はまるで小石を見ているかのように嘲笑った。
「だが、もうお前は用済みだ」
そういうと、大蛇は急に尻尾を振り出した。すると、近くにいた騎士たちを次々となぎ倒す。
「何を!」
メレンケリが声を張り上げて言うと、大蛇はシュルシュルと舌を出して、にたりと笑う。
「愚かな人間はいらない。全滅するがいい」
すると、大蛇はその首を上の方に向ける。
「危ない!逃げろ!」
グイファスの一言で、大蛇と向かい合っていた騎士たちは一斉にその場からはける。すると次の瞬間、大蛇の首が下に振られ、その口からあの禍々しい紫色の炎が吐き出された。
「何という力だ……!」
炎から放たれる熱風が、素肌を出した部分にあたると、じりじりと焼けつくようである。真冬だと言うのに、まるで夏の太陽の光を浴びているかのようだ。
「……っ」
メレンケリは、大蛇の炎を感じながら、ごくりと唾を飲み込んだ。
(どうしよう……こんなんじゃ、近づいて触ることなんてできないわ!)
大蛇は高さが約五メートルほどあり、その体の太さも大人の男二人が両手で掴んでも余るくらいである。体は大きいので、全体の動きは遅いが、尻尾が俊敏なのが厄介だった。すでに一部の騎士団が尻尾の攻撃だけで伸びてしまっている。
「どうやって近づけばいい?」
メレンケリがグイファスに問うと、彼は馬を走らせ、周囲に注意しながら答える。
「いや、まだ近づける状態じゃない。俺たちはまず逃げることが先決だ」
メレンケリは眉をひそめた。
「逃げる?」
「ああ、勿論、ここから逃げ出すと言うことじゃないよ。尻尾の攻撃と、あの口から吐き出される炎から逃げると言うことだよ」
メレンケリは納得したが、再び問うた。
「でも、その間はどうすればいいの?」
すると、グイファスが徐に左手の人差し指を、目の前に向けた。
「?」
メレンケリはそこに目を向けると、弓を引き絞っている人たちがいた。
「弓矢?」
「そうだ」
「でも、さっきみたいに効かないんじゃ――」
その時だった。
「放てぇ!」
張りのある大きな声が、前方で聞こえる。すると、その瞬間、再び矢の雨が大蛇に向かって放たれた。
次の瞬間、大蛇に矢が当たると酷く痛みを感じたのか、体を右に左にうねらせた。そして、その間にも何本もの矢が大蛇に突き刺さる。
大蛇の唸りが、森の中で響き渡った。
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